第10話 悪役令嬢様からのお呼び出し
あの幸せかつ恐ろしい初めての面会から3日。
私はいつも通りの平穏な日常を送っていた。
自室で隣国の歴史についての本を読んでいると、不意にノックの音が響く。
「お嬢様、よろしいですか?」
侍女のマリエッタの声だ。
私は直ぐに本を閉じて応じる。
マリエッタの手には、一通の手紙があった。
「リリアンヌ・ステラリア様からお手紙です」
そう言って差し出された。
......今、マリエッタはなんて言った?
リリアンヌ様からお手紙...?
リリアンヌ様から、お手紙!?
思わずひったくる様に手紙を受け取る。
私のあまりの勢いにマリエッタがびっくりした顔をしているが、そんなことを構っている場合じゃない。
私は素早く手紙を開いた。
あぁ、リリアンヌ様。
綴られる文字まで美しいだなんて、素敵。
仄かに薔薇の香りがする。
きっと、リリアンヌ様が愛用してらっしゃる香水の香りだろう。
じっくりとその美しい文字と麗しい香りを堪能してから、中身を読む。
きっちりしっかり隅々まで目を通す。
「マリエッタ」
「はい、なんでしょう?」
「ばしゃのよういをしてちょうだい」
「え?」
「ステラリア公しゃくけへむかうわ」
手紙には「もし今日お暇なら、わたくしとお茶でもしませんか?」というなんとも嬉しいことが書かれていた。
嬉し過ぎて発狂しそうだわ。
急いで、しかしいつもフェリクスに会う時よりもかなり念入りに身支度を整えて、私は意気揚々とマリエッタが手配してくれた馬車に乗り込んだ。
***
「ようこそ、いらっしゃいました」
我がメイフィールド侯爵家よりも更に二回りくらい大きなお屋敷ーーステラリア公爵家に到着した私を出迎えたのは、なんとリリアンヌ様御本人だった。
後ろに使用人を幾人か控えさせてはいるが、私にお声を掛けてくださったのもリリアンヌ様。
うぉおおお...。
うぇえおおぉ...。
思わず頭の中の語彙力が消失する。
「おまねきいただきありがとうございます、リリアンヌさま」
心が奇声を上げていても、身に染み付いた動作というのは自然と出てくるものだ。
私の身体は表向きだけは普段通りの淑女の礼をとる。
そんな私にリリアンヌ様は麗しいその顏に優しげな笑みを浮かべた。
聖女様かな?
「こちらこそ、突然お誘いしてしまいましたのに来て頂けて嬉しいですわ。お茶の準備も整っておりますから、どうぞお入りになって」
リリアンヌ様に案内されて屋敷の中に入る。
通された応接間は、とても落ち着いた室礼で良い雰囲気だった。
見るからに良質のソファに座ると、フカフカと身体が沈んだ。
「今日は、アリス様に折り入ってご相談がありますの」
ソファのフカフカ度合いに感動していた私に、向かい側のソファに座ったリリアンヌ様がそう言った。
目を向けると、かなり真剣なお顔のリリアンヌ様。
そんな凛々しい表情も素敵です。
ずっと見ていたい...。
思わずうっとり見惚れる。
やっぱり私の推しは今日も麗しい。
「ごそうだん、ですか?」
リリアンヌ様が私に相談するようなことが、果たしてあるだろうか?
疑問に思って問い返すと、リリアンヌ様は少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らした。
どうやら、今日は単なるお茶会ではなくメインは私への相談だったらしい。
「ええ、そうですの。アリス様にしか出来ないご相談ですわ」
私にしか出来ない相談。
はて?
リリアンヌ様とは前回の面会で初対面だったはずだ。
私は兎も角、リリアンヌ様からしてみれば私など信用に値するにはまだまだ遠い。
そんな私にしか出来ない相談事など、皆目検討もつかない。
「それはどのようなごそうだんなのですか?しつれいながら、わたしもまだみじゅくなのでリリアンヌさまのごきたいにそえるかわかりません」
何しろ、私はまだ7歳の小娘である。
内面は女子高生時代も+αされているからそれなりに成熟しているとは思うが、パッと見ただけではそんなことは分からないだろう。
それに、前世では極々一般的な庶民の家庭で育ったのだ。
貴族のご令嬢の相談を受けたとしても、正しい答えが出せるとは思えなかった。
そう考えて話せば、リリアンヌ様は気まずい様子で私を見た。
そして、意を決したように口を開く。
「アリス様は、フェリクス殿下と仲睦まじくていらっしゃいましたわね?」
んんん?
何故そこでフェルが出てくる?
私の頭の中に疑問符がたくさん浮かんだ。
しかしまぁ、確かにフェリクスと私は前世の記憶持ちかつ推しの幸せを見守り隊(勝手に私が命名した)の同志なので、仲は良いとは思う。
なので、リリアンヌ様にこくりと頷いた。
「どのようにして、あれほど無口なフェリクス殿下と親しくなられましたの?」
「どのように、ときかれましても...。フェルははじめて会ったときにむこうからこえをかけてくれたので、わたしのまえではわりとはなしてくれるのです。わがやにもひんぱんにほうもんされますわ」
それがどうしたと言うのだろうか。
「では、フェリクス殿下の方から距離をつめられている、ということですの?」
「んー、さいしょのきっかけはそうでしたが、いまはわたしもフェルに「あいたい」とれんらくしていることもありますね」
お互いに推しの話が出来るのが相手しかいないため、私もフェリクスも何も無くても「(推しのことを語りたいので)会いたい」と手紙を送ることはままある。
それを伝えると、リリアンヌ様はポツリと零した。
「羨ましいですわ...」
おっと。
これは、もしかしてアレが原因かもだな。
リリアンヌ様のご相談内容がその時に漸く思い当たった。
なるほど。
それは、私にしか相談出来ない内容だ。