第十八話「新しい朝」
目を覚ますと、
見慣れた自室の天井が視界に映る。
あの世界から戻って来たのだと実感する。
あれは夢だったんじゃないのか、
いや、実際本質的には夢なのだが、
そう思ってしまう程現実味がなかった。
若しかしたら私の妄想だったのでは、と。
本当に夢を見ていたのかもしれない、と。
いや、夢を見たと言うのなら、
とても胸糞の悪い夢だろう。
自嘲しながら、体を起こし伸びをする。
体を動かしても痛みを感じないので、
夢の中で消えたように、
以前のループで負った傷は
なくなっているのだろう。
いつもの服へ着替えようと
寝台から降りると、一緒に何かが落ちた。
気になって視線を向けると、
足元に白く輝く羽が落ちていた。
手に拾い目の前へ持ってくると、
カーテンの隙間から
射し込む太陽の光に当てられ、
虹色に光っているようにも見える。
怪訝に思いながら
シーツを綺麗に直そうと振り返ると、
寝台の上に同じような羽が沢山あった。
ミカエル「何で…。」
其処に、パラパラという音が聞こえる。
音の方へ目を向けると、
机の上にある一冊の本が
風も吹いていないのに、
ひとりでにページをめくっていた。
私が近付くと、あるページで止まった。
其処には、まるで見せつけるかのように
大きく書かれた「鳴」の一文字。
私がその一文字をじっと凝視していると、
そのページはだんだん
赤や青、黄色といった多彩な色で
塗りつぶされていった。
そして元々カラフルな紙に
「鳴」が書かれたような作品に変わる。
ミカエル「……これが、今回の物語に関係していると言うのか。」
そのページは、
まるで取ってくれと言わんばかりに
縦に向きを変えた。
本から飛び出したように主張する
そのページの端を手に取ると、
いとも簡単に本から外れた。
改めて一枚の紙となったページを
顔の近くで凝視すると、
インクの匂いが鼻を掠めた。
「鳴」とはどういう事だろうか。
フレイは「毎回どんなところかは教える。」
と言ってはいたが、それがこの一文字か。
ヒントが少なすぎではないだろうか。
動物の「鳴」き声なのか。
楽器などが「鳴」る音なのか。
選択肢は幾らでも挙げられる。
どれなのかは、
自分で見極めろと言うことか。
彼が神だと言うことを実感させられる。
人の頑張る姿を傍観して
快楽を得ることを求める。
偏見かもしれないが、
それが神というものだ。
今も私の姿を楽しく視ているのだろう。
ルシファー「おはようお姉様、昨夜は一歩前進だったわね。」
ふと、部屋の扉が静かにノックされ、
扉の隙間からルシファーが顔を覗かせた。
入室を許可すると、
彼女はもういつもの服に着替えており、
顔色もループ時とは別人のように良い。
頬に貼っていたガーゼも外されている。
ミカエル「…おはよう。お前も会えたらしいな。」
ルシファー「えぇ、どうにか。」
ループ時とは違う、
清々しい朝の挨拶だった。
ルシファーを見ると、
真実に近付いていることを実感する。
ふとルシファーは私の寝台へ視線をやる。
そして目を見開くと、
フッと眉を下げながら笑った。
ルシファー「…どうやら、白と黒みたいね。」
ミカエル「…嗚呼、あれか。起きたらあったんだ。」
ルシファー「私の寝台にもあったわ、黒い羽が。お姉様は白い羽で、私は黒。何か意味があるのかしら。」
彼女は後ろで組んでいた腕を
前に持ってきて握っていた手から
黒い羽を取り出した。
それはまるで闇を吸い上げたように、
本当に黒かった。
ルシファー「まぁそれよりも、今回の物語のヒントは二つあるみたいね。」
そしてもう片方の腕からは
一枚の紙を出した。
それには真っ赤な滲みの上に
「戦」と書かれている。
慌てて私は自分の手にあった紙を
ルシファーの前へ持っていく。
私達の手元には、
「鳴」と「戦」と書かれた紙が二枚。
一つは多彩で、
一つは赤に染まっている。
ミカエル「…ということは、この「鳴」は鳴帝国のことか?」
ルシファー「一番最初の物語は、鳴帝国との戦が主題と言うことかしらね。」
鳴帝国とは、
元々あまり力のない小国だったのだが、
近年皇帝が変わり、皇子皇女らが
前線へ赴くようになってから
勢力を上げ大帝国へと成った国だ。
私達はハルデヴィアン王国の
一番端のフォレと言う区域に住んでいる。
此処は人が少ないため
あまり情報が回ってこない。
なので詳しいことは判らないが、
恐らく主題は外れていないだろう。
ルシファー「私達は外との繋ぎを持たないから知識がないけれど、"あの子"なら、鳴について何か知っているかもしれないわ。」
ルシファーの言う"あの子"とは、
地下に潜む乙女のことだ。
乙女は情報が早い。
彼女の魔法による影響らしいが、
魔法を一度でもかけた相手の
持つ情報のうち、
彼女が欲しいものだけを
読み取ることが出来るらしい。
私達は広間を通り、地下へと向かった。
広間にまだ誰も居なかったので、
きっと朝が早いのだろう。
そう思い直して乙女の居る扉を開けた。
乙女「……貴女達、"何を飼っている"の。」
扉を開けた私達に視線を向けた途端、
乙女が発した言葉がこれだ。
驚いたように目を見開くと、
直ぐにその視線を鋭くして此方へ向ける。
ルシファー「は?突然何を言っているの?」
当然私達は突然のことに困惑した。
何を飼っているのか、と聞かれても
愛玩動物のようなものは館に居ない。
飼った覚えもないし、
そんな話は聞かない。
今回の世界で双子神が
加えたイレギュラーだろうか。
そう思い乙女に聞き直そうとするが、
途中で遮られてしまった。
乙女「……いいえ、何でもないわ。わざわざ此処へ降りてくるなんて、一体私に何の用かしら。」
ミカエル「……鳴帝国について、何か確かな情報を知っているか。」
乙女「彼処が勢力を上げてきているのは貴女も知っているでしょう。それくらいよ。」
ルシファー「近い内に鳴とは戦争になるかもしれないのよ。その時の為に、貴女の持つ情報を買うって言っているの。」
私達が真剣に尋ねていることを悟ったのか、
乙女は少し考える仕草をすると、
チラッと此方を伺うように視線を向けた。
乙女「そうねぇ。…嗚呼、"色兄弟姉妹"の話は知っている?」
『色兄弟姉妹』
聞き慣れない単語に、
私とルシファーは同時に首を傾げた。
その仕草に、
乙女は呆れたような表情をする。
「やっぱり」とでも言いたげだ。
ルシファー「…しき、けいていしまい?」
乙女「色兄弟姉妹って言うのは、鳴を強くした皇子皇女らの事よ。総数八人、全員名前に色が付くから、そう呼ばれているらしいわ。」
乙女の説明は分かりやすかった。
色兄弟姉妹とは、
鳴の皇帝の跡継ぎ八人のことだと言う。
第一皇子の黒楓。
第二王子の緑牙。
第三王子の黄光。
第四王子の橙葉。
第一皇女の紅水。
第二皇女の蒼炎。
第三皇女の紫萩。
第四皇女の白桜。
全員が全員血は繋がっていないが、
仲は良好らしく次期皇帝の座を巡って
争うこともないらしい。
乙女「どうせ私はお留守番でしょう。だから貴女達の勝利の確率を上げるヒントを提供するわ。」
乙女はニヤッと笑うと、
ループに巻き込まれてから
一番最初に訪れた時のように
寝台へ横になると、此方へ視線をやった。
相も変わらずその紫は明るく光っている。
乙女「色兄弟姉妹の中でも、紅水、蒼炎、黄光には気を付けたほうが良いわ。」
ミカエル「…何故?」
乙女「この三人は兄弟姉妹の中で特に戦闘に強く、悪賢い人柄なそうよ。」
まだ顔も知らない人達を
頭に思い浮かべる。
悪賢い、と言う言葉が妙にひっかかる。
私やルシファーは
元々才が良い訳ではないし、
戦闘にだって不利なことが多い。
他の五人はともかく
その三人はあまり関わりたくはない。
乙女「しかも黄光は女たらし。」
ミカエル「それはどうでもいい。」
恐らく彼女なりの励ましだったのだろう。
こういった真剣な時に、
乙女は場に合わないことを
口走ることがある。
情報自体は本当にどうでもよかったが、
何だか張り詰めていた気が緩んだ気がした。
使う魔法は何であれ、
彼女の人柄は悪くは無い。
だから母さんも見捨てなかったんだろう。
ルシファー「分かったわ。代価は何が良い?」
乙女「要らないわ。どうせ物欲も無いし、売ったつもりはないわ。」
ミカエル「…ありがとう。お前には、いつも感謝しているよ。」
私の言葉に、
先程までの冷静さはなくなり、
乙女は目を見開いて此方を凝視した。
まるで、"私以外の誰か"を見るかのように。
その視線に居た堪れなくなったので、
私はそれから逃れるように、
ルシファーの制止の声も聞かず
足早に地下を後にした。