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あなたの悪魔とわたしの天使  作者: 鈴森 心桜
12/22

第十二話「地下の乙女」

館に戻ると、

普段より物音が少なく、

改めて二人きりになってしまったことを

思い知らされる。

ルシファーは帰った途端、

疲れたと言って自室に戻って行った。

何もやる気が出なく、

私も自室に戻ろうかと考えていると、

不意に笑い声が聞こえてきた。

突然自分の家で知らない笑い声が

聞こえてきたら殆どの人は驚嘆するだろう。

けれど私は「嗚呼忘れていた。」としか

思わなかった。

その笑い声は知らないものでは

なかったからだ。

私は先刻の発言を訂正する必要がある。

この妖桜館に住む住人は全部で九人。

双子の呪いによって

六人死んでしまったが、

生き残ったのは私を含め三人だ。

私とルシファーを除いてあと一人、

生き残った奴が居たのだ。

だからこの館には

二人きりではなく三人だけだ。

双子の領域で見た水晶の中にも

奴の姿は見えなかった。

恐らく双子も気付かなかったんだろう。

それもそう。

奴は地下の奥深くに居るからだ。


私は奴に会いに行くため、

地下へ続く長い螺旋階段を降りていく。

降りるにつれて笑い声は大きくなっていく。

やはり奴の笑い声だったらしい。

地下にしては明るい空間をカツカツと

足音を鳴らしながら歩く。

奴は私が向かっていることに

気付いてるのか否か、

笑うのを止めようとしない。

不気味な笑い声を聞きながら

私はとうとう目的の部屋に着いた。

地下奥深くに一つだけある扉。

何重にもかかった鍵を開けて

其処を開けると、

案の定奴は何も無いのに笑っていた。


ミカエル「……何が可笑しいんだ。」


私が尋ねると、

奴は今私の存在に気付いたのか、

やっと笑いを止めこちらを振り返る。

そしてニヤッと笑ってその口を再び開く。


乙女「……あらぁ?ミカエルじゃない。貴女が此処へやって来るなんて珍しいわね。」


彼女の名前は乙女。

妖桜館の九人目の住人だ。

何年か前に、人身売買をする人間によって

売り出されていたところを、

母さんが引き取り館へ連れてきたのだ。

海を渡ってきた異国人だと

本人は言っているが、

実際のところどうなのかはわからない。

けれど髪の毛はこの国では珍しい亜麻色だ。

目も紫なので有能力者ではない。

なら何故地下奥深くに幽閉しているか。

それは彼女が精神操作の魔法を使うからだ。

非能力者であるのに、魔法を使う。

私にもこれは理解し難い。

全員で思考を繰り返し、辿り着いた答えが、

「彼女は非能力者として産まれたが、

途中で魔力を授かったのでは。」だった。

勿論そういうケースは耳にするが、

なかなか稀にしか居ない。

そんな人々のことを、

堕子(ゲファレナー)と呼ぶらしい。

加えて乙女は魔力を制御出来ていない。

精神操作の能力者は、最も忌み嫌われる。

操られるなんて御免だからだ。

だから乙女は此処に幽閉している。

同じ環境元で生活している中で

もし操られてしまえば終わりだから。

という理由も勿論あるが、

母さんは乙女が少しでも制御出来るように

静かな環境を提供したかったらしい。

だから母さんは結界を張った。

結界内で魔法は無意味に等しいからだ。

そのせめてもの情けで

自ら彼女に食事を持っていったり、

話し相手になったりするのだ、と。

以前そう聞かされた覚えはあるが、

なかなかその心情には同意出来ない。


乙女「館が随分静かなようだけれど、今日はみんな、お寝坊さんなのかしら?」


ミカエル「…居ないよ。お前に食事を与えていた母さんも、ソルベイトもレヴェートもガルデンもバルティニュムも…。もう世界の何処にも居ない。」


乙女「あらあらまあまあ。あの子達死んじゃったの?それじゃあ貴女と、名前に出てこなかったルシファー…。その二人だけが生き残ったってこと?」


乙女は驚く素振りも見せなかった。

まるで他人事のように話を聞いている。

いや、彼女にとっては

他人事なのかもしれない。

彼女にとっての"仲間"など、

母さんしかいないのではないだろうか。

私が黙って頷くと、

乙女はフッと一つ鼻で笑った。


乙女「随分人間らしくなったわね。以前の貴女だったらどれだけ仲間が死のうと表情一つ変えなかっただろうに、今じゃそんな泣きそうな表情(かお)するようになったのね。」


ミカエル「……自分でもそう思うよ。」


数年前の私なら、

屹度こんな態度はとらないだろう。

仲間が死んでも「そういうものだ。」と

諦めて直ぐに立ち直る筈だ。

近頃、自分の中で何かが変化しているのに

気付いていなかったわけじゃない。

大切な人をつくるようになった。

愚かな人間の命にさえも

慈悲の心を抱くようになった。

大雑把に言えば、"情"が現れたのだ。

以前の私が今の私を見れば、

驚嘆して逆に怒られてしまうかもしれない。

「お前はそんなに弱かったか。」と。

それでも仕方ない。

私は"情"を知ってしまったから。

一度知ってしまえば、

知らなかった頃には戻れない。


ミカエル「……母さんが死んだことによって此処の結界も消えた。もうお前の魔法の制御は解除され、自由の身なんだ…。好きなところへ行け。」


乙女「そう、じゃあ勝手にさせてもらうわね。」


そう言っておきながら、

乙女はそのまま寝台へ横になり、

この部屋を出る様子がない。


ミカエル「…自由の身になったのに、外へ行かないのか?」


乙女「あら、私はとっくに自由の身よ。さくやが私を引き取ってくれたあの日から、私は自由なの。」


目を瞑ったまま乙女は話しだす。

その意外と低い声は、嘘を語らない。

口調から、彼女の本心なようだ。


乙女「好きなところへ行けと言ったじゃない。私の好きなところは此処よ。出て行けと言われても出て行かないわ。」


寝返りを打ち、彼女が顔を此方に向ければ

その異様な紫と目が合う。

怪しい雰囲気を漂わせる紫色は、

彼女の色素の薄い体で

唯一濃い色をしている。

だから彼女を視界に入れた時は、

必ずと言っていいほど目に視線が行く。


乙女「此処はさくやが私に与えてくれた場所だもの。例え魔法の所為で貴女達に忌み嫌われても、これが私だから。この魔法も私自身だから、避けては通れないわ。受け入れるしかないの。」


ミカエル「………そうか。」


やはり乙女は母さんを

特別に思っていたのだろう。

結界のなくなった今、

精神操作の魔法を使う彼女にとって

館内に居る私やルシファーを操り

外へ脱出することなど容易い筈だ。

それなのに、必要ないと思うのは、

彼女の母さんに対する想いが強かったから。


ミカエル「鍵は開けておく。……好きにしろ。」


私はそのまま部屋を後にし、

地上へと続く階段を昇る。

再びカツカツと足音を鳴らしながら歩くが、

今度は乙女の笑い声はない。

あのまま寝てしまったのだろうか、

やけに静かだった。

彼女がどんな存在でも、

私は彼女を追い出す事はしない。

そんな資格私には無い。


歩きながら自分の手のひらを見つめる。

青白くて血の気のない手は、

まるで生き物らしくない。

地下だから光の当たり具合も

あるかもしれないが、

私の手は何処か弱々しい。

ギュッと力強く握りしめると、

少しだけ血管が動く。


ミカエル「"私自身だから受け入れるしかない"…か。」


先刻の乙女の言葉には、少し感服した。

まさか彼女があんな風に思っていたとは

思いもしなかった。

私はあの夢を見だしてから、

記憶を取り戻したいとは思いつつも、

反面怖い気持ちも勿論あった。

だが乙女の言葉を聞いて

すんなりと自分自身を納得出来た。

記憶を失ってしまった今、

まだ記憶のあったその時の私も私だ。

違う記憶を持っていようとも、私なのだ。

自覚すれば、嬉しい気持ちが溢れる。

そして記憶を取り戻す事に対して、

怖いなんて気持ちは消えてしまう。

私は自室に戻り、先刻の乙女と同じように

寝台へ横になった。

すると疲れていたのか、

瞼が重くなってくる。

また夢を見るかもしれない。

そんな恐怖は自然と感じなかった。

もう一度夢に入ってみよう。

色々聞きたい事が沢山あるので、

あの天使に直接聞いてみよう。

もしかしたら会話なんて

出来ないかもしれないが、

何もしないよりはマシだろう。

うつらうつらとしながら瞼を閉じた。

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