4.戦闘をしよう!
「おい親父、本当に魔物はこっちなんだろうな!?」
村を出てから、行けども行けども景色は大して変わらない。
体力もキツくなってきた。
『だらしないわねぇ。それでも勇者なの?』
「うるせぇ、金属バット!」
お前は俺に運ばれてるだけだろうが。
しかも、俺は勇者じゃない。まだ認めたワケじゃねーからな。
『あら。マサってば、まだ現実を受け入れてないの? ほんと、しぶといわねぇ』
「そうだぞ、息子よ。逆に考えるんだ『勇者はモテるし、なってみようかな』と」
政権女と親父は、相変わらず勝手なことを言いまくっている。
なにが逆に、だ。全然、逆じゃねーし。
さてはそのフレーズ気に入ったな。
「ったく」
深いため息をついた、その時。
『マサ、魔物が出たわ!』
「え?」
慌ててふり返る。
すると後ろ2メートル辺りに、なにやら丸いフォルム。
「なんだ、アレ」
『なんだって、魔物よ』
涙型のポヨンとした青い物体。
しかもギョロりとした目と、空虚に開いた口の顔がある。
もしかしてこれ、生き物なのだろうか?
『もしかしてマサって――スライム、知らないの?』
「すらい、む……?」
なんだそのふざけた名前は。
本来スライムってのは、どろどろネバネバとした物質全般をさす言葉だぞ。
そういや前世で娘が子供の頃、夏休みの自由研究でスライムをつくったんだ。
なかなか面白くてな、親の俺がハマってしまったもんだ。
いや、話が逸れた。
目の前のコイツはどうだ?
ドロドロというより、ツルンだ。まるで固めのゼリーのようなプルプル感。
まったく正しくないじゃないか。
「で。コイツは、どうやって倒すんだ。ぶっ叩けばいいのか?」
向こうはなんか表情の読めない、虚ろな目で見つめかえしてくるのが不気味だ。
――俺は聖剣(金属バットだけど)を、そのプルンプルンのゼラチン野郎に向かってかまえた。
すると聖剣女が、むっつりと呟く。
『……イヤよ』
「は?」
『イヤ、絶対にイヤ。あたしを使わないで』
「え?」
この女も、何言ってんだ?
聞き間違いかと思って、口開く。
「それってどういう……」
『あたしを使うなって言ってんのよ。イヤだわ、こんなキモいのを攻撃するなんて』
「おいおいっ、何言っちゃってんだよ!?」
武器だろ!? 武器がなんで攻撃するのを拒否すんだよ。
『スライムって、ブヨブヨして気色悪いからキライなのよねぇ……キモいし』
「それはさっきも聞いた。お前なぁっ、仮にも武器だろ!?」
『なによっ。武器には仕事を選ぶ権利なんて無いって言いたいわけ? 主の言うことは聞いて、汚い仕事でも枕営業でもやってろって!?』
「そ、そこまでは言ってねぇだろ……」
だいたいなんだよ、武器が枕営業できるかよ。
アイドル業界の闇か!
そして武器が使えなければ、どう戦えばいいんだと問えば。
『マサには、立派な四肢があるじゃないの』
などと、マリーアントワネットごとくに返された。
なんだそりゃその『パンがなければケーキを食べればいいじゃない』的な言い方は!
それじゃあ武器の意味がねーだろ。
「おいっ、親父もなんか言ってやってくれよ!」
後ろで手持ち無沙汰にしてる親父を振り返る。
「ふむ、マサ。よく聞けよ『逆に……」
「ハイハイ!! 親父に聞いた俺がバカだったわ」
このハゲ親父。いいこと言ってる風な顔してるけど、中身とスッカスカなことしか言ってないからな!?
ほんとスッカスカなのは髪の毛だけにしろっつーの。
『素手でもちゃんとレベル上がるわよ』
「れ、れべる?」
――なんだそれ。
すると聖剣女が、呆れたように言った。
『そんな事も知らないのぉ? 常識でしょ、ジョーシキ!』
「知らねーもんは知らねーよ。なんだ、そのレベルってのは」
『あのね、手っ取り早くいうと。戦って勝てば勝つほど、みんな強くなれるのよ。逆に逃げ回ってたら、いつまでたってもレベルが上がらず弱いままよ!』
なるほど。
するとこのレベルってのも、強さを数値化したもの。それを上げる、すなわち強くなるためには多くの敵を倒すことか。
「バトル漫画における、修行ってやつだな? 」
漫画を読んだのも、前世の子どもの頃だ。
大人が漫画を読むなんて、などと冷たい目で見られていた世代だからな。
元々創作話を読むのはあまり得意ではないから、こういった言葉にも無知なのだろう。
『なにいってんのかわかんない』
「なんでわかんねーんだよ!」
ともかく、このスライムを倒さなければならないらしい。
しかも聖剣は使えない、となるとやはり。
『危ないっ!』
「うぉっ」
突然、スライムが飛んだ。
あの自力で飛び上がるにには、とても重そうなボディが軽々と宙を舞う。
そして俺の身体めがけて、ドカッと体当たり!!
「痛っ、地味に痛ぇっ! 」
『ダメージ負ったわ、1……くらいだけど』
「こ、これが1のダメージ?」
大したことないな。
『でもマサはまだレベル低いから、油断してるとすぐ死ぬわよ』
「マジかよ」
『ほら、次攻撃しないと』
「なにこれ、順番制なの?」
『そうだけど』
「なんで?」
『そういうものよ』
「そういうもんか」
『ええ』
「……」
なんか全然分からん。
そしてすごく待ってる。あのスライムのやつ、俺からの攻撃を待ってやがる!
『さっさと攻撃してやりなさいよ。まちぼうけ食らわせる気?』
「え、あ、あぁ」
なんで魔物に気を使わにゃならんのだ、と思わんでもないが仕方ない。
俺は拳を固め、スライムを殴りつけた。
「うへぇっ、キモチワリィ」
ぐにゅって、少し拳がめり込んで。
んでもって案外弾力がある。
『向こうにもダメージ与えたわ。1……くらい』
「1なのかよ」
『拳だしね』
「聖剣使わせろや!!」
『ヤダ』
――このクソアマめぇぇっ!
俺は渾身力を込めて、すぐさまスライムに拳を叩きつけた。
「息子よ、連続攻撃はこの段階ではしちゃあいけないぞ」
『そうよ。サイッテー、スライムに謝りなさいよ』
「え? な、なに? やっぱり順番制なの?」
そう言えば、心なしかギョロりとした目が潤んでいるかもしれん……って、これは俺が悪いの!?
『可哀想に不意打ちされて――ほら、謝りな』
「そうだぞマサ、謝りなさい」
えぇぇ? そういうシステム、なの?
戦いとか、不意をついたり付かれたりするんじゃないのかよ。
分かんねーよ、この世界。
でもとりあえず俺は、戸惑いつつもスライムに頭を下げた。
「ごめん、な? ……イデッ!?」
くそっ、体当たりしてきやがった!!!!
『今のはわりとダメージ負ったわね』
「だな」
「ちょっ、これはアリなのかっ!?」
俺が抗議すると、聖剣と親父は一瞬顔を見合わせ(そう見えた)て一言。
『だって戦闘だし』
「なぁ」
――!!!!
「ハァァァ!?」
ワケわかんねーよっ、もうぜんっぜん分かんない!
俺は今更ながら、とんでもない所に転生しちまったようだ。
※※※
「うぉぉぉっ!」
ひたすら拳をふるい続けた。
最初のスライムを倒してからとりあえず数体、似たようなヤツらを倒し続けている。
「つーか、そろそろ聖剣使わせろや!」
『イヤよ。だってキモいし』
「ふざけんなよ。武器の分際で」
『あ、ひどーい!! ちょっとオッサン、あなたの息子さんが女の子いじめてんだけどぉーっ』
「こらこら、マサ。やめないか、淑女に対して」
なぁにが女の子、だ。コイツ武器だろーが!
それにさっきから俺ばっかり戦ってないか?
それを二人に言うと。
『何言ってんの、ちゃんと援護してあげてんじゃないの。魔法で』
「魔法!? いつの間にかけてんだよ。てか、なんの魔法だ」
『ん~……バカには見えない魔法?』
「このアマ、ナメてんのかぁぁぁッ!!!!」
俺は腹立ち紛れに、絶叫しながら目の前のカラスをぶん殴る。
――そもそもカラスも魔物なのか?
確かになんかドクロっぽいモノの上に乗ってるけども。
「お、『かいしんのいちげき』だぞ、マサ」
『ふふん。やるじゃないの』
「うっせー、無責任なギャラリー気取ってんじゃねーよ! せめて親父も戦え」
「父さんは……戦えないぞ?」
何言ってんだこのハゲ野郎。
ギロリと睨みつけると、首を小さくすくめた。
「だって父さん、元『遊び人』だから」
「ハァ? なんだって?」
遊び人って、それ単なるニートとかフリーターとか。社会の闇になりがちな若者の事じゃないのか。
前世でもいたよなぁ、職を転々としてフラフラ遊び回ってる若いモンが。
『それも知らないの?』
聖剣女が呆れたように言う。
『職業のひとつよ。遊び人、戦闘には役に立たないわ』
「なんじゃそりゃ! それ、いる意味あんのかァ?」
『しかもすぐに遊び出すし……ほら』
親父の方を見ると、奇妙な踊りを始めた。
くねくねとキモチワルイし、しかもその顔は満面の笑みだ。
「おいおいおいおいっ、なに踊ってんだよ!」
「うむ、息子よ。遊び人の血が騒ぐんでな」
「ただふざけてるだけじゃねーかッ」
「これでも父さん、昔は冒険の旅に行っていたんだぞ。遊び人から成長せず、やめたけど」
「ダメじゃん!!!!」
ここで言う職業とは勇者や魔法使い、などをさす言葉で。
遊び人もそのひとつらしい。成長すると賢者という魔法使いと僧侶を合わせた、大体の魔法をオールマイティに使えるスゴい奴になる。
しかし、そこまではまるで使えない。戦わないどころか、無意味に遊び出す……らしい。
「戦闘はマサに任せるから、頑張りなさい」
『そうよ。まぁキモいヤツら以外なら、もしかしたら聖剣使わせてやってもいいかもね』
聖剣女は高飛車に言ってそこらをフワフワ浮いてるし、親父にいたっては陽気に歌って踊っている始末。
「この、役立たず共がぁぁぁぁッ!!!!」
俺の咆哮が、森に響き渡ると。
――ぴろりーん、レベルが上がった!
「このタイミングでかよっ」
もう帰りたい。