13.優しき愚者とイレギュラー賢者
ゴーレムはあの鉱山に、昔からこの鉱山にいたらしい。
『結構古い魔法の痕跡なのよねぇ』
聖剣いわく。このゴーレムは造られた土人形に魔法で擬似生命を与えられて動く、使役系のモンスター。
『本来は呪術師が居てこそなんだけど、ね』
そう言って瓦礫と化した地面を、コンコンと小突く。
「これは」
埋もれるように投げ捨てられた、それ。
ほとんど岩や石と同化した、人骨だった。
『恐らく呪術師である魔法使いね。何らかの原因で、ゴーレムを発動させたまま命を落とした。そして――』
【……勇者よ】
「!!!」
聖剣の言葉の横から、か細い声が響く。
俺たちは一気に臨界体制になるが、辺りを見渡せど声の主らしき人物はいない。
『マサ!』
「なんだ今の」
『あれは』
その時。
ぼんやりとした青白い光が、俺たちの頭上に現れた。
球体のそれはゆっくり下降する。
【私がこのゴーレムを創りし、魔法使い……】
「な、なんだと」
光は語り続ける。
【私はこの村の人達に頼まれ、採掘用のゴーレムを創りました。ゴーレムはよく働き、皆はとても喜んでくれました……しかしあの鉱物が出てしまってから、変わってしまった】
あの鉱物――。
それはあの酒に変わるやつだ。琥珀色を更に濃くした、腐敗した果実のような匂い。
【それは不思議な味。一口で人々を魅了し、堕落させる。売れば飛ぶように売れて。ただの石炭などを採掘するだけの寂れた村が、みるみるうちに潤ったのです。それはそれは、人々は喜びました】
そこでふと、光は声を落とす。
【――しかし鉱物から造られる酒なんて、身体に良いはずがありませんでした。それは恐るべき毒薬。ゆっくり蔓延し蝕む、悪魔の呪い】
この酒が出回り初めてから、確かに治安は悪くなった。
元々、この世界で酒なんてのは手に入りにくいものだ。だから人々は違和感がなかったのだろう。
……この酒を飲むと、幸せな夢をみる。
そして朝から晩まで、それを飲まずには居られなくなる。無くなれば、何をしてでも欲しくなる。
略奪、殺人、売春。
(前世でいう)違法な薬物のように。
【私は必死に食い止めようとしました。この酒を飲んではいけない、と皆に説き。採掘をやめるよう、ゴーレムに命じようとした】
『まさか!』
【ええ。そうです】
聖剣の言葉に、うなずくように光がまたたく。
【村人は私を殺しました。この鉱山で】
――あぁ、なんと馬鹿な連中だろう。
そこまでこの酒に侵食されていた、ということか。
俺は、あの陽気な村人達の面々を思い浮かべた。
【絶命する寸前。私は最後の力を振り絞り、このゴーレムの魔法を書き換えました】
術者を失ったゴーレムは、ほとんどが暴走する。
そうすれば、村はあっという間に滅ぼされてしまう。
【私にはそれだけの力しか遺されていなかった……暴走を止める力、しか】
ゴーレムはただの岩の一部のように、その場に眠り続けた。
しかしそれも、この魔法使いの最期の力があったからだ。
殺され、肉体を失い。
幽霊になってもなおこの村を護ろうとしていた。
【けれど、ある時。邪悪な力が、ゴーレムを再び動かしたのです。恐るべき、黒い魔法……制御しきれなくなったゴーレムは、村人や貴方達を襲ったのです】
「そうだったのか」
暴れだしたゴーレムは、俺たちが壊すことでようやく止まった。
【ありがとう、勇者。貴方のおかげで、村は救われました】
『――本当にそうなのかしら』
聖剣の言葉は、まるで切りつけるかのようだった。
『貴女は結局、何を得たの? 恩人であったはずなのに殺され、それでもそんな愚か者達の為に力を尽くした。挙句に、この状況……一体、何が残ったっていうのよッ!?』
最後は怒鳴りつけるような声に、魔法使いはしばし沈黙。そして答える。
【私の心には、魂には、確かに映っているのです。村の人達の笑顔が、声が――楽しい暮らしの様子が】
この村も俺のいたマバオと同じく、きっと穏やかで慎ましやかな。それでいて明るい笑い声に満ち溢れていたのだろう。
今とは違う。享楽の色の薄い、自然と人の恵に満ちた村。
【ただ、人々に笑ってもらいたかった。孤児だった私を育ててくれた……私の、故郷】
そう言うと光の玉は、まるで最後の力を尽くすかのように大きくなる。
楕円になり、広がり。そして遂に、人の形に。
【確かに、彼らは愚かでした。そしてこれからも……それでも私は幸せにしたかった――】
透き通った彼女は微笑む。
【本当はね。村を救う、なんて大それたモノじゃなかったの。忘れられない幸せがあって、ただそれにしがみついていただけ】
――正義、なんて恐ろしい感情はなかった。
そう彼女は告げ、次の瞬間。
「!!!」
パシャァン、と水が弾けるような小さな音と共に。
「き、消えた」
『限界だったのよ、彼女も』
聖剣が、吐息のような声でつぶやいた。
※※※
「なんだかなぁ」
『ちょっとぉ、元気ないわよ。マサのくせに』
山を降りながら、深いため息をつく俺を聖剣が鼻で笑う。
「失礼なヤツだな! 俺だって元気くらい失くすわ」
『ヤッダー。元気だけが取り柄じゃないのよォ。この脳筋野郎め☆』
「イデッ、突然何しやがるっ」
手から離れ、俺のケツをぶっ叩いてくる聖剣――いや、金属バットに怒鳴りつけた。
『あたしの事、忘れやがって! このロリコンっ』
「そこ蒸し返すかぁ!? ちょっ、悪かったって! ぅわ゛っ、ま、待てっ、腰はやめろ! ちょっと最近、腰いわしてんだッ……ッギャァァァッ!!!」
『食らえっ、釘バット聖剣☆アタッーク!』
「く、釘生やすなッ」
――てか釘バットって自分で言ってんじゃねーか。
恐ろしい程の突起(釘?)を生やして、まさに危険物となった聖剣がブンブンとこちらにフルスイングしてくる。
「こらこら、二人とも元気だなぁ」
「親父ぃぃぃぃッ、 見てねーで助けろ!」
「アハハハ」
賢者になった親父はすっかりイケメン、いやイケオジってやつだ。
息子の俺が目を剥くほどの変わりよう。
確かに、遊び人は賢者になるって聞いてたけど。
「テメーッ、変わりすぎだろ!!!」
――なんだよ、チートな姿はよぉぉぉっ。
妬ましくて妬ましくて、思わず奥歯をギリギリ噛み締める。
『ぷぷーっ、マサってば。お父様に嫉妬してんのォ? 男の嫉妬、超見苦しいわよー?』
「おい! こーやって俺の精神をエグっていくのやめんかいッ。そしてお前も扱い変わってんじゃねーか!!!」
なんだその、お父様って。さっきまでハゲオヤジだのと、情けないオッサン呼ばわりしてただろうがよ。
やっぱり顔か。この顔面至上主義者!
俺はそう発狂したくなる気持ちを抑えつつ、一方でこうも考えていた。
「でもまぁ、これで戦闘は親父も戦えるよな」
「えー。無〜理〜」
「ハァァッ? なんでだよ!!!」
回復系も攻撃系も使えるんだろ!?
俺の肉体言語的、戦闘(拳で殴る)もそろそろ限界だぞ。
しかしそんな俺の苦労も知らずか、このクソ親父はフッ……とキザに笑う。
「だってほら。疲れるし」
「なんだそりゃぁぁぁッ!」
俺だって疲れるっつーの。てか賢者になって、中身全然変わってないだろうが。
外見が良くなって、却って俺の精神的にタチ悪いわッ!
『あ。マサ、この賢者。MPがめっちゃ低いわよ』
「は、ハァァッ!? ……って、どーゆー事だ」
分かりやすく言え。分かりやすく。
元オッサンには、ビジネス以外の専門用語が入ってこんのだぞ。
そんな俺に、深々とため息ついた金属バット……もとい聖剣は言った。
『ほんっと、あんたってモノ知らずねぇ。MPってのは〈マジックポイント〉で、体力の魔力版よ。それが無くなると、魔法が使えなくなるの』
「な、なるほど――って、コイツ賢者だろ!? 強いんだろ! なんでそんなその……MP? が低いんだよっ」
確かレベルってのはパーティ(仲間)で、だいたい同じように一緒に上がっていくんだろ?
たしか俺の体力(HP)ってのは、レベルと共に結構上がってるらしい。
俺は魔法つかわねぇから仕方ねぇとしても、親父のは。
『さぁ? もともと戦うのには向かないんじゃないのぉ?』
「そこで独自ルール設定だしてくんなぁァァァッ!!!!」
俺のシャウトは、山に響く。
魂の叫びは木々を震わせ、ざわめかせた。
『チッ、うるさいわよ。ゴリラの雄叫びみたい』
「ゴリラって言うな!」
飽きたのか、蝶々を追いかけだした聖剣が舌打ちして言う。
親父は親父で元凶のクセに、呑気にそして遊び人時より100倍ウザい表情で。
「息子よ、逆に考えるんだ――」
「親父はもう黙ってろッ!」
俺はやはり怒鳴り、頭を抱える。
『あ』
ガサリ、草音がした。
次の瞬間。
『ほらマサ、モンスターよ! 』
「うむ。マサ、頼んだぞ!」
こ、このッ、お気楽コンビめ。
「っ、お前らなぁァァッ!!!」
――ぐしゃり……バァァアンッ。
怒りの鉄拳を放たれたモンスター(気持ち悪い顔のついた岩石)が吹っ飛んで潰れて爆ぜた。
久しぶりに書きました。
賢者ってほんとに使えるんでしょうかね




