6. 伝書鳩と懐かしい記憶
アステラとの出来事があってから数ヵ月が経ち、ここでの生活にもなれてきた頃。
伝書鳩から届いた一通の手紙。
それは隣国の王子であるエリスからのもので、彼は幼少期に毎月行われていたお茶会で唯一仲良くしていた存在だった。
しかし、大きくなるにつれ互いの立場が明確となり疎遠になっていたのだ。
そんな懐かしい名前に笑みを浮かべる。
便箋に書かれていたのはレオンハルトとの間に起きた婚約破棄の件で、一度会いたいとそう記されていた。
日時は今日という唐突なものだが、暇をもて余している身としては何ら問題ない。
「エリス王子…か。ほんと、懐かしいな。」
思い浮かべたのは特徴的なふわふわとした藍色の髪に色素の薄い銀色の瞳と浅黒い肌。
極度の人見知りで、いつもソフィアの後ろに付いて回る姿から侍女達の間で雛鳥のようだと言われていたのを良く覚えている。
あれから10年以上が経ち青年となった彼は幼少期に出会った私のことなど忘れている。そう思っていた。
しかし、この手紙を見る限り相手の記憶にもちゃんと残っていたようだ。
それが何となく嬉しくて機嫌の良い象徴のように鼻歌を歌っているといきなり腕を捕まれる。
「ルシフェル様?」
「…それなに。」
「え?」
「男の匂いがする。」
「手紙のことですわね。これは小さい頃にご一緒させていただいた隣国の王子から届いたものなんです。」
「嬉しそうだね。」
「忘れられていると思っていましたので。」
「…。」
「?」
「…会いに行くの。」
「許してくださるのですか?」
「ソフィアが行きたいならいいよ。」
その言葉が嬉しすぎて満面の笑みを浮かべている彼女だが、許すというわりには彼の表情は明らかに不機嫌そうだ。
それもそのはず。
本来であれば有無を言わさず拒否したいところだが、アステラの件でソフィアの気持ちを察することのできなかったことに少なからず反省しているのだ。
だからこそ危険がないのであれば、自分がどれだけ嫌だったとしても彼女の願いは叶えてあげるべきだと理解した。
そんなことを思いながらクローゼットの中の水色のドレスに着替えているソフィアを見て深い溜め息をこぼす。
目の前にいる俺ではなく他の男のためにお洒落するのか…。
そう思うとどす黒い感情が溢れ、辺りに濃い瘴気が漂い始める。
それを見ていたレティが彼へとゆっくり近づいてきた。
「魔王様、気持ちをお沈めください。」
「…無理。」
「みっともありませんよ。」
「別に良い。ソフィアが他の男に靡くのが悪い。」
「それくらい許容できるくらいの広いお心を…。」
「知ってたか。俺はものすごく心が狭いんだ。ソフィアのことになる特にね。」
何度も深呼吸をしてみるが、抑えきれないイライラが膨れ上がりすぎて身体の半分以上が獣化している。そんな彼に気付いていないソフィアは準備を終えたようでその瞳にルシフェルを映した。
「似合いますか?」
ふんわりと笑みを浮かべる彼女のいる空間だけが光で照らされているかのように輝いて見える。
水色のシフォンドレスと雲をモチーフとした髪飾り。
全身を見せるようにくるりと回る姿に、瘴気もイライラも一瞬にして消えていった。
ソフィアが自分だけを見て楽しげに笑っている。
それだけで心が満たされ、彼女を抱き締めたいという衝動に駆られながらも余裕の魔王を演じるべくグッと堪えた。
「可愛いよ。」
「ふふふ。そう言っていただけて安心しましたわ。では、行って参ります。」
「遅くならないうちに帰ってくるんだよ。」
「お茶とお話だけですからお昼頃には戻る予定です。」
「そう…。馬車を用意したからそれで行くと良い。」
ルシフェルはそういうと部屋から出ていく。
そっけない態度に少し不安を覚えるが、書かれていた時間に間に合わなくなっては意味がないと急いで馬車へと向かうのだった。