10.勇者というより武闘家じゃね?問題
「おい」
いくら呼んでも、返事ひとつしない。
目の前の金属バットをマジマジと見た。
「どうしたマサ」
「アイツが……聖剣が喋らねぇ」
俺は愕然としてつぶやいた。
それに対し、親父は驚いた顔をして一言。
「マサ、何を言ってるんだ?」
かくして俺達は村長や村人達に頼まれ、東の鉱山に住むというモンスターを倒すことになった。
どうしてこんな事を、とも思ったが。引き受けちまったもんは仕方ない。
「おいおい。親父、正気か!?」
一晩あけて。
それなりに装備や薬などを買っていた朝のことだ。
まだ町の往来にはそう多くの人通りはない。
「お前こそ正気なのか。聖剣がしゃべるわけがないだろう」
「は、ハァァァ!?」
何言ってんだ?
散々うるさく喋りまくってたし、飛び回っていただろう。
それが今じゃ、うんともすんとも言わないどころか光もしない。
握っているのは単なる金属バット。
うっすらサビの浮いたそれは、聖剣どころか古道具屋でも価値がないと思う。
「お、親父、もしかしてどっか頭打ったか?」
「失敬な。父さんはマトモだぞ。お前こそ、ヘンなもの拾い食いとかしたんじゃあないのか。さっきからおかしいぞ」
白塗りピエロのくせに、マジで心配しているらしい。
おかしいのは親父じゃないか。
昨日まで、二人で会話もしてただろうがよ。
「しっかりしなさい。今からモンスターを倒しに行くのだから」
「そんな事言っても――」
「勇者さまーっ、ピエロさーんっ!」
後ろから大声で俺たちを呼ぶ声。
軽やかな足音に、振り返った。
「メーコちゃん」
「勇者さまっ。よかったぁ、間に合った」
息をきらせて走って来た少女に、俺たちの顔もゆるむってもんだ。
家事でもしてたのか、白いエプロン姿がまぶしい。
「どうした? そんな急いで」
「あのね、勇者さま。これ」
「ん?」
差し出されたのは小さな包み。
青色のリボンで結ばれたそれは、甘く香ばしい匂いがした。
「もしかして、お菓子?」
「うん」
クッキー、なのかな。
彼女は恥ずかしそうに頬を染めて、はにかんだ。
「さっきね、パパと焼いたの。初めてだから美味しいかわかんないけど」
「ありがとう、メーコちゃん」
照れながらも精一杯、目を合わせてくれる。
俺は胸の中にあたたかいモノがあふれてくるのを感じて、思わず目頭が熱くなった。
あぁ、娘。芽衣子を思い出す。
ある年のバレンタインデー、妻と娘が作ってくれたのがクッキーだった。
ハートの形のそれは、甘くてほんの少しだけ苦い。最高な味。
まぁ近所に住むクラスメイトの男が本命で、俺はそのおこぼれっつーか練習台だったのが後から知れたのだが。
それでもやっぱり思い出す。
高価な義理チョコより、あのシンプルで少し焦げたクッキーが一番うれしかったんだよなぁ。
「勇者さま?」
「ん……ううん。俺、がんばるよ。モンスター倒してくるからな」
「がんばって、勇者さま!!」
「おぅ!」
さっきまでのモヤモヤした気分が吹き飛んだ。
というか、なにを考えこんでいたんだろう。
……ま、いいや。
まずは村人の、いやこの少女のためにモンスターを倒しにいかなければ。
「よしっ、親父行くぞ!」
俺は渡されたクッキーをそっとしまい、彼女に手を振って村を出た。
東の鉱山への、険しい道が眼前に広がる――。
※※※
「ウオォォォッ!」
放った拳が、モンスターを吹っ飛ばす。
『グゲェッッ』
カエルのバケモノみたいなモンスターが、呻いて地面に叩きつけられたらしい。
「あーっ、くそ」
俺は手についた残骸を布でぬぐった。
「素手で戦うスタイル、なんとかならんのか――って親父ぃぃぃ!?」
「う゛ぅ」
白塗りの顔が、明らか分かるくらい紫色になってる。
どうやら毒におかされたらしい。
つーか、その前に倒したスライムっぽいヤツの毒だろう。
なんか攻撃受けてたっぽいけど、一緒に出てきたモンスターに気を取られてた。
「おいおいおい。大丈夫かよ」
「だ、だい゛じょ、ばな゛い゛」
「あー。大丈夫じゃないな」
俺はぶっ倒れた親父のそばにしゃがむと、薬草を取り出す。
正直、こんなの使ったことねーから効力よくわからん。
だがとりあえず一回分と渡された量を、無理やり親父の口に突っ込んだ。
「ぐふぅッ!」
「ほら食え、薬草食え。なんかよーわからんが、食え」
「う゛ぅぅっ!」
煎じたりしなくていいのか? よく分からんが、めんどうなんでひたすら口に押し込む。
「ぉぐっ、む、息子よ、加減ってのを、考えろ……ゲフッ」
「え?」
薬草食わせる前より、ぐったりしてる気もせんではないがまぁ毒状態は治ったようだ。
「まったくキリがないぜ!」
どんどん出てくるモンスター。
がむしゃらにぶん殴っているが、村に入る時よりヤツらはかなり強くなっている。
同じスライムでも、さっき出てきたのはなんかボコボコと発酵するように泡立っていて気色悪かったし。
さすがに素手はためらわれて、手に持ってた木の枝でやっつけた。
「マサ、聖剣は使わないのか」
「ん? んー……」
腰に下げた聖剣。いや金属バットだけど。
これはなーんか使う気がしないんだよなぁ。
使うと、文句言われるっつーか……ダレに言われるか分かんねぇけど。
なんか頭の中にモヤがかかっている。
大事な事を忘れちまって、何を忘れたのかすら思い出せない気分。
「ここぞって時に使うよ」
なんかその方がいい気がする。
俺はそっと金属バットを撫でた。その部分が、少しだけあったかく感じたのは気のせいだろうか。
「鉱山だ」
親父の言葉に、俺は立ち止まる。
――洞窟。
ぽっかりと穴を開けたその入口には、点々と灯りが点っている。
ツルハシやスコップなどの道具が置いてあったり、トロッコが横倒しになっていた。
この鉱山奥にモンスターが出るようになってから、ここでの採掘はストップしているらしい。
しかしここでは希少な鉱物がたくさん採れる。
だからなんとしてもモンスターを倒してほしい、これでは村の産業がおしまいだ……と涙ながらに村人たちに頭下げられては、俺だって応じずにはいられない。
「さて、行くか」
俺は懐に入れたクッキーを、装備の上からそっと撫でる。
そして拳を握りなおし、鉱山に足を踏み入れた。
※※※
コウモリのような翼に、ギョロリとした単眼。
デカく気持ちの悪い色したイモムシの化け物。
極彩色のカサを持つ、人面キノコ。
ここのモンスターは、ひたすらグロテスクだ。
「うげぇ、気持ちわりぃ」
【ぴろりーん。レベルが上がった!】
どこからともなく聞こえてくる、コレはなんだ。
そもそもレベルってようわからん。この世界は何もかも数値化する世界なのか?
「ま゛、マ゛サ~」
「おいおい、またかよ」
振り向けば、今度は混乱状態に陥っている親父。
本当に役立たねぇ。それでも何故か、一緒にレベルは上がっていくのだから不思議だ。
やはりこの世界、19年過ごしていても分からないことだらけってことだな。
「ほれ。歯ァくいしばれ」
「ふぎぃっ!!!」
親父をかるーく殴る。
混乱には、これが一番効くらしい。
「もっと、優しく出来ないのかね。息子よ」
打たれた尻(これが一番ダメージ少ない)をさすりながら、親父は文句たれる。
「仕方ねーだろ」
俺のレベルは上がり、攻撃力も比例して上がっている。
最初はモンスターひとつ倒すのに数発必要だったのが、今じゃ一発軽く入れるだけで倒しちまうのだ。
「勇者というより武闘家だな」
親父が呆れたように言うが、それもこれもお前らがラクしてるからだぞ。
……と、お前『ら』ってなんだ。まるで他に仲間がいるみたいじゃねーか。
「とは言っても、そろそろ腹減ってきたな」
体力(HPというやつらしい)も、鉱山に入った時に多少攻撃受けて減ってるからな。
ここらで回復した方がいいかもしれない。
「クッキーでも食うか――って。おいッ、親父!」
「むぐむぐ」
コイツっ、息子からスりやがった!!!
「なにしてんだよっ、俺のだっ、俺のっ!」
「息子よ、父さんの分でもあるんだぞ」
「なんでだよっ」
「メーコちゃんは二人に、とくれたんだぞ。独り占めはやめなさい」
「それは親父じゃねーかッ! あーっ、全部食っちまった……」
「ゲフゥッ。美味だったぞ」
「死ね、このクソ親父ーッ!」
「――モナカッ!!!」
俺は思いきり親父の尻を蹴りあげ、親父はヘンな悲鳴をあげて逃げ回る。
「くそぉ。俺のクッキーがぁぁぁ」
芽衣子(前世の娘)を思い出して、ゆっくり食おうと思ったのにぃぃ。
俺は深々とため息ついて、水薬を取りだした。
これはポーション。と呼ぶらしいが、横文字はやはり苦手だ。
小瓶に入った、ほんの少しに見えるこいつは1口飲むだけで体力を回復してくれる。
でもまぁ、味気ないもんだがな。
「あーっ、もう! サッサとモンスター倒すぞ」
俺はそう叫ぶと、奥に足を踏み出す。
『……ま……っ……て』
「!?」
今、なんか声がした。
当たりをキョロキョロしても、なにも見えないし気配もない。
「気のせいか」
『……ン……者……』
「???」
ほわり、と手にした金属バットが熱を帯びた。
その瞬間。
「うわ゛ぁぁぁッ」
親父の悲鳴と、大きな地響き。
奥から岩が破裂するような轟音と、巨大な足音が反響している。
「も、モンスターか!?」
粉塵、土埃。
飛んでくる岩の破片から目を凝らすと、そこには土色の巨人。
ゴーレムだった―――。
混乱を治すためには殴るのがいい、と小耳にはさみましたが本当ですか?(RPG無知者)




