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あなたの悪魔とわたしの天使  作者: 鈴森 心桜
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第十一話「虚構の魔女」

ミカエル「見えた…。あれがバーロンの井戸か。」


翌朝。

まだ太陽が昇りきっていない時刻。

私とルシファーはフードのついたローブを

頭から深々と被り外へ出ていた。

日の出ていない外は寒く、

微かに吹いている風が頬を掠める。

本当は視界の暗い夜中に

行動したかったのだが、

夜の森を抜けるのはほぼ不可能と言える。

夜は妖怪や有能力者が

活発になる時間なので、

まず無傷ではいられない。

それは有能力者、非能力者に関係なく。

街へ行くには、

森を抜けるしか道はないので

少しでも危険を回避して行くには

早朝が一番だった。

森を抜けてから、

森と街を隔てる門を飛び越えれば

容易く街に入れる。

森に入ってくる人間達は、

街の長老か誰か権力のある者に

この門を開けてもらっているんだろう。

屹度自分達では開けれない筈だ。

街に入るのは久し振りだった。

門の中は外に比べて煌びやかで、

左右どちらを見ても大きな建物ばかり。

今が早朝だからか、

いつも森まで聞こえる喧騒は

聞こえなかった。

街には朝から働く農民は居ないようだ。

此方としては都合が良い。

人に見つかる前に終わらせるため、

私達は早足で井戸へと向かった。

バーロンの井戸は

街の中心の広場にあり、

傍から見れば立派な井戸だが、

近付いて見ると、

かなり古びたものだとわかる。


ルシファー「随分古い井戸ね。これじゃあ誰も使わないわ。」


ミカエル「…これが一体何だって言うんだ。」


井戸の中を覗こうと手をかけた瞬間、

頭の中に誰かの記憶が流れ込んできた。

視界がグルグルと渦を巻いて

何かがせり上がってくるような感覚に襲われる。


《ねぇ、貴方達のお名前は?…私は、イシュタルって言うのよ!》


《人間に崇高なる"秘密の名前"を教えたな。》


《お許し下さい!!お許し下さい!ただ僕達は、人間らしい暮らしをしたかっただけなんです!!》


《輝く笑顔は、金色の星となった。》


まるでビデオを

早送りにしているようだった。

もの凄い速さで流れる彼等の記憶に

目が回りそうな中、ハッと我に返り、

数回瞬きをすると全てに納得が出来た。


ミカエル「…そうか。そういうことだったのか。」


ルシファー「…え?」


ミカエル「ハルワタートとアムルタート。…それがあの双子魔女の本名だ。」


井戸から手を離して

ルシファーの目を見ながら話すと、

彼女は目を丸くした。


ルシファー「え…、それって、神の怒りに触れたって言う…大昔の天使じゃなかった?」


ミカエル「館の文献には其処までしか書かれてなかったな。この井戸に手を突っ込んでみろ。私と双子のお前なら見える筈だ。」


疑いながらもルシファーは

井戸に恐る恐る手を突っ込んだ。

すると彼女は先程の私のように

一瞬クラッとふらつくが、

次の瞬間にはハッと我に返り

直ぐに井戸から手を離して此方を見る。


ルシファー「…そんな、まさか…!」


信じられないと顔が語っていた。

同情してしまったのか、

彼女は口元に手をやり、

今にも泣きそうだった。


ミカエル「…人間を見下していた天使が、逆に人間になりたいと思うなんてな。」


私達はハールートとマールートの記憶を

バーロンの井戸を通じて見た。

彼等の本当の名前は

ハルワタートとアムルタート。

大昔に神の怒りに触れて井戸へ吊るされたと

文献に載っている男天使だ。

彼等は欲と酒を貪る人間を見下していた。

だが神に「お前達も下へ行くと

ああなるかもしれない。」と言われて

地上へ降りた。

すると三日も経たずに

二人は欲と酒に溺れた。

そして人間としての生活に興味を持った。

正体を隠し、ハールートとマールートとして

生活していく中で、

二人は一人の女性に出会う。

それがイシュタルだ。

農家の娘であるイシュタルに

惹かれていった二人は、

つい"秘密の名前"を教えてしまう。

その秘密の名前とは、彼等の本名。

名前の魔力によってイシュタルは天に昇り、

金星となってしまった。

名前を教えてしまった二人は

神の怒りに触れ、

髪の毛で此処バーロンの井戸の

奥底に吊るされた。


ルシファー「…じゃあ、私達が会った双子は一体誰だったと言うの…?」


ミカエル「…あれは、恐らくあの領域に残った僅かな双子の魔力が、二人の記憶を元に生み出した幻影だろう。それに、双子は死んでない。」


ルシファーは意味が

わからないという顔をした。

私は敢えて答えずに

再び井戸の底を見据える。

その行動にルシファーの顔は

驚きを隠せずに青くなっていく。


ルシファー「まさか…、ずっと…?」


ミカエル「………生き物は、体が崩れて失くなっても魂は消えずに残り、神はそれを光の巡りへと導く。だけど神は怒りから、双子を見捨てた。」


光の巡りとは、

生き物が生死を繰り返すことを表す名称だ。

死んだ体から放たれた魂は、

神の御手によって光に導かれ、

生死の巡りを繰り返す。

けれど双子は神に拾ってもらえなかった。

だから、この井戸の底に今でも、

身体は朽ちても魂だけが吊るされている。

私達が彼等の記憶を見ることが出来たのは、

二人の魂がまだ此処にあるからだ。


ミカエル「…全部、嘘だったんだ。みんなが水晶に閉じ込められていたのも、通った迷路も植物園も遊園地もオペラ会場も、全てが嘘で出来ていた。」


《嘘を偽り、偽りに嘘をつく。それが僕ら虚構の魔女!!》


井戸に眠る双子の記憶が頭を巡る。

双子の得意魔法は、

ショック吸収・解放と超再生ではなかった。

私達は、大きな見当違いをしていた。

勿論、各々の得意魔法は

そうだったのかもしれないが、

"双子魔女"としての本当の魔法は、

「人との縁を切る魔法」。

つまり、人と人を引き離す呪い。

私達は初めにその魔法(のろい)をかけられていた。

夢の中で彼女が言っていたのは、

このことだったのだ。

私達の敗因は、「無知」だったこと。


ルシファー「…初めから、みんな殺されていたのね。最期に喋ったあの会話も、偽りだったと言うこと…。」


ルシファーは足に力が入らなくなったのか、

そのままゆっくり地面に座り込む。

横から見える目からは、

静かに透明な雫が流れていた。


ルシファー「…如何して私達なの?如何して、そんな呪いをかけられなくちゃいけないのよ…!」


ミカエル「……もし双子が行動を起こした理由が、"彼女"に関係しているのなら。…少なからず、"彼女"は私達にも関係のある人物だったんだろう。」


私とルシファーは、

母さんに拾われる前の記憶が無い。

もしかしたら、その空白の時間で、

"彼女"に会っているのかもしれない。

夢の中の天使や、

ルシファーの出会った悪魔も、

空白の時間内での知り合いかもしれない。

だから私は一刻も早く記憶を取り戻したい。

けれど、何がきっかけで戻るかも、

本当に戻るのかもわからない。

無謀だと思われるかもしれない。

実際無謀なのだが、

何度そう言われても

私は諦めきれなかった。


ミカエル「……報われないな。何方も。」


ふと風が吹く。

先刻の寒いだけの風とは違い、

柔らかく心地の良い朝の風だ。

それはフードの中にある

私達の髪をもほんの少しだけ靡かせる。

大きな建物と建物の間から射す陽光が見え、

太陽が昇ってきたのがわかる。

そろそろ街の民が起き始める頃だろう。

私達も早く帰らなければ、

面倒なことになってしまう。


ミカエル「…神から見放された悲しき魂。私が解放してあげよう。」


その言葉と共に私は井戸から

何かを引き上げるかのように

手を腰から胸の位置まで上げていく。

すると井戸は金色に光りだし、

私の手の動きに合わせて中から

二つの白い光の塊が出てきた。

これがハルワタートとアムルタートだ。

どんなに罪を犯そうが、

魂は綺麗な純白だった。


ミカエル「……全ての魂に幸福を。」


目の前で浮いている二つの魂を

両手で上に掲げる。

純白の魂は陽光に照らされ、より一層輝き、

そのまま静かに消えていった。

陽光が双子を浄化したのだ。

屹度井戸の中は寒かっただろう。

暗くて怖かっただろう。

誰かの手を借りないと

双子は外に出られなかった。

其処に私は手を貸した。

そして神聖なる陽光は

見捨てられた悲しき魂を浄化した。

これで双子は光の巡りに戻れる。

もう井戸に双子の記憶はない。

領域も今頃消えていっているだろう。


ルシファー「……双子の魂を浄化しても、お母さん達は戻って来ないわ。」


ふと、隣からそんな声が聞こえた。

確かにルシファーの言う通りだ。

双子を浄化したからと言って、

あの時間が巻き戻ることはない。

終わってしまった事実は変えられない。

そのことにルシファーは、

屹度納得していない。

だからこれは私の気休めにしか

ならないだろう。


ミカエル「…嗚呼。でも、これで良かったんだ。」


何が正しいのか、

何が間違っているのか、

私にはよくわからない。

誰かにとっては正しいことでも、

誰かにとっては間違っていることもある。

その判断は人それぞれだ。

どう思うか、どう判断するか、

それは自己ではなかなか決められない。

今回の悲劇は、何方も報われなかった。

そう判断するしか、私には出来なかった。


朝日が昇ってくる静かな街中。

続々と起きてくる民の視線を気にしながら

私達は静かに井戸を後にして森へと帰った。

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