第二話「人間」
ミカエル視点ー
ピキッ…ピキ
静かな部屋に氷の音だけが響く。
騒動の後、改めて周囲を見渡すと、
部屋は氷だらけになっていた。
サノンの氷は自分では
溶かすことが出来ないので割るしかない。
なので今はあの場に居た全員で
至る所の氷を割っている。
?「あーあ。サノンってば足を付けたの。」
?「…寒い。」
ミカエル「…ガルデン、レヴェート。」
ふと声が聞こえた方を見ると、
いつの間にかソファに
ガルデンとレヴェートが座っていた。
気付かないのも無理はない。
彼女達姉妹は幽霊であるからだ。
だが足はある。
幽霊の種族はとても希少で
人間達は恐れるどころか
捕まえようとするらしい。
その時に上手く走れるように足があるのだと
聞いたことがある。
ミカエル「見てないで少しは手伝いなよ。」
ガルデン「嫌よ。此処でも寒いのに、其方に行ったら寒くて死んじゃうわ。」
レヴェート「………。」
饒舌なガルデンに比べて
妹のレヴェートは寡黙だ。
喋る事なんて殆どない。
動物のぬいぐるみを
いつも抱き締めていて、
常に無表情なので
何を考えているのか正直わからない。
漸く部屋の四分の一程の氷の破片を
バケツいっぱいに入れた後、
私はサノンを座らせた。
勿論足を付けさせないように。
ミカエル「…良いかサノン。お前は雪女だ。対象を凍らせ、全身に寒気を纏っている。そんなお前が地に足を付くとどうなるかわかるよな?寒気は加減を知らず他人の足をも一緒に地を凍らす。」
私がサノンへ説教をしている横で、
まだ残っている氷に
ソルベイトは足を滑らせ転倒し、
ルシファーは足が凍って
必死に抜こうとしている。
ミカエル「足を付けるな、浮遊しろ。」
サノン「申し訳ございません。」
サノンが額を床に付け、
説教も終わらせようとしたところに、
パリンッと言う大きな音が部屋に響いた。
「出ていけ化け物共!!」
「厄災を持ち込む奴らめ!!」
サノン「っ…人間達だっ!」
私の説教が終わる、
と安堵の息をついていたサノンは、
血相の色を変えた。
どうやら街の人間達が、
わざわざこの森までやって来て
硬い石を窓に投げ付けてきたようだ。
窓硝子は無残に割れ、
凶器である石が部屋の中に落ちたことで
絨毯は土で汚れた。
ミカエル「…面倒だな。」
私は窓から見える
人間達に向かって手を翳す。
彼等は先程までの荒ぶりが
嘘のように大人しくなり、
静かに街へと帰って行った。
手を下ろすと、
突然の疲労感があった。
少しばかり強めに
魔力を使ってしまったかもしれない。
ルシファー「如何して氷漬けにしなかったの!貴女なら出来る筈でしょう!?」
突然、背後から
怒鳴り声が聞こえた。
振り返ると、ルシファーが
ソルベイトに抑えられながら
床に座るサノンへと怒鳴っていた。
未だ人間達に怯え泣いているサノンに、
母さんが駆け寄る。
さくや「サノンを怒鳴るのはやめなさいルシファー。仕方が無いでしょう、サノンにとって人間は…。」
ルシファー「関係ないわ。いざと言う時に使えなければ意味が無いじゃない。そんなんじゃ自分の身も守れないわよ。」
騒ぎの元へと近寄る。
周りに居たバルティニュムや
ガルデン達に事情を聞くと、
どうやらルシファーは先程、
窓硝子を割った人間達を
凍らすようサノンに言ったが、
サノンは怯えるだけで何も出来なかったと。
成程な。そういう事か。
サノンは遠隔でも
対象を凍らすことが出来るから、
ルシファーは手っ取り早く
それを使おうとしたのか。
私がルシファーを止めようと
騒ぎの中心へ赴くと、
それに気付いたルシファーが
私にも話を振ってきた。
ルシファー「お姉様もよ。何故殺さなかったの。」
ミカエル「…殺せばこの状況が変わるとでも言うのか。奴らは屹度此処へ来る事を街の誰かに言っている筈。街へ戻ってこなかったら、人間達は私達を恐れる。そしてまた凝りずに痛め付けようとする。ただの悪循環だ。」
ルシファー「でもっ…!」
ミカエル「ルシファー。確かに人間は愚かだ。自分達の事しか考えず、欲に塗れている。けど…、私達と同じ命だ。それを無駄にしてはいけない。」
ルシファー「…お姉様。」
私は少し言いすぎたかと思い、
ルシファーの頭を一撫でした。
そして、泣き崩れるサノンへと振り返る。
ミカエル「サノン、落ち着いたら先刻の罰として壊れた窓を片付けとけ。」
私はその場を後にした。
自室に戻ると、私は窓を開けて
寝台を背凭れに床に座り込んだ。
私の部屋は丁度窓から
月が見える位置にある。
今宵は下弦の月。
満月まではまだまだかかる。
その時間の半分は、
また街の人間に悪戯と言う名の
虐めを受けなければいけないのかと
思うと、気が沈む。
私達が何をした。
何故自分達と違うだけで目の敵にされる。
お互いに不利はないのだから、
見ぬ振りをすれば良いじゃないか。
何度思い、抗議した事か。
人間達の耳は
都合の良い事しか聞き取らない。
耳を傾けようともしない。
膝を立てて座り、
顔を埋めていると、
部屋の扉が静かに叩かれる音がした。
ソルベイト「入るぞ。」
ミカエル「もう入ってるじゃないか。」
ソルベイトだった。
彼はノックをしたにも関わらず、
返事を待たずに入って来た。
そして当然のように
隣に座り、一緒に月を見始めた。
私にこんなに図々しく近寄ってくるのは
ソルベイトぐらいだ。
何故か。
それは私とソルベイトが恋仲だから。
まだー年も経っていないが、
彼の真っ直ぐな想いに私は惹かれた。
図々しいところもあるが、
それが彼の慰めの仕方だった。
ソルベイト「先刻の言葉、お前らしくなかったな。正直驚いたよ、お前があんな事思ってたなんて。」
ミカエル「…ルシファーに言った人間の話?そんなに私らしくなかったか。」
ソルベイト「お前はどっちかっつーと人間を憎んでいると思っていた。俺と同じでお前ら双子は人間に痛め付けられた挙句、禁森に捨てられてたんだろ。」
その通りだ。
もう何年も前の話。
禁森と言う妖怪や能力者しか
集まらない危険な森の中、
私とルシファーは傷だらけで
倒れていたところを母さんに拾われた。
だから母さんと私達は血が繋がっていない。
だが、私もルシファーも母さんのことを
本当の母さんのように慕っている。
誰にでも優しく親切なその姿はとても美しい。
私もその影響で、今の妖桜館を造り上げた。
バルティニュムやサノンを招いた。
ミカエル「…母さんにはそう説明されたけど私達にその記憶はないんだ。だから実感もあまりなくて。それに…」
ソルベイト「それに?」
《人間は愚かよ。欲に塗れて自分の事しか考えない。…けれど、良い部分が無いわけじゃないの。彼等もまた同じ命の結晶体だから、決して無闇に殺したりして無駄にしてはいけないのよ。》
随分昔の記憶が脳裏を掠める。
まるでノイズが掛かったように流れるが、
はっきりとその声は今でも聞こえる。
懐かしい、心地良い高い声。
ミカエル「…あれは昔、ある人が私に言ってくれた言葉なんだ。誰かは覚えていないんだけど、とても大切な人だった気がする。」
微かだが、彼女と過ごした思い出が
本当に薄く残っている。
でも何故だか顔だけが
影が掛かって思い出せない。
ミカエル「私と似たような髪色で、鈴を転がしたような声に名前を呼ばれるのが好きだった。」
そう言えば、夢に出てきた彼女も、
同じような容姿だった。
ただの夢にすぎないけれど、
あの人を少しでも思い出せる
きっかけとなるだろうか。
そんな事を考えていると、
突然急激な眠気が襲ってきた。
必死に目を閉じまいとするが、
もう視界はボヤけて来ている。
私が半ば諦めていると、
横に居るソルベイトが自身の方へと
私を寄りかからせた。
ソルベイト「沢山の魔力を使って、疲れたんだろ。肩貸してやるから眠りたいなら眠れよ。俺は此処に居るから。」
その声と、
肩から伝わるソルベイトの心音を
子守唄のように聞きながら
私は静かに目を閉じた。