13. 魔王の不調
ソフィアがティンガ国へ旅立ったのを黙って見送ってみたものの、彼女を手放すことなど出来るはずもなく。
何かあったらいつでも助けられるようにと人間の視力では何か判断できない高空域から見守ることにした。
カヌーで海に出た彼女の表情は自分と一緒にいた頃には見ることのなかった穏やかなもので、胸が苦しいと服を掴んでみるが一向に治癒する気配はない。
ソフィアが倒れてから身体の不調を感じ始めていたが、まさかここまでとは思わなかった。
不死だからと高を括っていたが限界だと朦朧とする意識に逆らうことなく瞼を下ろせば浮いていた身体が海へと落ちていく。
身体を冷やすのに丁度いいかと遠くで考えながら意識を沈めていった。
あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
ゆっくり目を開くと目の前には大粒の涙を浮かべたまま覗き込んでいるソフィアの姿が見え、驚く。
「ルシフェル様!…良かった…目を覚まされたのですね。」
「ここは?」
「魔王城ですよ。」
「…なんでソフィアがここに?ティンガに行ったはず…。」
「私がご連絡を…。魔王様の御身体に不調が出るなど、あってはならないことですから。」
「…ソフィア、ごめんね。大丈夫だからティンガで療養を…。」
「…私のこと嫌いになりましたか…?」
「え?」
「…いえ、ごめんなさい。お邪魔いたしました。」
「邪魔なんかじゃない!」
「っ。」
「ここに居て、ソフィア。俺は君のこと、心から愛している。だから目が覚めたとき居てくれて本当に嬉しかった。」
「…。」
「ただ、俺のせいでソフィアに心労を与えてしまったのは紛れもない事実だから…。」
そう。
あの時、彼女が倒れたのは自分のせいなのだ。
ぐっと握り込んでいた拳を緩ませるようにソフィアが上から手を重ねてくる。
彼女に触れられているというだけで、苦しかったはずの胸の痛みは消え、代わりにじんわりと暖かくなるのを感じた。
医者によると不調は心因的な問題らしく、ソフィアと少し離れただけでこれかと自らの依存具合に呆れてしまうほどだが、彼女がいなければ生きる価値もないとすら思ってしまうのだから仕方ないだろう。
そんなことを考えながら握られた手が心地よく再び眠りに落ちてしまった。
2時間ほどして目を覚ますと、既に彼女の姿はなくティンガに戻ったのだろうかと胸の痛みに手を当てながら起き上がると隣に違和感。
そっとブランケットを退けてみると、今しがた起きたようで目を擦るソフィアの姿が見えた。
「…ルシフェル様?」
「ごめん、起こしてしまったね。」
「いえ、大丈夫です。それより、また胸が痛むのですか…?」
当てられていた手が気になったようで、心配そうに瞳が揺れているのが見える。
ソフィアが俺を心配してくれている。
それだけでも一瞬感じた胸の痛みなど忘れてしまうほどの高揚感に満たされ、彼女を抱き寄せた。
「…ソフィア。もうどこにも行かないで…。」
「ぇ?」
「不調の原因、わかった。」
「…原因ですか?」
「うん。俺にはソフィアが居ないとダメみたい。他の誰かに笑い掛けてるんじゃないかって考えたら胸が酷く痛むんだ。不死のはずなのになんでだろうね。」
「ルシフェル様…。」
「嫉妬深いし、独占欲だって強いけどソフィアに嫌がれないようちゃんと努力するよ!獣化もしない!だから!」
「ルシフェル様!」
「え?」
「そんなに必死になられなくても大丈夫です。あの時は確かに怖いと感じましたが、今の私は少しも思っていませんから。胸が苦しくなるのは感情を止める反動です。大丈夫。私が全部受け止めてみせます。」
両手を広げてそう言いながら満面の笑みを浮かべる彼女にやはり敵わないとその腕の中に入れば、優しく撫でられているのを感じる。
「ソフィア、俺のソフィアだ。誰にも、誰にも奪わせたりしない。」
エリスから貰ったであろう婚約指輪を外すとそっとサイドテーブルに置いてから彼女の指にキスを落とした。
人間のように指輪にこだわるつもりはなかったが、牽制のためにも結婚指輪は必要になるだろうと魔力を込めれば金色の細身のリングに金でできた獣の手が生え、黒い宝石が掴まれたそれが現れる。
もっと可愛いものを作るつもりだったが、魔王の指輪などこの程度かとため息を溢した。
「指輪?」
「これは、可愛くないな。ちゃんとしたのを準備する…。」
「ふふ。ルシフェル様が獣化されたときの手ですか?小さくなるととても可愛らしく見えますね。」
「…本当に可愛いか?」
「ええ。ありがとうございます。」
とても嬉しそうにするソフィアに彼女には本当に敵わないと赤くなった頬を隠すように小さくため息を零すのだった。




