1 勃興-4-
朝のうちに“公務”を終えたシェイドはアシュレイの執務室を訪ねた。
権力を集中させたがっていたペルガモンらしく、重鎮の執務室は宮殿のほぼ中央にあった。
「いかがなさいましたか?」
彼は慌てて応対した。
同じ宮殿内とはいえ、一国の王に足労をかけてしまったという負い目からだ。
「ああ、えっと……大したことじゃないんですけど――」
こうして慇懃に振る舞われるものだから出端を挫かれたようになってしまう。
これまでは言いにくいときはソーマが代わってくれたが、ここには先回りしてくれる人はない。
「外に出たいんです」
彼は勇気を出して言った。
「……外、ですか? 外ならいつも――」
アシュレイは怪訝な顔をした。
誰もシェイドを宮殿に監禁してなどいない。
さすがに深夜の外出は治安の問題もあって遠慮させているが、それすら強制されたものではない。
今や皇帝となったシェイドにお願いすることはできても、行動を制限する権利などなんぴとたりとも持ち合わせていないのだ。
「みんなが大変な時ですから僕もお手伝いがしたいんです」
「日々のご公務も意義あるものですよ」
「そうじゃなくて、その、復興というか国造りをもっと身近に……肌で感じられるようなことがしたくて」
最近、勉強を頑張っているおかげでちょっと高度な表現ができた、と彼は思った。
懇願するような若き皇帝の目にアシュレイは得心した。
「皇帝のご意思を察することができず失礼いたしました」
そして恭しく頭を下げる。
(これ、やめてほしいんだけどなあ…………)
なにかにつけて畏まる周囲の人間に、もっと気軽に接してほしいと何度も頼んだことがある。
だがその度に尊厳がどうだの、君臣の弁えがどうだのと態度を変えることはなかった。
皇帝の名において今すぐその堅苦しい言動をやめろ、と命じればさすがに彼らも聞き入れざるを得ないのだが、それをする勇気はシェイドにはない。
「そうですね、今日明日すぐに、というワケにはいきませんが関係各所と調整してみます」
「ありがとうございます」
わずか表情が明るくなったのを見て、アシュレイは胸が熱くなるのを感じた。
かつてここまで民に寄り添おうとした王がいただろうか。
生まれた時からの権力を振りかざし、軍拡を押し進め、国を成り立たせる民を顧みない暴君ばかりだった。
そんな歴史の中にあってこの少年はあまりに異質だった。
が、この異質さこそ万民が求めたものだ。
エルディラント史に悪名を刻んできた暴君たちが無辜の民を犠牲にしてまで強硬に成そうとした国の発展を、彼なら容易く実現できるかもしれない。
そう予感させるだけの真摯さと誠実さをこの無垢な少年は持っている。
「決裁についても方法を考えましょう。シェイド様のご意思に沿えるように。さすがに1ヵ月も2ヵ月も……というのは難しいでしょうが」
彼の本心としてはシェイドにはできるだけ遠出をしてほしくなかった。
まだまだ魔法の扱いも未熟であり、せめてクライダードとして周囲に畏敬の念を抱かせる程度には鍛えておかなければならない。
しかも今は混乱の只中にある。
――ペルガモンが倒れた時、たまたま居合わせた叛乱軍の中にシェイドがいたから皇帝になった。
世間にはこのように見ている勢力も一定数存在する。
暴君がいなくなったことでこの混乱に乗じてエルディラントを支配しようとする一味もいる。
つまりシェイドが皇帝の座に就いたものの、その実はある意味恐怖によって盤石だった体制が崩壊し、それを新たに組み立て直している脆く不安定な状態なのである。
この隙を突いて今度はシェイドを標的に新たな叛乱軍が結成される恐れがある。
それら脅威から彼を守るためにも、当面は目の届くところに置いておきたかったのだ。
「わがままを言っているのは分かってます。判子を押すのが大事な仕事というのもなんとなく分かります。そこまで無理は言いません」
しかしこうまで民のために働こうとしている彼を無下にはできない。
アシュレイは速やかに関係各所と連絡をとることにした。




