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アメジストの軌跡  作者: JEDI_tkms1984
第三章 雌伏する大毒
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101/119

1 艦での一夜-3-

 取り調べをするまでもなく重罪人――。

 それがケッセルたちの、ここでの立場だった。

 首都エルドランに向かう艦の中で、彼らは一切の自由を奪われていた。

(割りに合わない)

 ケッセルは思った。

 シェイド暗殺に加担すれば多額の報酬が得られる約束だった。

 指示してきたクライズデールなる者によれば、けして難しくはない仕事のハズだった。

 それがこの有り様である。

 金を手にするどころか、四肢を拘束されて、おまけに監視の目まである。

 結託を防ぐために、他の暗殺者もそれぞれ隔離されている。


「…………」

 監視者たちの顔をそっと窺い見る。

 実直そうな女が二人。

 罪人を見張るだけあって精悍で、装備も充分だ。

 もし彼女たちに少しでも先帝ペルガモンへの想いがあれば、この拘束を緩めてくれるかもしれない――。

 反対にもしシェイドに共感しているなら、心優しいあの少年を見習って拘束を緩めてくれるかもしれない――。


「なあ……」

 ケッセルは試してみることにした。

「手足がしびれてきた。少しでいいから緩めてくれないか?」

 ひとりが近づく。

 手にした短剣を握りしめたところを見るに、友好的とは思えない。

 女は彼を見下ろした。

「頼む。感覚がなくなってきたんだ」

 ケッセルは両手を突き出す。

 わずかな隙間もないように拘束具はしっかりと手首を縛っている。


「そうか」

 女は拘束具に触れた。

「ほんのちょっとでいい。緩めてくれたら――」

 言い終わる前に女はケッセルの手首をつかむと、短剣を振り上げた。

「おい――!?」

 慌てて手を引っ込める。

 先ほどまで手首があった空間を、振り下ろされた剣先がふたつに分けた。


「なにしやがる!?」 

「どうせ感覚が()()んだ。()()ても同じだろう?」

「冗談じゃないぞ! そんな――」

 横暴が許されるのか、と言いかけて彼はやめた。

 思い出したのだ。

 ペルガモン時代、捕虜や重罪人の多くは手足を切り落とされていた。

 逃亡や抵抗を防ぐためである。

 彼らは税金で生かされることになるが、そのやり方が国民の批判を浴びたことはない。

 批判すれば同じ目に遭うからだ。

 それにどの道、そうなった捕虜や重罪人は長生きできない。


「………………」

 この女たちはペルガモン時代の役人だ。

 ケッセルは悟った。

(マジかよ……)

 だとすれば、取り調べ方も踏襲する可能性がある。

(割りに合わないぞ!)

 彼は遅すぎる後悔をした。






 

 激しく机をたたく音。

 ときにリズミカルで、ときに無秩序な調べ。

 つまりこの男はいつもどおりにイラついている。

 こういう場合は酒を飲めば少しは落ち着くが、あいにくここにはない。

「おい!」

 かつて最も皇帝ペルガモンに近く、今は最も遠くなってしまったこの男――イズミールはいつもこうである。

(怒りたいのはこっちだ)

 呼ばれた彼は内心を完璧に隠し通した。

 感情を偽るのは難しいが、表情を偽るのは得意だ。


「奴らはこれからどうなる!?」

「どちらのことでしょう?」

「両方に決まってるだろ!」

 どうせ説明したところで理解できるまい、と思いつつケインは答えることにした。

「シェイドたちはウィンタナに向かっています。あそこは短時間で鎮圧されるでしょう。しかしかまいません。目的は軍の力を削ぎ、猜疑心さいぎしんの種を撒くことですから」


 彼はさりげなく当初の方針に戻した。

 元はこういう作戦だ。

 各地に火をつけて軍に対応に当たらせる。

 四方に騒乱の恐れがあるとなれば、有事に備えて軍隊は広く薄く配置せざるを得なくなる。

 火の手はやがて首都エルドランに伸びる。

 宮殿内では妙計鬼謀みょうけいきぼうが飛び交う。

 シェイドは疑心暗鬼に陥り、有能な臣下を遠ざける――という筋書きである。

 全てがそのとおりにいくとは限らないが、重要なのは政府に揺さぶりをかけることだ。

 この国は不安定だから、小さなほころびさえ致命傷になり得る。

「他方……協力者たちですが、こちらも問題はありません。末端の彼らが捕まったところで、私たちにはたどり着きません」


 ケッセルにはもう少し利用価値があったのに、とケインは思った。

 最適なタイミングで指示を出せば、シェイドを手にかけることができたハズだ。

 だがイズミールがそれを台無しにした。

 忍耐力のかけらもないこの元後継者はすぐに結果を求めたがる。

 そしてその結果、暗殺は見事に失敗。

 手駒とその一味は捕らえられてしまった。


「間違いないだろうな?」

 イズミールの鼻息は荒い。

 ――どの口でそれを訊くのか?

 ケインは気分を落ち着けるために深呼吸した。

(今は辛抱だ……)

 ここで取り乱しても意味はない。

「私はいくつもの偽名を使い分けています。()()特定されることはありません」

 ただ、と彼は間をあけて付け足した。

「念のため、今後は私の指示に従っていただきます。計画に支障が出れば、それだけイズミール様の天下が遠ざかりますので」

 こう言われてはイズミールも閉口するしかない。

「ご心配なく。手は打ちますので――」

 どうかこれ以上は邪魔をしてくれるな――という訴えを、ケインは賢者でさえ悟れないほど遠回しに言った。

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