2. 魔王城
目の前に見えてきたのは巨大な玉座で、隣にいたはずのルシフェルは頬杖を付きながら座っている。
ここが魔王城の内部なのだろうか?
想像していたのと違い、内装は王国の城とあまり大差なく感じる程綺麗で、シャンデリアこそないが明かるく内心ほっとしていた。
「魔王様!!」
大声とともに勢いよく扉が開き、入ってきたのは艶のある黒髪に大きな角と黒い翼を生やした青年で荒々しく靴音を鳴らしながら近づいてくる。
「ベル、早かったね。」
「やっとお戻りになられたのですね!いきなり居なくなられては魔族達が騒めきます。」
「騒めくぐらいいいじゃん。それよりソフィアを連れてきたんだ、挨拶は?」
彼のその言葉でやっと気づいたのだろう。
玉座の隣に立っている私に驚いてから軽く服装を整えた。
「ソフィア様がいらっしゃるとは…大変申し遅れました。私は魔王軍第一部隊隊長のベルフェルトと申します。」
「わたくしはソフィア・フォン・レオルディーネと申します。ベルフェルト様は高貴なお方ではありませんか?わたくしに敬語をお使いにならなくても…。」
「いいえ、未来の王妃様ですから。私に敬語は不要ですよ。何卒魔王様のお傍にずっと居てくださいね。」
何故かベルフェルトに泣きながら懇願されているのだが、当の本人は素知らぬ顔でつまらなそうに外を眺めている。
嫌われていないのはありがたいことだが、本当に良いのだろうか。
私の記憶が正しければこの世界は魔王を頂点とするピラミッドになっていると裏設定に書いてあった気がする。
そして人間はそのピラミッドの最下位の下等生物と呼ばれているとか。
そんな者との結婚ともなればいくらルシフェルが強いからといっても魔族からの反対が出てもおかしくないのではないかと思う。
しかし今の彼はどうだろう。
ルシフェルの機嫌が良いことに安堵こそすれど、私を蔑むような態度は感じられない。
「あの…わたくし、皆様にとって下等生物の人間ですのよ?そんなわたくしが魔王様の妻などあってはならないのではありませんか?」
「…それ誰が言ったの?」
じっとソフィアを見つめるその瞳は恐ろしいくらい鋭い。
先ほどまで機嫌が良かったはずなのに何か地雷を踏んでしまったようだ。
周りに漂い始めた魔力は重苦しい上に赤黒くベルフェルトが慌てふためいている。
「ベル、君か?」
「い、いえ!滅相もありません。私はソフィア様を!」
「死んでみる?」
「ち、違いますわ!ベルフェルト様ではなくわたくし自身がそう思っただけです!」
今にも射殺しそうな視線をベルフェルトに向けているのに気付いたソフィアがすぐさま訂正すれば禍々しい魔力を消し、機嫌の良い表情へと戻っていった。
「ソフィア、君は俺が認めてるんだ。誰もそんな考えを持ったりしないよ。もし、脳裏に少しでも浮かべたら呪いで頭が吹っ飛ぶ。」
「え!?呪いって…。」
「当然だろう?俺は魔王、誰も逆らえない。」
「そんな呪い、いつの間に…。」
「君と出会ってすぐ。ソフィアを傷つけるのも甘やかすのも絆すのも俺だけの特権だ。他の誰にも譲りはしない。」
「…。」
「感動した?」
「…ちょっと怖いですわね。」
「えーーー?なんで怖いの?俺、ソフィアにだけはすごく優しいと思うんだけど。」
「…わたくしを傷つけられるのでしょう?」
「あ、俺はもちろん君を傷つけたりしないよ!ソフィアの感情全てが俺の特権になったってだけ。」
「それは良いことなのでしょうか…。」
「もちろん!魔王の俺が君を守るんだから、安心安全保証だよ。」
「ありがとうございます?」
「そう、それでいいんだよ。今日は疲れただろう?そろそろ部屋に行こうか。玉座の裏にあるんだ。ベル、城の警備を倍にしといてね。ソフィアはニンゲンだから俺の唯一の弱点になる。もし、ソフィアに何かあったらきっと俺は…。」
「承知いたしております。すぐに他の部隊にも連絡致しますのでソフィア様とごゆっくりお過ごしください。明朝、ご報告に参ります。」
ベルフェルトはそう言って静かに玉座の間を後にした。
それを見届けたルシフェルはゆっくり立ち上がるとソフィアの手を取り玉座の裏にある部屋へと入っていく。
室内は黒と白で統一されており、中央にはキングサイズのベッド。
そしてウォークインクローゼットという簡素な作りだ。
部屋には天窓があり星空が輝いて見え、装飾品はどれも見たことがないほど精巧な作りである。
「すごい…。」
「魔族は意外と手先が器用なんだよ。このクローゼットはソフィアのために準備したんだ。開けてごらん。」
彼に促されるまま扉を開けてみると煌びやかなドレスの数々。
惜しげもなく宝石が散りばめられており、着るのに躊躇してしまうような物ばかりだ。
それにこのウォークインクローゼットは思っていた以上に広く、ドレスの数はざっと見ても100着は超えているだろう。
足元には数に合わせてパンプスがずらりと並んでいる。
「…多くないですか?」
「君の元婚約者が婚約を破棄するまでの間、毎日作らせていたからね。あ、もちろんこれからも作らせるよ。ソフィアには最高の贅沢をさせるつもりだ。」
「いえ、わたくしは贅沢を望んでるわけでは…。」
「遠慮しても無駄だよ。魔族達は君に着てもらえるであろうドレスや靴を今も丹精込めて作っているんだ。この天窓も君が喜んでくれるんじゃないかと自主的に作ったものだし。ソフィア、君は俺からはもちろん魔族みんなに好かれている。だから君が贅沢をしなければ魔族達が悲しむよ。喜んで笑顔さえ見せてくれれば皆幸せになれるんだ。」
「なぜわたくしのためにそんな。」
「君は覚えてないかもしれないけど、俺以外にもいただろう。蝙蝠とか変な生き物。」
「…確かに居ましたわね。庭師が驚いていたのをよく覚えてますわ。」
「ソフィアは追い出すこともせず撫でてくれたと言っていたよ。今はニンゲンの領土となっている場所も昔は魔族のものだったからね。動物に変身してたまに出没してたんだ。他のニンゲンはすぐに追い出したのに君だけは守ってくれたとか。だからみんな君が好きなんだよ。」
さも素晴らしいことをしているように話す彼だったが、私を美化しているに過ぎない。
あの時はただ転生のことや断罪に対する不安を誰にも話すことが出来ないことに少なからずストレスを抱えていたため、言葉を理解することのない動物達を拠り所としていただけなのだ。
それがまさか魔王や魔族達だったとは考えたこともなかった。
「わたくしはただ…自分の利益のためにしただけですから。好かれるようなことは何も…。」
「君が本当はどんなつもりで優しくしてくれたかは関係ないんだよ。魔族はニンゲンの心を可視化することが出来るから悪意があればすぐにわかる。だからソフィアが心配することは何もないよ。まだまだ君だけのために作ったものがあるんだ。クローゼットの横にある扉に入ってごらん。」
促されるまま中に入ってみるとそこは天使の装飾が施された浴室で、温泉のような作りだ。
中央にある女性の像が持っている瓶からは湯が流れ、シャワーも完備されている。
入ってすぐの棚にはバスタオルやネグリジェ、下着など必要なもの全てが準備されていた。
その棚の横には翡翠色の瞳と綺麗過ぎる程整った顔立ちが印象的な綺麗な女性が立っている。
「ソフィア様。私はサキュバス族のレティと申します。本日よりソフィア様専属の侍女としてお仕えさせていただきます。」
「よろしくお願いいたします。」
「敬語はお使いにならないでください。私は侍女ですよ?」
「わかったわ。」
「ではお召し物を失礼いたします。」
慣れた手つきでドレスを脱がし、風呂へと誘う彼女は薄着になっており一緒に入るようだ。
少し照れてしまうのはレティが完璧なプロポーションをしているからだろう。
魔族は皆こんな感じなのだろうか。
「ソフィア様、先にお身体を洗わせていただきますね。」
「ええ、ありがとう。」
「不快なところがありましたら遠慮せずに仰ってください。」
優しい手つきの彼女は私をいたわっていることがわかる。
身体と髪を洗い終え、風呂へと入るとふっと緊張の糸が切れたような気分になり自然と笑みを浮かべていた。
「やっと笑ってくださいましたね。」
「え?」
「ずっとお疲れの顔をされていましたので。」
「そうね…今日だけで色々なことがありすぎて少し疲れてしまったのかも。」
「そろそろ上がりましょう。魔王様が待ちくたびれてしまいますし、ゆっくり休まれるのがよいかと。」
綺麗な笑みを浮かべるレティ。
風呂の外へと促した彼女は着替えから髪を乾かし整えるまでの一連作業を丁寧でありながらすごい早さで終えていた。
部屋へ連れられると待っていましたとでも言わんばかりでルシフェルはソフィアを抱き上げる。
優しくベッドへと寝かされ、自分も同じようにシルクのブランケットの中に入り込めば満面の笑みを浮かべて彼女の瞳を覗き込んだ。
「おやすみ、俺のソフィア。」
「お休みなさい。」
彼のその言葉に疲れていたこともあり、そっと目を閉じると深い眠りへと誘われるのだった。