白百合、黒鷲を街へ案内する
「カミュ、カミュ!これはなんだ?」
そう言って走り回る私のお嫁さんはとても可愛い。
芋虫になったシルヴィを元に戻すのは、本当に大変だった。
彼女のお腹が鳴った事で難を逃れたが、暫く口を利いてくれなかった。
繁華街に来ると、漸く機嫌も治りこうして色々と聞いてくれる。
「それは巨大猿の額から取れる魔石だよ」
「猿から?こんなに七色に輝く石を初めて見た!」
「元々はただの石に見えるんだけど、磨いたらこうなるんだ」
「成程!あっ、あれは?あれはなんだ?」
「あぁ、あれは毛長熊の串焼きだね。食べてみる?」
「食べる!」
こんなにもはしゃいでいる彼女を見るのは初めてだな。
この領地には他には無い、魔物の物で溢れている。
魔物が身近だからこそ内々で語り継がれ、食されていたものを特産物として機能させた。
「美味しい!臭みが無いな」
彼女はニコニコと上品に串焼きを食べる。
「私にも、一口」
と言って、彼女の串から一つ齧る。
「うん、本当だね!これは上手に処理をしているね。血の処理を怠ると、とても臭いんだ。……シルヴィ?」
動きを完全に止めてしまった彼女が真っ赤に染まっている。
「そ、それ……私が齧っていたやつ……」
「あ」
どうやら、シルヴィが少し齧ったものを食べてしまったらしい。
言われてから気付いた。
「…カミュは平気でそういう事をする」
ボソリと彼女が呟く。
「さっきのはわざとでは無いけど、平気では無いよ。シルヴィに意識して欲しくてやってる」
そう言って微笑むと彼女は更に赤くなってしまった。
「がははっ!領主!ラブラブなお二人に串もう一本おまけしときますわ!」
「ありがとう。ここの串焼き美味いよ」
まだ店の前だと言う事を忘れていて、おまけを貰ってしまった。
店主に礼を言って食べた後、その場を離れる。
「シルヴィ、予定の場所は彼処だよ。魔物討伐隊の本部だ」
指差した、魔物討伐隊が集う場所。
重く厚い扉を開く。
「領主!お待ちしておりました、此方へ」
受付していた青年に中へと連れて行って貰う。
コンコン
「隊長、領主をお連れしました」
『どうぞ』
ガチャ
「ようこそ、カミーユ様。奥様」
「久しぶりだね、ビートルド。ザガン。
私の妻、シルヴィアだ」
「シルヴィアです、以後お見知り置きを」
「シルヴィ、大きい方が隊長のビートルド。
小さい方が副隊長のザガン」
「どうも!大きい方のビートルドと申します。ここの隊長任されております」
「副隊長をさせて頂いております、ザガンと申します。お噂は兼ね兼ね」
「宜しく」
「領主、鍛錬場へ向かいますか?」
「あぁ、全く行きたくないがね」
「まぁまぁ、そんな事言わずにっ!此方です!」
うちの領民は明るくさっぱりした者が多いが、ビートルドは例に漏れずそんな感じだ。
副隊長のザガンに手網を握って貰っている形にしている。
背中を押されて一番行きたくない鍛錬場に行く事になった。
「ここが鍛錬場…」
着いたそこは筋骨隆々の男達が防具を付けて本気の殴り合いをしている場所だ。
帝国の軍隊を任されていた彼女だが、どうやらそれでも彼らの熱気は異様な様だ。
目を見開き、見入っている。
「おーーい!皆集まってくれ!領主が来てくれたぞ!」
ビートルドが叫ぶと、皆動きを止めて集まって来た。
「皆、久しいな。我が妻、シルヴィアだ。
これから皆と共に狩りに出て貰う事も有るだろう、仲良くしてやって欲しい」
私がそう言うと皆がザワザワと騒ぎ出した。
すると、一人の男が手を挙げた。
「領主!俺は黒鷲殿と手合わせがしたい!!」
「エンリルか…、今日は見学だけの予定だ。また今度にして欲しい」
「でも、実力知らねぇと認めらんねぇよな?」
彼は特攻で先陣を切っていくタイプの人間だ。
こんな時まで先陣を切っていくなよ。
彼がそう言うと他の隊員がそうだ、そうだと頷きだす。
これだから脳筋の集まりに連れてくるのは嫌だったんだ。直ぐに拳で解決しようとする。
「カミュ、私は大丈夫だ」
彼女はギラッと目を輝かせながら前に出る。
すると、ビートルドが間に入って来た。
「まてまて、それでは何人も相手しなきゃならねぇ。
という訳で、私と一本手合わせ願おう!」
と、ビートルドがバチンとウインクした。
多分自分がやりたいだけだが、確かに彼とやったら皆黙るだろう。
「…分かった。では、本日はビートルドのみだ。それ以上は無い」
「やりぃ!」
「マリス、シルヴィを其方の舎で着替えさせてやってくれ」
「畏まりました。奥様、此方です」
シルヴィを少なからず居る、女性隊員にお願いする。
シルヴィアを退出させた後、浮かれている隊員達に語り掛ける。
「皆の者、君達の目で確かめて欲しい。
そして、文句が有る奴は私に言え。
誰一人として、彼女を否定する事は許さない」
私が唯一、父から受け継いだものだ。
余りやりたくなかったが、知らない者も多くなって来たので良い機会だと思おう。
声に乗せ、肌で感じる程の
威圧。
先程まで賑やかだった鍛錬場が
シン……、と静まり返った。




