第八話「死は人を選ぶ」
ハールート「…そう簡単に言うと思う?」
ミカエル「言わせる気にするまでだ。」
ボキッという不快な音がした。
それはハールートの腕が折れた音だった。
私が拘束する腕を片方折ったのだ。
音の発信源である私だが、
この音を普通に聞くのは得意ではない。
ミカエル「腕以外にも、お前達の弱点はあの銅像だろう。ヒビが増えてもいいのか?」
ハールート「っ!!…この性悪女。」
ミカエル「なんとでも。お前達が話すまでにあの銅像、壊れなきゃ良いな。」
自然と口角が上がる。
ハールートの目に映る私は
此処へ来て初めて
満面の笑みを浮かべていた。
これではハールートに
「性悪女」と言われても文句は言えない。
マールート「何故…何故なの?敗因は一体…。」
ルシファー「そんなの決まっているわ。私達二人を起こしておいたからよ。」
すると黙る双子達。
何かを考えながら、
何かを言おうとしているように感じた。
私達はそれを気長に待つ。
彼女達があの天使や、
ルシファーの会ったという悪魔について
話してくれるのならば、
十分でも一時間でも待つつもりだ。
ハールート「…………僕達は、彼女の為に貴女を返さなきゃいけない。」
数分すると、ハールートが沈黙を破り、
ポツリポツリと語りだした。
再び話に出てきた「彼女」に、
眉間にシワが寄るのが分かった。
ミカエル「"彼女"って一体誰のことなんだ。」
ハールート「彼女はミファロス。僕達の大切な人。貴女達を返さないと、彼女が可哀想。」
「ミファロス」
その名前を聞いた途端、
心臓が大きく跳ねた気がした。
別に聞いたことのある名前でもないし、
知り合いにだってそんな名前は居ない。
だが、双子達が散々言っていた「彼女」が、
「ミファロス」だと知ると、妙に納得した。
まるで最初からそうであると
知っていたかのように
違和感を感じなかった。
ミカエル「返す返すって先刻から何なんだ。それに、"ミファロス"って…私にそっくりな女天使のことか。」
ハールート「それは………っ!?ぐぁっ…!!!」
ミカエル「っ…!?」
ハールートの回りくどい言い方に
だんだんイラつきながら反応していると、
突然ハールートが苦しみだした。
痛みからか、強い力で私の拘束から逃れ、
胸部を押さえながら悶え苦しむ姿に、困惑した。
マールートの方へ目を向ければ
其方も同じような状態に陥っていた。
ハールート「お許し下さい!!僕達はただ、ただ彼女のためにっ…!!」
ミカエル「……何なんだ。一体誰に謝っているんだ!!」
涙を流しながら必死に
許しを乞う双子の姿に、
私とルシファーは唖然とした。
マールート「痛い、痛いよっ!助けて"ミファロス"!!」
ルシファー「!?何で、何処にも傷はないのに、出血だけがっ…!」
その声に、彼女達の方へ視線を向けると、
確かにマールートは何処にも傷がないのに
胸部から出血していた。
先程まで双子が押さえていた箇所だ。
向き合うように座り直して、
ルシファーはマールートの肩を掴んでいた。
慌ててハールートの方へ視線を戻すと、
彼女も同じように出血していた。
ハールート「カハッ…!」
ルシファー達と同じように座らせると、
ハールートが丁度咳をした。
その拍子に血も一緒に出て、
私の顔や服にかかる。
けれど今はそんなことを
気にしている場合ではない。
口を閉じても溢れ出てくる血に、
ハールートは顔を歪ませた。
そして、だんだんと彼女達の足元が
金色に光りだした。
同時に彼女達の姿も薄くなっていく。
ミカエル「何が…起こっているんだ。」
ハールート「…嗚呼、"また"戻る。」
ハールートは力無く私の胸に寄りかかり、
そのままぐったりと動かなくなった。
もう喋る気力もないようだ。
ルシファー「消える前に答えなさい、マールート!私が会った悪魔のような容姿をしていた女性の名前は!?」
マールート「ルシッ……フィ…ァ。」
マールートの声を最後に、
双子は跡形もなく消えてしまった。
私達は言葉が出なかった。
何も十分に話せないまま、
双子は"消されてしまった"。
犯人は屹度、
あの許しを乞うていた相手だろう。
恐らく、私達に必要以上に
話してしまったからだ。
私の質問に答えようとした途端、
双子は苦しみだした。
話してしまった対価と言うことか。
その"相手"が誰なのか
気になるところだったが、
突然地面がグラリと揺れたことにより
考えることを止められた。
まるで、「考えるな」
とでも言われているかのように。
周囲を見てみると辺りはヒビだらけで、
空間の上部から消えていっていた。
ルシファー「!!空間がっ…消滅していく!?」
ミカエル「此処の主だった双子が居なくなったからか。…直に崩れるな。」
ルシファー「皆を起こしに行こう!そして、全員で此処から脱出する!」
急いで大ホールから出た。
此処の何処へ繋がるか
分からない扉に関して不安だったが、
私達はどれほど幸運なのか、
運良く出た場所は
オペラ劇場前の廊下だった。
劇場の扉を開けて中へ
飛び込むように入ると、
ガラス張りの床は割れ、
みんなを閉じ込めていた水晶は
なくなっていた。
ミカエル「水晶がなくなっている…?あれも双子の魔法だったのか。」
ルシファー「ちょっとみんな起きて!早く出ないと!」
ソルベイト「何だ何だ!?」
さくや「空間が消滅している…?」
サノン「何これ此処何処ー?」
バルティニュム「まぁミカエル様!お顔に血がっ…!」
レヴェート「まだ寝ていたい…。」
ガルデン「一体何の騒ぎなの?」
床のなくなった場所へ降り、
ルシファーがみんなを起こすが、
起きた途端各々自由に喋りだし、
此方の話を聞こうとしない。
だが致し方ない。
疑問に思う状態に陥った時、
その答えを求めるのが人間だ。
未だにザワザワと騒ぐみんなに、
少し強めに声をかける。
ミカエル「落ち着け、血は私のじゃない。諸々の話は後だ。兎に角今は早く此処から出るぞ。」
サノン「でもどうやって脱出すれば…?」
ルシファー「上を見て。空間が消滅したことによって、見えなかったものが見えるようになった。」
全員が目線を上にあげると、
其処には白く光る穴がある。
先刻空間が消滅しているのに気付いた際、
私とルシファーは自然と
上に目線を上げていた。
それによりいち早く気付いていたのだ。
レヴェート「館が…見える。」
ソルベイト「あの穴は館に繋がっているっていうことだな!」
ルシファー「恐らくあれが脱出口。屹度空間の中心がこのオペラ劇場なのね。端にある階段で穴まで辿り着くことが出来る。」
目を凝らせば、白い穴の光の先に
私達の住む見慣れた館が見える。
ガラス張りの床が出現する際に
観覧席の殆どは消えたが、
端にある階段は残っていた。
それはまるで導くかのように
白い光の穴へと繋がっている。
ミカエル「空間が消滅すれば私達も巻き込まれる。彼処まで走れ!」
その一声で、全員穴へと駆け出した。
ガルデン、レヴェート、バルティニュム、
ソルベイト、サノン、母さん、ルシファー、
私の順番で階段を上っていく。
みんなが白い光の中へ消えていくのを
後ろから見守っていると、
不意に後ろを振り返りたくなった。
その行動に身を任せて振り返ると、
其処には大ホールにあった筈の天使の銅像が
みんなが寝ていた場所に立っていた。
ミカエル「…結局聞けなかったな。」
ルシファー「お姉様早く!」
ルシファーに急かされ、
あの銅像を此処へ残すのに
名残惜しく感じながら私は歩を進めた。
そして白い光の中へと突っ込む。
瞬間、目の前が真っ白になり、
眩しさに目を閉じれば、
そのまま意識も飛びそうになる。
途切れゆく意識の中、
双子魔女に女天使のことを
聞けなかったのを残念に思いながら、
私の意識は真っ黒に塗り潰された。
ミカエル「……ん。」
次に目を開け、
一番に視界に入って来たのは
あの白い穴とはまた別に
白い眩しい太陽だった。
「嗚呼、戻って来たのか。」と納得して
体を起こすと、全身に疲労感が襲った。
ずっと不安定な空間の中に居たからか、
現実の世界の空気に違和感を感じる。
気持ち悪さに目が眩み、目元に手を当てる。
それで治るとは思っていないが、
気休め程度に視界を暗くする。
なかなかどうしてか気分が優れず、
もう一度目を開ける。
立ち上がろうと地面に手をつくと、
ヌルりとした感触があった。
それはマールートの音魔法により、
鼓膜が破れた時の感触に似ていた。
ミカエル「なっ…。」
恐る恐ると言った感じに振り向くと、
其処は血の海が広がり、
その上にはサノンやソルベイトと言った
妖桜館の住人が無残に転がっていた。
慌てて誰の血なのかを確認するが、
特定の人物は見当たらない。
この地面に流れる大量の鮮血は、
住人全員の血だった。
一人一人見ていけば、
各々違う場所に傷を負っていた。
重症なんて甘い言葉では済まない。
血と共に剥き出しになった内蔵や血肉が
視界に入り、吐き気を催す。
誰がどう見てもわかった。
「助かる見込みはない」と。
ミカエル「………死んでる。」