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アメジストの軌跡  作者: JEDI_tkms1984
新たなる脅威篇
90/119

6 予言を覆す力-9-

 あらゆる方角から轟音が響きわたる。

 目もくらむ閃光と耳をつんざく爆発のおかげで、断末魔の悲鳴を聞かずにすんだのが幸いだった。

 人命を奪った事実を自覚してしまったら、この繊細な皇帝は自責に押しつぶされてしまうかもしれない。


(これは…………!)

 イエレドは天を仰いだ。

 空にはまだアメジスト色の光がまばらに漂っている。

 燃えながらゆっくりと落下していく艦が放つ赤との対比で、シェイドの魔法の残滓ざんしは風に舞う花びらのように見えた。


(これがこの子の力なのか――)

 今さらながら、彼は少年の持つ力に恐れを抱いた。

 なるほど、これなら重鎮が担ぎ上げるのも分かる。

 他に抜きん出た能力は、それがどのようなものであれ注目を集めるには充分だ。

 そしてなにより、彼には歴代の支配者が脈々と受け継いできた残虐性や征服欲がない。

 民が永く求めてきた慈愛の精神が、この小さな体に宿っているのだ。


(………………)

 イエレドは今、心からシェイドに服した。

 従者として、たんなる護衛対象として義務的に彼に従ってきたが、もうちがう。

 真に仕えるべき主に巡り合えた気がした彼は、恐れとも憧れともつかない想いを抱いた。

 遠くに爆発の音が遅れて聞こえる。

 シェイドはくずおれた。

 一部にはクライダードの純血種と持てはやされてはいても、力の使い方はまだまだ凡人と変わらない。

 非効率的なミストの運用は、効果に釣り合わない強烈な疲労を少年にもたらした。


「…………!!」

 こうなるような予感がしていたから、ライネはすぐに彼を抱きとめた。

 小さな体が熱を帯びている。

「大丈夫――」

 と訊きかけて彼女はやめた。

(……じゃなさそうだな。休ませないと……!)

 シェイドの機転を利かせた魔法は敵に大きな打撃を与えたが、その力も地上の勢力にまでは及んでいない。

 ドールやケッセルの一味といった脅威は健在だ。

 特に低空を飛翔するバイク兵は先ほどの攻撃をくぐり抜け、攻勢を取り戻し始めている。

「守りを固める! ライネ、お前はシェイド様を避難させるんだ!」

 今の彼では自分の身を守ることもおぼつかないだろう。

 そう判断したイエレドはシェイドをこの場から遠ざけることにした。


「…………!? 分かった!」

 航空戦力を一掃したことで、ひとまず避難所の損壊は防げそうだ。

 ライネはシェイドの腕をつかんで裏手へと引っ張っていった。

 従者たちが敵の目を引きつけているおかげで、こちらにはドールの姿は見当たらない。


「あの、僕なら――」

「大丈夫なワケないだろ!」

 言いそうなことを予想していたライネは先回りしてそれを封じた。

 皇帝を怒鳴りつけるなど、世が世なら死罪ものだ。

 だがそうしなければならなかった。

 彼女はシェイドを健気な頑張り屋だと思っているが、すぐに自己を犠牲にしたがる一面を何度も見てきている。


「さっきので敵はおおかた片付いたハズだろ。ちょっと体を休めたほうがいいって」

 ライネはシェイドの両肩を壁に押しつけるようにして言った。

 実際、憔悴しょうすいしていることは明らかだった。

 今にも眠ってしまいそうな目は少女を捉えていない。


「………………」

 二度、拒む気力は残っていなかった。

 なかば呆れたように息を吐くと、ライネは彼を座らせた。

 彼が守った施設が、今度は彼の背中を守ってくれる。

(たいしたもんだよ、キミは――)

 大群を前にして、逃げるどころか一掃してしまった魔法の力と気概に、ライネは心の中で賛辞を贈った。


 ここからは掃除が主になる。

 シェイドの魔法を逃れた敵はそう多くない。

 ほとんどの敵機はアメジストのカーテンに叩き落とされ、艦船でさえ致命傷を負っている。

 つまり残った敵勢力の大半は地上部隊ということになる。

 深呼吸をひとつし、ライネは振り返る。

 彼女は音を聞いた。

 遠近に響く戦いの音の中に、聞き分けられる程度に混じりそこなった音。

 土砂降りの雨が土をたたく中、たったひとつの雨粒が鉄板を打ったときのような――。


「…………!」

 だから彼女は構えた。

 ドールがいた。

 十数メートルの距離。

 彼女なら瞬きひとつする間に詰められる間合いだ。

 だが、それはできなかった。

 どこに潜んでいたのか、もう一体のドールが別の方向から現れた。


(クソ……!)

 そしてまずいことに、ふたつの銃口はどちらもシェイドに向けられている。

 ライネは肩越しに振り返った。

 肝心の彼は意識が混濁し、状況を把握できていない様子だ。

 その時、視野に何かが光り、彼女は反射的に動いていた。


「く……っ!!」

 赤色の光弾がかすめ、そのすぐあとに同じ色がしたたり落ちる。

 感じた痛みはシェイドを守った証。

 もしこの場を動けば――。

 どちらかのドールを潰しに行けば、もう一方のドールが無防備な彼を撃つ。

 だから彼女は動けなかった。

 銃を捨てなければよかったという後悔も、魔法の力に恵まれなかった不甲斐なさへの嘆きも。

 今は何の役にも立たない。

 肩口から流れた血が地面を黒く染める。

  


 いざとなれば身を挺してでもシェイドを守る!



 その決意に変わりはない。

 それが彼女に課せられた任務だからだ。

「――――ッ!!」

 再び銃口が火を噴き、今度は太腿をえぐった。

 痛みと熱が同時に襲う。

 だが膝をつくワケにはいかない。

(どうすりゃいい……?)

 背後のシェイドをかばうように一歩退いたのとほぼ同時に、光弾が放たれた。

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