第7話 はじめまして!愛しの悪役令嬢様!
ハッピーバレンタイン!
いやー、推しに会うまでにこんなに時間がかかるとは、作者も思っていませんでした(笑)
やっとリリアンヌ様のご登場です。
涙目のフェリクスを慰めながら歩いていた私だが、目指していた応接間に着いた途端に緊張が戻ってきた。
せっかくフェリクスが捨て身の(消したいはずの過去をバラすという)戦法で忘れさせてくれてたのに、また手が震え出す。
こ、この扉の向こう側に、リリアンヌ様が...。
ゴクリと飲んだ生唾。
冷や汗が背中を流れる。
「準備はいいか?」
「だめ」
「...気持ちは凄くよく分かるが、時間が無いから早く覚悟しろ」
「むり、しにそう...」
「大丈夫だ。オレも体験したが、ちょっと息が止まるだけだ」
「それ、死ぬやつやん」
思わず関西弁でツッコミを入れてしまった。
フェリクスはブッ!と吹き出す。
「ぶははっ!おま...!テンパリすぎだろ...くくくっ」
「う、うるさいな!」
「あははははは!!」
「なんでばくしょうするかな!?」
そうして2人でいつものようにじゃれ合っていた。
すると、ふと背後に気配が。
「賑やかですね、フェル?」
唐突に背後から掛けられた声。
それは、私達には聞き覚えがありすぎる声だった。
私とフェリクスはビクッ!と身体を強ばらせた。
ギギギ...とブリキの人形のように振り向くと、穏やかな笑顔を浮かべる王太子殿下がいた。
「あ、兄上...!」
何でここに!?と冷や汗を滲ませているフェリクスに対して、アドニスは実に爽やかな笑顔を浮かべている。
まずい。
非常にまずい状況だぞ、これ。
フェリクスは、私と話しているときだけ素になる。
王宮の中でもそれは変わらず、侍女や女官がいる前ではゲーム通りのクールな感じで話していた。
増してやアドニスはフェリクスの推しだ。
推しの前では二割増くらいで格好良くキメていたに違いない。
それが今、最悪なことに爆笑しているところを見られたのだ。
フェリクスの胸中を思うと、居た堪れない。
ちらりと隣のフェリクスを窺うと、魂が抜けたような表情で呆然としていた。
きゃー!アカン、アカンでフェリクス!
その顔はしたらアカン顔や!
「お、おうたいしでんか、おひさしぶりです」
私は慌ててアドニスへ淑女の礼をした。
アドニスにはガーデンパーティの時に壇上からの挨拶を受けたので、こちらから挨拶をしてもギリギリ失礼には当たらないはずだ。
「ああ、貴女がアリスですね?」
「はい」
「前回のパーティではフェルが一方的に貴女を見初めたように見えたのですが、先程の様子では2人は随分打ち解けているようだ」
にっこり笑顔が恐い。
なんだか、父を思い出す。
あれ?もしかして、王太子殿下はウチの父と同類?
笑顔で内心腹黒系男子?
あれ?ゲームでそんな設定あったっけ?
無かったよね?
貴方、正統派王子だったよね?
「...フ、フェリクスさまにはとてもよくしていただいておりますわ」
思わずビクビクと怯えてしまう。
けれど、アドニスはそんな私の態度を意にも介さない。
「そうですか。それは良かった。...ところで、2人はいつまでこの扉の前で話をしているんです?そろそろ中へ入りませんか?」
にこにこにっこり。
その笑顔には、逆らえない。
「そ、そうですね、兄上」
半分放心したままのフェリクスが、そう言って扉へ向き直る。
私はアドニスに前を譲って、その後ろについた。
王子達より先に入ることは、失礼になるからだ。
...フェリクスは後でしっかり慰めてあげよう。
アドニス越しに哀れなフェリクスの背中を見て、私はそう決めた。
コンコン。
半放心状態でも、ノックを忘れないフェリクスはれっきとした紳士だと思う。
「はい、どうぞ」
扉の向こうから聞こえてきたその可愛らしい声に、私の心臓がギュウン!となる。
瞬時に意識が切り替わった。
と、とうとう会える!
リリアンヌ様に!!
ノックに合わせて応接間の中に居た侍女が扉を開けてくれる。
その室内には。
キラキラと煌めく私の推しが居た。
柔らかそうな波打つ明るめの金髪に、ふっさふさの金の睫毛に縁取られた上品さが滲み出るようなエメラルドグリーンの眸。
少しつり目で、例えるなら猫のようだ。
ほんのり色づく桜色の唇はつやつやしているし、肌もつるつるたまご肌。
幼いながらもしっかり背筋を伸ばすそのお姿は高貴そのもの。
立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
正しくそんな感じだ。
いや、まだ立ち姿も歩く姿も見ていないけども。
だけど、絶対所作まで美しい。
だってもう、オーラが。
オーラがヤバイ。
神々しい。
拝みたくなる。
五体投地したくなる。
ふ、ふおぉぉお...。
リリアンヌ様だ...。
リリアンヌ・ステラリア公爵令嬢様だ...っ!
実物は立ち絵よりも何倍も何十倍も美しい!
「お久しぶりですね、リリアンヌ嬢」
「ええ、お久しゅうございますわ、アドニス殿下」
そう言って完璧な淑女の礼をするリリアンヌ様。
優雅な微笑みを浮かべるそのお姿は、正しく未来のクイーンだ。
とても普通の9歳の少女には出せない気品が、彼女からは溢れている。
お、推しが喋ってるぅううっ!!
語彙力が著しく低下した私の頭の中は、その感動でいっぱいになった。
「リリアンヌ嬢、久しいな」
「まぁ、フェリクス殿下まで来てくださいましたのね。お久しぶりですわ」
無愛想っぽく挨拶をするフェリクスにも、リリアンヌ様は優しい笑みを浮かべたまま返す。
そしてリリアンヌ様はその笑顔のまま視線をつい、と動かした。
私とバッチリ目が合う。
「あら?随分可愛らしい方がいらっしゃいますわね。......どなたかしら...?」
目が合った瞬間にリリアンヌ様の周りの温度がスゥッと下がった。
笑顔のままだが、明らかに目が笑っていない。
が、私にはそんなことどうでも良かった。
推しが!
推しが私を見て、喋ってくれている!!!
「お、おはつにお目にかかります!わた、わたくしは、メイフィールド侯しゃくけのアリスと、も、もうしみゃ、す...っ!」
「まぁ、貴女が噂のフェリクス殿下の婚約者でしたのね。はじめまして、アリス様。わたくしはリリアンヌ・ステラリアですわ」
緊張のあまり噛み噛みな挨拶をしてしまった。
私の勢いに、リリアンヌ様は目を丸くしている。
「実はオレの婚約者はリリアンヌ嬢に憧れているんだ。理想の淑女だと言っていた」
フェリクスが助け舟を出してくれる。
もう放心状態からは脱したらしい。
「まぁ、そうでしたの。こんな可愛らしい方に憧れて頂けるなんて、嬉しいわ」
ふわり、と。
まるで春の女神のような表情で、リリアンヌ様は私に笑いかけてくださった。
あぁ、もう、死んでもいい...。