第3話 王家のガーデンパーティー
さあ、やって来た。
やって来てしまった。
震える脚を叱咤して、王宮の地を踏む。
必要上最低限の時間だけ頑張って、あとは速やかに帰ろうと決意を込めた瞳で、私は周囲を見回した。
どうやら今回のガーデンパーティーには伯爵以上の高位貴族の成人前の子息令嬢が招待されている様子だ。
このウィザリアル国での成人は、18歳とされている。
昔はもう少し早い15歳だったらしいが、王立学園の卒業年齢が18歳であることから今の成人年齢になったそうだ。
「流石は王家のガーデンパーティーだ。美しい花々だね」
「そうですわね、クリス兄様」
今日はクリス兄様と2人での参加だ。
隣に兄様が居るのはかなり心強い。
いざとなれば兄様の影に隠れて逃げれば良いから。
「こんにちは、メアリ嬢」
「まぁ!クリストファー様、ごきげんよう」
逃げる気満々でグッと(あくまでこっそりと)拳を握っていると、クリス兄様は近くのご令嬢に声を掛けた。
ご令嬢も嬉しそうに頬を染めている。
私と違って早くから他家のガーデンパーティなどに出席していたクリス兄様は、今回のパーティでも知り合いがいるようだ。
「今日のドレスも素敵だね。ベビーピンクが可憐な君をよく引き立たせているよ」
「っ!...そ、そんな...っ!相変わらずお上手ですのね」
「本心だよ。まぁ、メアリ嬢はいつも可憐で可愛らしいんだけどね?」
にっこりにこにことご令嬢を見る兄様は、私の事など眼中に無い様子。
...あれ?
もしかして、私は兄様に忘れられている??
さっきまで私と会話をしていたはずのクリス兄様は、今や目の前のメアリというご令嬢にしか意識を向けていない。
これだと、私がポツンと一人で来ているように見える。
いかん。
これはいかんぞ。
このままボッチになると悪目立ちしてしまう。
そう考えた私は、兄様の腕にそっと触れて存在をアピールした。
「兄さま?わたしにもそちらのかれんな方をごしょうかいいただけるかしら?」
恐らく意中の相手であろうご令嬢と兄様の会話をぶった斬る。
彼らには非常に申し訳なく思う気持ちはあるが、悪目立ちはしたくない。
兄様から声を掛けたということは、彼女は恐らく伯爵以下の貴族令嬢だろう。
私が声を掛けても問題は無いはずだ。
「ああ、ごめんよ、アリス。こちらはメアリー・バートルム伯爵令嬢だ。何度かパーティでご一緒して、仲良くさせてもらっているんだ。メアリ嬢、こちらが僕の妹のアリスだ。今日がパーティデビューだから、これから仲良くしてやってくれ」
「お初にお目にかかります、アリス様。バートルム伯爵家が娘、メアリーと申しますわ」
「はじめまして、メアリーさま。アリス・メイフィールドですわ。お目にかかれてこうえいです」
メアリーだから、メアリ嬢ね。
伸ばし棒くらい端折らず呼べばイイのに。
と思ったのはおくびにも出さない。
完璧な淑女の礼で挨拶をする。
私の礼を見て、メアリーは目を丸くした。
「まぁ!アリス様の礼は見事ですのね!まだお小さいのに、完璧ですわ!」
「きょうしゅくですわ。メアリーさまはしせいがキレイでいらっしゃるから、少しきんちょうしてしまいました」
「ありがとうございます、アリス様」
そうして、自然に兄様とメアリーの会話に入る。
これならば誰の目からもボッチには見えないだろう。
談笑する周りの子息令嬢達に上手く紛れ込めているはずだ。
王子達の目に止まる可能性は低くなる。
...はずだ。
暫くそのまま話をしていると、急に辺りが騒がしくなった。
ザワザワと揺れる喧騒に、私は何事かと視線を上げる。
...噂をすれば何とやら、だ。
一段高くなっているガーデンテラスの一角。
そこに、この国の至宝とも呼ばれる双子の王子達が現れた。
このウィザリアル国の王族は、代々不思議な血統であると言い伝えられている。
その象徴とも言えるのが、何処の国にも無い白銀の髪だ。
この国の王家は、皆その白銀の髪を以てその証としている。
王太子のアドニス・カーライル・ウィザリアル。
彼はその白銀を長く伸ばし、肩の辺りで緩く結んでいる。
周囲を見渡すその優しげな双眸は、目の覚めるような鮮やかなアクアマリンだ。
ゲームでは彼のルートがメインルート。
正統派の王子様キャラである。
「皆、よく集まってくれました。今日は王侯貴族関係無く、和やかなパーティにしようと思います。どうぞ、楽しんでいってください」
主催するパーティで挨拶をするのは当然だ。
彼らからこうやって挨拶することで、他の貴族達も格上である王子達に挨拶ができるのだ。
よく通る優しい声で挨拶を終えると、アドニスは自分の隣に視線を移す。
そこには、漆黒が在った。
ただでさえ珍しい王家の白銀。
その更に上をいくのが、この漆黒だ。
漆黒の王族が生まれた時代は、どの時代も非常に栄えたと言われている。
不思議な血統の王家の中でも数百年に一度しか現れない漆黒の髪を持つ存在。
それが、第二王子のフェリクス・カーライル・ウィザリアルだ。
漆黒の髪に金の眸を持つ彼は、アドニスよりも短めな髪を後ろで一つに結んでいる。
「...楽しんでいってくれ」
王太子に比べて鋭い眼光を周囲に向けて、かなり短い言葉で切り上げた。
ゲームの設定通り、あまり話すのは好まないらしい。
彼のルートへ入ると、かなり面倒で複雑な王家のお家事情に巻き込まれてしまう。
フェリクスのルートでだけ、彼が王となるからだ。
そして、主人公のアリスはアドニスとフェリクスのどちらを選んでも王妃となる。
...いやいやいやいや。
どんなご都合設定だよ、それ。
しかもあの非常識令嬢アリスを王妃に、とか...。
愛だけじゃ、国は立ち行かないよ?
そんなことをつらつらと考えていると、どこからか視線を感じた。
それも、痛いほどの。
どこから見られているのか。
キョロキョロと視線の先を探すと、驚愕に見開かれた金色と目が合った。
え?フェリクス?なんで?
私今日は何にもしてないよね?
ゲームでアリスがやらかしてた「やだ!お茶をひっくり返しちゃった!」とか「キレイなお庭!お花を詰みましょう!」とか「あれ?迷子になっちゃった!」とか、やってないよ!?
それを見た王子達が「飾らない女の子って可愛い!」ってなるアレコレを、私はやってないよ!!
私がそんなことを思ってパニクっている間に、フェリクスがずんずんとこちらに向かって歩いて来る。
そして、目の前まで来て私の手首をむんずと掴むと、そのまま私を引っ張って歩き出した。
え、ええ!?
何コレ!どゆこと!!??