3. 優しさ
少し開いたカーテンの隙間から朝日が差し込み、心地よい眠りからゆっくりと目を覚ました。
チュンチュンと聞こえてくる鳥のさえずり。
一瞬ここがどこだかわからなくなるが、昨日の出来事を思い出して自室ではなく魔王城の一室であることを理解する。
「おはよう、ソフィア。」
「おはようございます、魔王様。」
「ルシフェルだよ。」
「ルシフェル様は早起きですのね。」
「あぁ、今日は城下町に行こうと思ってね。」
にっこりと笑みを浮かべる彼だが、ソフィアの胸中は複雑だった。
魔王城は想像していたのとは違い、綺麗な作りだったが外の世界はどうなんだろうか。
天窓から見える空は明るく雲一つ無い良い天気のように見える。
しかし、この世界の母がしてくれた童話や本に出てくる魔王の領土というのは草木がない荒れ地に毒沼が定番で、醜い見目をしたオークが大勢出てくるものばかりだった。
レティはサキュバス族と言っていたが、他の種族がオークのような見た目をしている可能性は十分にあり得る。
転生したからといって何があっても平常心でいられるわけもなく、気付かないうちに粗相をして魔族に嫌われることは何としても避けたい。
生涯魔王城に住むことになるのであれば尚更だ。
彼にとって城下町に行く事は当たり前なのだろうが、私にとってそれは1つ目の試練である。
行きたくないわけではないが、少なからず魔族という存在に不安があるのだ。
「どうしたの?もしかして城下町に行くの嫌?」
「そ、そんなことはありませんよ。」
的確な指摘に驚いてしどろもどろになっている彼女に楽し気に笑みを浮かべたルシフェル。
彼にとってはどんな表情のソフィアであっても愛しい存在に映る。
「何も心配しなくていいんだよ。何があってもソフィアが魔族に嫌われることはないんだから。」
「か、顔に出てますか?」
「いや?君はいつもの可愛い顔だよ。でも俺がソフィアの事ならなんでもわかるだけ。ずっと見てきたからね。ちょっとの変化でも気づけるくらいにずーっとね。」
「そんなに見られていると恥ずかしいのですが…。」
「つい見惚れてしまうんだ。さぁ、着替えはどのドレスにする?全部着て欲しいけど、季節感のあるものの方がいいのかな。」
「そうですね。今日のような小春日和には桜色が良いと思いますよ。白いパンプスを合わせれば清楚なソフィア様を引き立てるかと。」
「さすがレティ。ソフィアの服装は君に任せるよ。俺はベルフェルトの報告受けてくるから準備ができたら玉座のところにきてね。」
「わかりましたわ。」
了承する声を聞くとスーっと消えていく彼。
すでに驚くことがなくなりつつある自分に少し感心しなからレティにされるがまま身支度を整えていく。
彼女が選んだのは淡い桜色のバッスルスタイルのドレスで小さなリボンとダイヤモンドが惜しげもなく散りばめられている。
足元に用意された白いパンプスは外を歩くことを考えミドルヒールでシースルーの部分には桜の刺繍が施されていた。
ブロンドの髪を巻かれ緩めのハーフアップとそれに合わせた薄目の化粧で仕上げていく。
屋敷の侍女の手際の良さに毎回驚いていたが、レティは別格だ。
全ての準備を数分で終わらせてしまう速さと時折動きに支障がないかを確認する気配り。
魔族の侍女は皆このクオリティなのだろうか。
気になってつい見つめているとその視線が気になった彼女が不思議そうな表情を見せる。
「ソフィア様、どうかされましたか?」
「貴女の手際がとても良いものだから。もともとはどちらかに?」
「いえ、魔王様よりソフィア様だけにと仰せつかっておりますので妹で練習を…。ですがソフィア様のお身体が細すぎるので少し締めすぎていないか心配です。」
「大丈夫よ。それにわたくし、数日前にふっくらしたとレオンハルト王子に指摘されたくらいなの。」
「君に対してそんなことを言うなんてあの下等生物は本当にどうしようもないね。」
「魔王様!私も心の底からそう思います。ソフィア様は細過ぎるくらいですので料理長に栄養価の高い物を準備するよう伝えようかと思っていたところでした。」
「それは俺も賛成だ。ニンゲンの細ければ良いという感性には同意できないね。それにしてもあの下等生物のソフィアに対する態度…思い出すだけでもイライラするな。」
「魔王様、今から私があのニンゲンを調教しに行きましょうか。」
「…お二人とも顔が怖いですわ。」
鬼の形相とはこの事を言うのだろう。
優しい雰囲気のレティからも人間からは感じたことの無い肌を刺すような黒いオーラを感じる。
しかし、それは私のために怒ってくれているということでなんだかとても嬉しい。
あの頃はレオンハルトに嫌われないようにと、全てにおいて彼に合わせていたから何も言い返すことができなかった。
本当であれば転生した悪役令嬢であるソフィアは転生前の私と違い、容姿端麗で食べても太らないタイプの女性のため、太ったと指摘を受けたときも体重や体脂肪など特に変わりなかったはずだ。
それなのに面と向かってそんなこと言うデリカシーの無さには正直驚いて、自分が一番最初に攻略した推しキャラなだけあって幻滅したのをよく覚えている。
悪役令嬢に対しても出会った最初の頃は礼儀正しく優しい。
そんな存在だったはずなのに、ヒロインが現れた途端に物語の強制力で手のひら返すように態度が急変した。
それを思い出すと温かくなっていたはずの心が一気に冷えていくのを感じる。
ルシフェルやレティに優しくされればされるほど、知らない物語の強制力がいつ始まるのかと身構えてしまうのだ。
もっと知識をいれておくべきだったとは思うが、今さら遅い。
それならばいつその時が来ても諦められるようにと、そう心に刻みながら彼らのヒートアップするレオンハルトに対する批判に耳を傾けるのだった。