第1話 始まりの夜明け
「ねぇねぇ、マジラバの攻略終わった?」
「もちろん、フルコンプしたよ!」
「誰が一番好きだった?」
「私はアドニス様かなぁ?」
「私ね、マリオンっ」
「魔術師長のサース!」
仲の良い友達と大好きな乙女ゲーム《MAGIC LOVERS》略してマジラバの話で盛り上がる。
友達が各々好きな攻略対象について話している最中、私は元気よくこう答えた。
「リリアンヌ様一択!!」
満面の笑みで言う私に、友達は皆えぇ〜?と不満そうだ。
「リリアンヌって、悪役令嬢じゃん」
「そーそー。アドニスのルートでは最後今までの悪事暴かれて没落するし」
「でもよくいる悪役令嬢みたいに陰湿なイジメとかしないし、主人公に礼儀作法とか教えてくれたりするじゃん。私なんでリリアンヌ様が断罪されなきゃいけないのか全然理解出来ないんだけど」
私の好きなキャラであるリリアンヌ・ステラリア公爵令嬢は、メイン攻略対象のアドニスのルートで主人公アリスの前に立ちはだかる。
所謂、悪役令嬢というやつだ。
侯爵家の令嬢でありながら突飛な行動ばかりする主人公を「行儀が悪い」「侯爵家の令嬢がそんな事をするものではない」と窘める。
その際多少言葉がキツイのは認めるが、断罪されるほどの悪だとは私にはどうしても思えなかった。
寧ろ貴族としては常識のなっていない主人公を正そうと憎まれ役をしてくれている、優しい人だと思っている。
そんな大好きな彼女の不遇に憤慨する私を友達はまぁまぁ、と宥めてくれた。
「あーあ、私がもし主人公だったらな。そしたら、絶対絶対リリアンヌ様を没落なんてさせないのに」
そう呟いて、友達と別れて帰路に就く。
それが、私が日本で過ごした最後の記憶だ。
何故なら。
ーキキー!ドン!!ー
私はその帰路で、トラックに撥ねられて命を落としたから。
✣✣✣✣✣✣✣
「きゃぁぁぁ!!!!!」
ぶつかった!と思った衝撃で、私はベッドの上で跳ね起きた。
ドクドクと心臓が五月蝿く鳴る。
私は思わずパジャマの胸の辺りを強く握り込んだ。
夢の中で私は日本の何処にでも居る女子高生だった。
否、夢の中の話じゃない。
あれはきっと、前世だ。
頭の中は混乱しているのに、その事実だけは何故だかストンと理解した。
「お嬢様!?どうなさいました!?」
侍女のマリエッタの声がする。
私の叫び声が使用人達の部屋にまで響き渡ったのだろう。
私の返事を待たずに飛び込むように入って来たマリエッタの顔色は、暗がりでもわかるくらいに悪かった。
その心から心配している様子に申し訳ない気持ちになる。
「ごめんなさい、こわいゆめを見ただけなの。だいじょうぶよ」
前世の己が死んでしまう、怖い夢。
それを見ただけ。
外を見ればまだ薄暗い。
夜明け直前、といったところだろう。
けれど、もう今日は眠れそうにない。
「お嬢様、お顔色が悪いですね」
「...ゆめのせいだわ」
「まぁ...そんなに恐ろしい夢だったのですか?」
「えぇ、とてもこわいゆめだったの。...もう今日はねむれそうにないからおきているわ。マリエッタはお部屋におもどりなさい。わたしはもうだいじょうぶよ」
「いえ、私も大丈夫です。それよりお嬢様、ミルクティーなど如何ですか?温かい飲み物を飲めば、気持ちも落ち着きますよ」
気遣わしげに見つめるマリエッタの瞳に、私はこくりと頷いた。
「そうね。じゃあ、おねがいするわ」
優しく微笑むマリエッタに、私も少し笑みを返す。
私のその返事を受けて、マリエッタはホッと目尻を下げた。
すぐにご準備致します、とマリエッタが部屋の外に出て行った。
途端に頭を占めるのは、やはり前世のこと。
そして、前世でプレイしていた乙女ゲームのことだった。
私の今の名は、アリス・メイフィールド。
メイフィールド侯爵家の長女で現在7歳。
メイフィールド侯爵家は代々外務省の大臣を務めている、由緒ある貴族だ。
王家と血縁である公爵家を除けば、貴族の中で最もその地位は高いと言っても過言ではない。
そんな侯爵家で唯一の女児として生まれた私は、当然のように家族皆から愛され、甘やかされてきた。
両親から他者にも清く優しく在るように諭されてきたので身分差別や傲慢な振舞いといったところは少ないとは思うが、世間一般の貴族の令嬢よりも甘ったれている自覚はある。
そこまで考えて、私は枕元のチェストの引き出しから手鏡を取り出す。
そこに映ったのは、光の加減によっては銀色にも見えるような灰みかかったアッシュブロンドとサファイアのような深い蒼をした大きな双眸を持つ美少女。
この顔は、間違えようもない。
《MAGIC LOVERS》の主人公であるアリス・メイフィールドのものだった。
「...やっぱりね」
思い返せば国王の名前も、その息子である王子の名前も前世でプレイしていたマジラバのキャラと全く同じ。
つまり、私は乙女ゲームの主人公として転生したということだ。
「...どこのラノベ?って言いたくなるじょうきょうね」
尤も、アリスが主人公として活躍するマジラバの舞台は王立学園であり、あと6年経たないと学園には入学出来ない。
つまりマジラバは始まらない。けれど。
「まさか、ほんとうにアリスになれるなんて、思わなかった」
しかも、明日から淑女教育の先生が来る、というタイミングで前世を思い出せたなんて。
普通の貴族令嬢ならば5歳ごろから始める淑女教育。
それを、私は厳しいお稽古事は嫌だという理由で後回しにしてもらっていた。
我ながらなんと我儘な...。と思う。
しかし、いつまでもそうやって逃げ続けることは出来ない。
あまり娘の我儘ばかり通していたら、侯爵の威厳も無くなる。
そんな理由で、かなり遅くはなるが明日から私の淑女教育が始まるのだ。
このタイミングで記憶が戻ったのは、僥倖だ。
記憶の無いままだと、私はあの乙女ゲームのアリスになってしまうところだった。
侯爵家の令嬢でありながら格上の公爵家のご令嬢に再三の注意を受け、あまつさえその優しさに胡座をかいて己を省みずに注意をしてくれた相手を貶めるような女に。
そう。
リリアンヌを貶める私にならずに済んだ。
それが、私にとっての僥倖だ。
2年遅くなってしまったが、今から努力して学べば少なくともリリアンヌに迷惑を掛けるような事にはならないはずだ。
リリアンヌ様を絶対に没落なんてさせない。
あんな乙女ゲームのシナリオは、主人公の私が変えてやる。
「リリアンヌ様、待っててください。わたし、カンペキなしゅくじょになってみせます!」
小さな拳をギュッと握り、私は宣言した。
これが、私が主人公の物語の始まりだ。
......。
「あの、お嬢様?ミルクティーの準備が出来ましたよ?」
声に振り向けば、ミルクティーをカートに載せたマリエッタが私の尋常ではない様子に少し怯えて立っていた。