第三話「赤い双眼」
ミカエル「…此処は。」
嗚呼。また夢の中だ。
瞬時にそう悟った。
私は確かソルベイトの肩で
眠りについた筈だった。
それがどうしたものか。
目を開ければ以前見た神殿内だった。
よく見ると細かい装飾が
掘られていて神秘的な神殿だが、
所々廃れていてかなり古いもののようだ。
辺りを見回しても、
あの天使は見当たらない。
これは良い機会だと
私は神殿内の探索を始めた。
少し歩いてみると、
神殿内には幾つか部屋が設置されていた。
中を覗けば本当に誰かが
生活していたような雰囲気が残っている。
夢の中だからか、庭の草木も生きていた。
扉が沢山あり広いので
気を抜くと迷ってしまいそうだった。
「う…ひっく…ぐすっ…」
私が必死に道を覚えながら
歩いていると、何処からか
啜り泣く声が聞こえてきた。
声を頼りに歩を進めると、
扉が少しだけ開いている部屋を見つけた。
私は気配を消しながら
そっと中を覗いてみた。
其処には一人の天使が居た。
此方に背を向けているので
顔はわからないが、
あの綺麗な髪の毛、美しい翼は
以前夢で出会った天使だった。
どうやら泣き声の主は彼女だったようだ。
嗚咽を漏らしながら溢れ出る涙を
何度も腕で拭っている。
天使「ごめんなさいっ…守れなかった。」
彼女は誰かに謝っているようだった。
誰も居ない一人きりの部屋で
"誰か"への謝罪を何度も口にする。
私は彼女が誰に謝っているのか、
何故か酷く気になった。
彼女が泣いていようが怒っていようが、
自分には関係の無いことなのに、
何故か放っておけない気分だった。
天使「お願い、貴女だけは私の傍から離れないで。……お願いっ…。」
ミカエル(……え)
見間違いだと思った。
ただの勘違いだったと。
だが、目を凝らして見てみれば
きちんと"居た"。
部屋には天使一人だけだと思っていたが、
泣く彼女の向こうに、誰かが居るのだ。
覗いている私を睨むかのように、
ソレは一瞬だけ目を赤く光らせた。
光った場所から
かなり低い位置に居るらしい。
倒れているのだろうか。
はたまたそれぐらいの身長なのか。
赤く光った双眼は、
間違いなく此方を見ていた。
天使「ーーーーっ…。」
赤い双眼に気を取られている間に
天使は誰かの名前を言ったらしい。
謝罪の相手だろうか。
それとも向こうに居る相手だろうか。
聞くべきだった。
名前さえ聞いていれば、
それを頼りに調べられたかもしれない。
私が双眼から逃れるように
目線を逸らして悔やんでいると、
何かの視線を感じた。
またあの双眼だと思い
目線を上げると、
其処には違う二つの赤眼。
ミカエル「…!」
それは泣き腫らして赤くなった目元と
同じくらい赤い双眼。
未だに透明な涙をボロボロと流す瞳が、
大きく開いて此方を見ていた。
天使「……。」
だが見えるのは赤い瞳だけで、
やはり顔全体は見えなかった。
彼女はまた前に向き直って
ボロボロと涙を流しだした。
そして再び沈黙が続く。
私は扉を開けて少しずつ
彼女に近付いて行った。
ミカエル「…お前は、誰なんだ。」
天使「…駄目よ。屹度今に帰って来てくれるわ。頼っては駄目…。」
会話になっていない。
どうやらこの天使は
以前会った天使ではないらしい。
これは彼女の記憶の中の彼女だ。
何故わかるか。
気配が"そう"だった。
先程まで扉の隙間越しで気付かなかったが、
近寄ってみて感じた。
大体記憶の中の気配は
生気が感じられない。
この彼女は今まさにそうだ。
何を聞いても答えは返ってこない。
ならば顔だけは見ておこうと思い、
私は彼女の肩へと手を伸ばす。
だがそれは、
彼女の発した言葉により叶わなかった。
天使「……ガブリエル様……。」