5.勇者と聖剣と遊び人のパーティ
相変わらず俺は素手で戦い、親父は役に立たない。
「オ゛ラァッ!!」
渾身の力を込めて、角の生えた奇妙なうさぎを殴り吹っ飛ばした。
『けっこう倒してきたわね』
「俺がな」
なぜ聖剣(金属バットだけど)があるのに、素手なんだ。
これじゃあまるで勇者というより、格闘家だ。ていうか、この世界に格闘家なんているのか?それからして疑問だ。
――モンスター(魔物をこう呼ぶらしい)を数体、一撃で倒せるくらいに成長した頃には、俺の服の袖は消滅した。
気がつけば、腕の筋肉が異様に発達した農夫がそこに誕生してる寸法だ。
「息子よ、たくましくなったな」
親父は涙ぐむ。
だが俺が今、倒したいのはアンタだぞ。
くそっ、奇妙な踊りを踊ったり眠り始めたり――このクソ親父はまともに待ってる事もできねーのか!?
「おい親父。しかもなんだその格好はよォ!」
ピンクとムラサキのストライプで全身を飾り、帽子に白塗りの顔、青いピンポン玉をくっつけたような鼻。変なメイク。
ピエロだ。
小太りで不格好なピエロになってやがる。
「これか? これは遊び人の正装だ」
「正気か」
あ、遊び人ってこういう感じ!?
なんか言葉のイメージ的に、もっとチャラ男っつーか。
コイツはどう足掻いてもなんの役に立ちそうにない。
良くて大道芸人だ。ほんと見てるだけでムカつく。
『ほんっと、マサはジョーシキってのを知らないのねぇ』
「あ゛ぁ? 黙れ。無能な金属バットが!」
コイツもさっきから、俺の周りをふよふよと浮いてるだけだからな?
むしろ超ジャマ。
ていうか。スライム以外なら攻撃させろだし、なんなら自分で攻撃してこいよ。
『えー? ヤダ。超ダルいし』
「お前なぁぁぁ、叩き折るぞ!!」
『キャー、コッワーイ(棒読み)』
「きゃーこわーい(裏声)」
「親父までまざってんじゃねぇぇぇッ!!!!」
――ドゴォォォッ。
衝動にまかせて、また一体モンスターを殴り飛ばした。
なんかタダの動物のバケモンみたいだし、そろそろ面倒くさくなってきたな。
『ぴろりーん、マサはレベルがあがった』
「お前が言うのかよッ!」
そろそろツッコミも疲れてきた。
俺はモンスター共の死体を蹴りながら、何十回目かになる深いため息をつく。
『マサ、あの洞窟にもモンスターの気配がするわ』
「ハァ? あたりまえだろ、ここら辺モンスターがうじゃうじゃいるじゃねーか」
ヤツらを野生動物と仮定すると、ここは生息地だ。するとむしろ俺たちの方が、よそ者って話になる。
さっきからアホみたいに襲ってくるのは、いた仕方ないことなのかもしれない。
……そういえば大学の同期に昔、こういう野生動物を研究していた奴がいたなぁ。
アイツは元気にしてるだろうか。いや、多分とっくに死んだな。そもそも異世界と、向こうは時間の流れが違うのだろうか。
『そうじゃないわよ、ボケ勇者! この奥にモンスターの親玉がいるってこと』
「ボケとはなんだボケとは、俺はまだボケちゃ――って本当か!?」
モンスターの親玉ってのは、すなわちミヨちゃんをさらったヤツのことだろう。
この洞窟の奥に……。
『多分ね』
「あ゛?」
多分、だとォ?
『聖剣的にはぁ~って感じ☆』
「いちいち可愛こぶっても分からんわッ」
金属バットのクセに。
「でもどうするんだよ。暗くてよく見えねーぞ」
まさに一寸先は闇ってやつだ。
「おい聖剣。お前、光れないのかよ」
『人を発光物みたいに言わないでよね! まぁ魔法さえ使えば、ね』
「魔法? 使えんのか!?」
そういえばここはモンスターやら聖剣やら魔王やらがいる世界だ。
魔法がないわけが無い。
それに確かこの女、元僧侶だったじゃねーか。
僧侶って、回復魔法から攻撃魔法まで幅広く使えるらしいしな。
はじめてこの性格ブスの聖剣女が役に立つ、と俺は期待の目を向けた。
だが。
『あー、忘れた』
「は?」
『ほら100年も寝てたでしょ? 忘れちゃったっていうかぁ』
「僧侶なんだろ!?」
『100年も寝てたら忘れるわよ』
「な、なんだと」
それじゃあ全然役に立たないじゃねーか。
ワナワナと怒りに震える俺をよそに、コイツは無いはずの肩をすくめるように言った。
『めんご♡』
「うるせーっ、この役立たずがぁぁぁッ!」
『そんなに怒らないでよ。多分、もう少ししたら思い出すから』
「じゃあ今すぐ思い出せ!」
『うーん、数週間はかかるかなぁ』
「遅せぇよ!」
この先にミヨちゃんがいるかもしれないんだぞ!?
そんなチンタラしてられるか。
『もーっ。あんまり怒ると、ハゲるよ?』
「ハゲてたまるかっ! そして親父の方を見るな……って、おい!」
「ん?」
親父(ピエロ姿)の手に握られていたのは。
「松明!!!!」
煌々と燃える火。
それをジャグリングして遊ぶ親父。
「おいおいおいおい、なーにしてやがんだ。この遊び人!」
「ん?」
「アチチッ、危ねぇ! おいっ、こっちによこせ」
「イヤッホォォォォイイ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
「こらッ親父、増やすなっ!」
ダメだ完全にコイツ、遊び人してやがる。
言うこと全然聞かねぇ。
『遊び人は、基本言うこと聞かないわよ』
「わかっとるわい!」
なんかこのピエロ姿になってから、ますます自由しやがる。
今もちょこまかと逃げながら、松明をグルグルまわしてリンボーダンスしはじめた。
「おいっ親父!」
「フゥゥゥッ!!!!」
「いい子だから、な?」
「ヒョゲェェェ!!!!」
くそっ、ダメだ――ぶん殴りてぇ。
モンスター達の血のついた拳を、グッと固めた時だった。
「……うちになんか用ですか?」
いぶかしげな声と共にいつの間にいたのか、1人の少年が俺たちの前に立っていた。
「え?」
うち? どこが?
一瞬でハテナマークに埋めつくされる脳内。
少年は、洞窟と俺たちの間に立っている。
ということは。
「もしかして、洞窟、君ん家?」
少年はうなずく。
緑色の肌。
背丈の割には、がっしりとした体格。簡素ながら防具も付けている。
手には巨大な斧。
『ドワーフね』
これもモンスターの種族らしい。
辛うじて聞いことある、かもしれない。白雪姫の7人の小人がこのドワーフだったような。
「ここにモンスターの親玉がいるって聞いたんだが」
「あー」
ドワーフの少年は、大きく息を吐いた。
「――それ多分」
そう言うと、大斧をブンッと回す。
「オレのことだな」
突きつけられた刃先が、鋭利にも俺を映していた。
まだミヨちゃんが助けられない……