1 艦での一夜-3-
取り調べをするまでもなく重罪人――。
それがケッセルたちの、ここでの立場だった。
首都エルドランに向かう艦の中で、彼らは一切の自由を奪われていた。
(割りに合わない)
ケッセルは思った。
シェイド暗殺に加担すれば多額の報酬が得られる約束だった。
指示してきたクライズデールなる者によれば、けして難しくはない仕事のハズだった。
それがこの有り様である。
金を手にするどころか、四肢を拘束されて、おまけに監視の目まである。
結託を防ぐために、他の暗殺者もそれぞれ隔離されている。
「…………」
監視者たちの顔をそっと窺い見る。
実直そうな女が二人。
罪人を見張るだけあって精悍で、装備も充分だ。
もし彼女たちに少しでも先帝ペルガモンへの想いがあれば、この拘束を緩めてくれるかもしれない――。
反対にもしシェイドに共感しているなら、心優しいあの少年を見習って拘束を緩めてくれるかもしれない――。
「なあ……」
ケッセルは試してみることにした。
「手足がしびれてきた。少しでいいから緩めてくれないか?」
ひとりが近づく。
手にした短剣を握りしめたところを見るに、友好的とは思えない。
女は彼を見下ろした。
「頼む。感覚がなくなってきたんだ」
ケッセルは両手を突き出す。
わずかな隙間もないように拘束具はしっかりと手首を縛っている。
「そうか」
女は拘束具に触れた。
「ほんのちょっとでいい。緩めてくれたら――」
言い終わる前に女はケッセルの手首をつかむと、短剣を振り上げた。
「おい――!?」
慌てて手を引っ込める。
先ほどまで手首があった空間を、振り下ろされた剣先がふたつに分けた。
「なにしやがる!?」
「どうせ感覚がないんだ。無くても同じだろう?」
「冗談じゃないぞ! そんな――」
横暴が許されるのか、と言いかけて彼はやめた。
思い出したのだ。
ペルガモン時代、捕虜や重罪人の多くは手足を切り落とされていた。
逃亡や抵抗を防ぐためである。
彼らは税金で生かされることになるが、そのやり方が国民の批判を浴びたことはない。
批判すれば同じ目に遭うからだ。
それにどの道、そうなった捕虜や重罪人は長生きできない。
「………………」
この女たちはペルガモン時代の役人だ。
ケッセルは悟った。
(マジかよ……)
だとすれば、取り調べ方も踏襲する可能性がある。
(割りに合わないぞ!)
彼は遅すぎる後悔をした。
激しく机をたたく音。
ときにリズミカルで、ときに無秩序な調べ。
つまりこの男はいつもどおりにイラついている。
こういう場合は酒を飲めば少しは落ち着くが、あいにくここにはない。
「おい!」
かつて最も皇帝ペルガモンに近く、今は最も遠くなってしまったこの男――イズミールはいつもこうである。
(怒りたいのはこっちだ)
呼ばれた彼は内心を完璧に隠し通した。
感情を偽るのは難しいが、表情を偽るのは得意だ。
「奴らはこれからどうなる!?」
「どちらのことでしょう?」
「両方に決まってるだろ!」
どうせ説明したところで理解できるまい、と思いつつケインは答えることにした。
「シェイドたちはウィンタナに向かっています。あそこは短時間で鎮圧されるでしょう。しかしかまいません。目的は軍の力を削ぎ、猜疑心の種を撒くことですから」
彼はさりげなく当初の方針に戻した。
元はこういう作戦だ。
各地に火をつけて軍に対応に当たらせる。
四方に騒乱の恐れがあるとなれば、有事に備えて軍隊は広く薄く配置せざるを得なくなる。
火の手はやがて首都エルドランに伸びる。
宮殿内では妙計鬼謀が飛び交う。
シェイドは疑心暗鬼に陥り、有能な臣下を遠ざける――という筋書きである。
全てがそのとおりにいくとは限らないが、重要なのは政府に揺さぶりをかけることだ。
この国は不安定だから、小さなほころびさえ致命傷になり得る。
「他方……協力者たちですが、こちらも問題はありません。末端の彼らが捕まったところで、私たちにはたどり着きません」
ケッセルにはもう少し利用価値があったのに、とケインは思った。
最適なタイミングで指示を出せば、シェイドを手にかけることができたハズだ。
だがイズミールがそれを台無しにした。
忍耐力のかけらもないこの元後継者はすぐに結果を求めたがる。
そしてその結果、暗殺は見事に失敗。
手駒とその一味は捕らえられてしまった。
「間違いないだろうな?」
イズミールの鼻息は荒い。
――どの口でそれを訊くのか?
ケインは気分を落ち着けるために深呼吸した。
(今は辛抱だ……)
ここで取り乱しても意味はない。
「私はいくつもの偽名を使い分けています。私が特定されることはありません」
ただ、と彼は間をあけて付け足した。
「念のため、今後は私の指示に従っていただきます。計画に支障が出れば、それだけイズミール様の天下が遠ざかりますので」
こう言われてはイズミールも閉口するしかない。
「ご心配なく。手は打ちますので――」
どうかこれ以上は邪魔をしてくれるな――という訴えを、ケインは賢者でさえ悟れないほど遠回しに言った。




