0.最初の村の転生農夫
RPGをやった事ない人間が、聞きかじった知識とツッコミで書いていきます。
「お前こそっ、伝説の勇者じゃ!」
村の往来で見ず知らずのジジイにそう叫ばれた。
「え゛」
思わず辺りを見渡せど、他に人はおらず。ベーコ(いわゆる牛みたいな家畜)が破鐘のような声で鳴いただけだ。
「お、俺ェ?」
……俺らしい。
※※※
ここはマバオの村。
雨季が明けて、これからルコルコ(キャベツに似た葉野菜)の収穫が始まる。
そして俺の名前はマサ、21歳のぴっちぴちの農夫だ。
今まさに畑に向かおうとした時、村の入口で倒れているこの老人を助け起こしたわけ。
『大丈夫か?』と声をかけると。チワワみたいにプルプルふるえた老人が目を開ける。
口をパクパクさせるもんで、ノド乾いてんのかなって水を差し出した。
そしたらまだ口をパクパクさせるから、今度は腹でも痛いのかと薬草を取り出した。
「あの、おじいさん」
「……」
「じーさん?」
「……」
「おい、じじい」
「……」
「ふむ」
『返事がないただのしかばねのようだ』
俺は早々に諦めて老人を放り出し、クワを担いで立ち上がった。
「……おいおいおいおいおい、若者っ。そこの若者!」
「チッ、生きてんじゃねーか。クソジジイ」
勢いよく起き上がってツッコミ入れる老人を、冷たい目で睨みつける。
「弱った老人に食料もわたさず放置とは、まったく最近の若いモンは!」
「うるせぇ。死にかけたフリしたヤツに言われたくねーよ」
「フリとはなんじゃ、フリとは。ワシは本当に腹が減って仕方ないんじゃぞ」
振り乱した白髪。ビシリッ、と突きつけられた指。
結局よくいるタイプの乞食らしい。
こういうのいるんだよな。働かず、人に食べモノをたかって生きる図々しい奴らが。
「その目はなんじゃ、その目は! 年寄りは大事にせぇと、親に教えられなかったのか?」
「あのなぁ、ジジイ。俺もヒマじゃねーの」
先に出掛けた親父にドヤされちまう。
このジジイも、ここまでブツクサ言える元気があれば大丈夫だ。他のヤツに恵んでもらえ、と言い捨てて足を踏み出した瞬間。
「待て待て待てっ、待てと言っておろうにっ」
「いででっ、離せよ!」
枯れ木みたいなジジイとは思えない力強さで、俺の足を引っ掴んでくる。
踏ん張ったが今度はもう片方の足も掴まれて、あえなくすっ転んだ。
「ぅがぁッ!! な、何しやがる。クソジジイ!」
「人の話を聞けってのっ。ワシは別に乞食じゃないぞ」
「ハァァ? そんな汚ねぇ身なりで、よく言うぜ。言っとくが、今の俺には食料なんて無いからな!!」
そうだ。俺だけじゃない。
この村全体が、飢餓に苦しんでいるんだ。
……この村の周辺には、魔物が増えている。ヤツらは森を荒らし畑も荒らして、酷い奴になると毒までまいたりする。
何人も死人が出た。
魔物を倒そうと、村の勇敢な男たちが何人も外にでて帰って来ない。
最近じゃあ、魔物に女や子供をさらわれたって話も聞く。
本来、この季節は収穫で大忙しで村中がにぎわう。
祭りも行われ、色とりどりの果実酒が振る舞われて。飲めや歌えやのさわぎだった。
女たちはキレイに着飾り、華麗に踊る。
その輪に男も女も、年寄りも子どもも加わって――それなのに。
無意識に、拳をにぎった。
俺は無力だ。勇敢でもなく、力もない。ただ平凡な、いや一つだけ秘密があるが。
俺には、前世の記憶というものがある。
日本という国に住む、男。名前を田代 正雄という。
そこそこの学歴でそこそこの会社に入り、そこそこの妻とそこそこの恋愛結婚をして、そこそこの娘を授かって。
会社ではそこそこの地位までいって、定年後。
特に趣味もやることもなく、当時10歳の孫と遊ぼうと声をかければ。
『ゲームしてるからまたあとでね』
なんて、あしらわれる始末。
妻にも娘にも『いまさら』と冷笑され、しょげかえった俺だった。しかし、そんな時。
――目の前にあったゲーム機。
孫のものだ。母親(俺の娘)に呼ばれたか、不在だった。
独特なそのフォルムを見ながら、俺はおずおずと手を触れる。
勝手に触れば妻や娘、孫にまで怒られる。それは分かってたさ。でもそっと電源を入れた瞬間――死んだ。
心臓麻痺。突然死。呆気なく死亡だ。
そして気がついたら、まったく別の世界……異世界とやらに転生していたというわけ。
そんな俺だから、そこそこに平凡に生きることしか出来ない。
農夫として、代々耕してきた畑を守る。それだけだ。
そうすればまた、そこそこの人生が送れると思っていた。
「この村も魔王の毒に侵されておるのか……」
「毒?」
老人の言葉に顔を上げる。
「そうじゃ、この村だけでは無い。世界は魔王の息吹である、毒に侵されておる」
「どういうことだ?」
「100年ほど前にも、同じことがあった。土地は汚れ、人々は死に。村はいくつも滅びた……そんな中、伝説の剣をたずさえた勇者が現れたのだ。勇者は仲間たちと共に魔王を打ち倒し、この世界に平和をもたらした。しかし」
「まさか」
「そのまさかじゃよ。魔王の復活で、再び世界は滅びへの道を辿ろうとしておる」
「な、なんと」
なんか途方もない話だ。
確かにそんな話をガキの頃から聞いたことがある。
でもそんなモノ、単なるおとぎ話だと思っていた。本当にあったなんて。
「――て、言うと思ったか!」
「え?」
俺は老人の鼻先に指を突きつけた。
「魔王だの勇者だの。ンなもんどうでもいい。どーせ俺には何もできねぇからなっ!」
そうだ、俺は無力。平凡な生き方しかできない、つまらない男なんだ。
前世でも家族に邪険にされて、挙句の果てにはぶっ倒れて死亡だぞ?
冴えない、クソ面白くねー人生だ。
しかも今世でも同様。
顔は前世よりは多少マシだが、ちっともモテない。
『マサはいい良い人だね』と一見当たり障りのない言葉で褒められるタイプの男さ。
誰だよ。
『女の子に優しい男はモテる』って言ったヤツ。
それも全部『※イケメンに限る』じゃねーか。くそっ、くそっ、イケメン死ね! リア充爆ぜろ!! バーカバーカ!!!
「クソジジイめっ、これでも食って他のヤツの所にでも行きやがれ!」
俺はそう叫ぶと、今日の唯一の食料であったポム(リンゴみたいな果実)を投げつける。
いつまでもムダ話を聞いてるヒマはないんだ。
……俺には俺の、無能なりの生き方がある。
そう自虐して、老人に背を向けた瞬間。
「マサ、お前こそ『伝説の勇者』じゃ!」
老人の言葉が、村の往来中に響きわたった。
※※※
「マサ、今すぐ魔王を倒すために旅に出なさい」
村の長老の言葉に、俺は目を剥いた。
「ほれ、さっさと行かんか。勇者マサよ」
「いかねーよっ、ババア!」
この村の長老は老女だ。
もちろん、いつもならこんな無礼な口の利き方はしない。
しかし目の前でジジイとババアがイチャイチャしてたら、話は別だ。
「おぉ、なんて美しい人なんじゃ」
「あらま♡ なんて正直な人♡」
「キスをしてもよいかのぅ」
「そんな……っ、若い男が見てるのにぃ」
「若い男がいいかね」
「ううんっ、この枯れ木のような腕、ステキ♡」
「君こそ、その萎んだオッパイもなかなかな……」
「あれ♡ そんなトコロっ。いゃん♡ 貴方様のそのこん棒♡」
「ソコは枯れ木とは呼ばせぬぞぉぉ」
「うふふっ♡ す・て・き♡」
「……いい加減にしろぉぉぉぉぉッ!!!!」
俺は叫び、足を踏み鳴らした。
ジジイとババアの不適切なエロトーク、需要ある!?
AVでもなかなかアブノーマルなジャンルだよ!
日本昔ばなしか。
てか、若者なのに万年童貞の俺にあやまれぇぇぇッ!!
―――突然、俺を勇者だと言い腐ったジジイ。
そしてそれを聞いた周りが、突然俺とジジイを長老のババアの所にかつぎ込んだのだ。
そこで知ったのは、このジジイがただの乞食でなく予言者だということ。
年老いた旅人に食べ物を恵んだ、心優しい男こそ勇者である……そんな予言をしているということ。
「なんじゃ、まだ居たのか。さっさと旅に出んかい」
「おいコラこのジジイ! ふざけんな。イキナリ勇者とか魔王を倒せとか、意味わかんねーよ!」
こちとらただの農夫だぜ?
突然『行ってこい』って言われて素直に行けるかよ。犬じゃねーっつーの。
「ふふふ、勇者マサよ。ちゃぁぁんと予言書はあるのだぞ」
今度は長老が取り出したのは、古い羊皮紙が巻かれたモノ。
「なんじゃこりゃ」
虫食いだらけの穴だらけ。
こりゃあ、ちゃんと防虫剤置いとなかったなって感じだ。
「うるさい若造が。良いか? ここにはちゃんとこの予言者様の言うことが書かれておるのだ。だから、このイケメンでナイスミドルな殿方は……きゃっ♡ 予言者様ぁ、ドコ触ってんのぉ♡」
「ふほほ、若い娘も良いが熟女も良いなぁ」
……俺は今すぐこの、日本昔ばなし共をクワでぶん殴りたい。
別にひがみじゃねーぞ?童貞のひがみなんかじゃあ……ううっ、ぐすっ。
内心血の涙を流す俺。
そこへ、慌ただしい足音と大声が飛び込んできた。
「長老ぉっ、大変じゃぁぁっ、村の娘がっ、ミヨが、魔物にさらわれたぁぁぁッ!」
俺の脳裏には、幼なじみで村のアイドル的存在……そして俺の幼なじみにして片想い相手であるミヨちゃんの可憐な笑顔がよぎった。
「ま、マジかよ」