黒鷲、試される
「か、カミュ?どうした?」
「どうした、じゃないよ!?怪我してない?」
「あぁ」
抱き締められた事に慌ててしまっていたら、いつの間にか離れていて頬をペタペタと触られた。
その近さに目眩が起きる。
「あの窓から見えたから、慌てて走って来たんだ。
トムソン爺や、どういう事か説明して」
と、カミュが指差すので見てみると、とても遠くに邸の窓見えた。
あそこから見えたのか?と疑問に思っていると、カミュはトムソンに向き直り問い詰めた。
「主様からの命に御座いましてな…、その様に殺気を出されますな。可愛らしい顔が台無しですぞ?」
トムソンがそう言ったがカミュは私を背にしているので顔は見えなかった。
どんな顔だったのだろう、残念だ。
「はぁ…、お爺様か。お願いだからそんな事はちゃんと私にも報告してくれ、爺やと敵には成りたくないよ」
「私もですとも。坊っちゃまは敵には回したく無いものですな」
「坊っちゃまは良してくれ」
「小さい事を気にする男は嫌われますぞ?」
「煩いよ。話しがズレてる」
「ははは。彼女は素晴らしいお嫁さんだ。カミーユ様に、とても相応しい」
「…そうか。ありがとう、爺や」
「主様にもその様にお伝え致します」
「その内会ってやって欲しいとも言っておいてね」
「畏まりました」
「私もトムソン……爺や、と呼んでも構わないか?」
「ええ、お好きな様にお呼び下され」
「義祖父様に、私もお会いしたいと言っていたと伝えて貰えるか?」
「シルヴィ…」
「畏まりました。これは、飛んで帰って来るやもしれませんな」
二人の飛び交う会話で気心の知れた仲だと言う事が分かり、そんな爺やの主である義祖父様はどんな方なのだろうと思った。
爺やが慕う位だ、きっと実力者。
剣の道は上には上が居るのだ。
ここで私もやって行かねば成らない。是非ご指導願いたいものだ。
私がそう言うと、カミュは目を輝かせて
トムソンもまた嬉しそうに笑うので、何だか私まで嬉しくなった。
「もう!私のお嫁さんは何て素敵なんだ!」
カミュは、また私を抱き締めた。
ドォォオン!
物凄い音で、はっと気が付く。
私は二度目のその甘やかな香りと温もりに耐え切れず、カミュをいつの間にか投げ飛ばしていた。
「か、カミュが悪いんだからね!」
吐き捨てる様に言葉を投げ掛けて
顔が熱くて、羞恥に耐えきれずその場から逃げ出してしまった。
受身、取っていたようだから多分大丈夫だよね?
しかも、素の口調が出てしまった…。
部屋を見た時にも聞かれているが、今はそれ所では無い。
全速力で部屋まで走った。
中に入り扉を閉めようとすると、閉まら無い。
何故かと思い、扉を見ると足が挟まれている。
「ま、待ってシルヴィ…」
何と、カミュは追い付いて来た。倒れていた状態からか?
天使の様な御尊顔で、何て奴だ。
「こ、来ないで!」
と言うと一瞬動きは止まったが、そのまま入って来た。
「…このままだと部屋に籠るつもりでしょう?いきなり、抱き締めてごめんね」
私から距離を取り、カミュはとても悲しそうな顔で謝るとそのまま部屋を出てしまった。
引き止めようかと思ったが、引き止めた所で何を言って良いか分からない。
彼の足音が遠くに聞こえてから、ソファの枕に顔を埋めた。
「(何て事なの!!白百合様を投げ飛ばすなんて…!!!……………お怪我が無さそうで良かった。嫌という訳では無いのに……何故こんなにも恥ずかしいのかしら…。
後できちんと謝らなければ…、嫌われてしまうわ…)」
カミュが嫌いだからでは無い事は自分にも分かった。
手を繋ぐ事はエスコートで何回もしていたのだが、抱き締められると途端に恥ずかしくて堪らなくなってしまう。
自分の想像の域を超えてしまう。
そして、何より
自分が同じ香りがする事に気付いてしまった。
此方に来て同じ湯殿を使うのだ、当たり前の事なのかもしれないが
妻である事を実感してしまったのだ。
「(あぁ、私如きが同じ香りだなんて…。申し訳無いわ……だけど、どうしてかしら
私、あの方と同じ事が少し嬉しいのね…)」
少し顔を上げて、カミュが出ていった扉を見る。
「(………旦那様…)」
心の中で呼んだ筈だったのに、みるみるうちに先程よりも顔が赤くなる事が分かった。
「(わ、私ったら…もう夫婦なのに!)」
そう、思ったが私達はまだ書面上でしか夫婦にはなっていない。
とても、清い仲である。
まだ決心は着かないし、今でさえこんな感じだ。
これ以上は耐えられ無い。徐々にでなければ困ってしまう。
安心等、してはいけなかった。
そう、自分に言い聞かせる。
異性として愛されるという事はこんなにも嬉しく、恥ずかしいだなんて。
カミュは私に与えてばかりだ。
私もいつか、返せるのだろうか?
先ずは、カミュに謝る事から始めなくては。
嫌では無いのだと、伝えなくては。