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あの子との出会い

 寂しそう……。そう思ったのがきっかけだった。

 ユリのような白い肌にカラスのような黒い上下のワンピースをまとい、その上に園児服を着た彼女は、令嬢然としたその見た目とは全く対照的なぼろ人形に向かって、ぶつぶつと何かを話していた。その様子は、まるで童話に出てくる魔女のような姿であり、妖しい不気味さから周りの園児は敬遠していた。


幼児は基本的に感情に素直なものである。彼女の姿が目に焼き付きすぎていて、他の連中についての記憶は非常に朧気だが、彼らは貧乏そうな身なりの僕に対しても、異様なものを見る目で無視を決め込んでしまっていた気がする。今から思えば、あれが、僕が最初に実感した明確な「貧富の差」なのだろう。社会問題の原点はもしかするとこの時点なのかもしれないといまさらながら感じる。

 

とにかく、そんな独りぼっちの僕が、独りぼっちの彼女に引き寄せられたのは、今から思えば当然のような気がしたし、また、現在の僕の「美人好き」の業がこの時から始まっていたなら、手を出さずにはいられなかったのかもしれない。そういった意味では、挨拶すら勇気を持てない現在の僕は、幼少期の僕に比べて男としては非常に退化しているといわざるを得ないと思う。


 話を戻そう。いうまでもなく、上記のきっかけがあった後即座に、僕は彼女を遊びに誘っていた。現在のシャイボーイの片鱗すらも見せない僕は、彼女にどもることなく、笑顔を向け「遊ぼうよ!」と手を差し出したのである。

これだけ見ればナンパとして100点満点と言わざるを得なかったが、この時の、唯一かつ、現在に至るまで僕が直し切れていない最悪のミスが、清潔さであった。


 あろうことか、彼女に差し出した僕の手は、爪の間が土でよごれていたのである。何たる失態。僕が気付く前に、彼女の色素の薄い赤い瞳は僕を覗き込み、その薄い唇を開いて言葉を紡いだ。

「嫌」

 ナンパは失敗したのである。


 とある高名な恋愛心理学者から聞いたところによると、女性は初対面で異性に許すパーソナルスペースを決定するらしい。つまり、ここで拒絶を受けた僕は、女児が成人女性と同様の思考を行うのであれば、「あなたにはそれ以上近づくことを許さない」と宣告を受けたのに等しいのである。そうであるならば、ここで振られた僕がとるべき選択肢は「丁寧な対応を行った後、その場から去る」ことである。

 しかしながら、またしても僕は失敗を犯してしまった。相手の拒絶を「そっか」などと流しつつ、そのまま小汚い靴を脱ぎ散らかしたうえ、彼女の隣へ堂々と居座ったのである。挙句の果てに、「本読むね」などと言って彼女の隣にて大きな声で朗読を始めてしまったのだ。

 あっけにとられた彼女は、そのまま気にしていないそぶりを見せつつ、無視して自分の持っている人形と、一人、お遊戯を楽しんでいた。


 空気の読めない幼少期の僕は、そんなあからさまな拒絶を肯定ととらえた。その日からしばらくの間(確か2,3日だったと記憶している)、僕は彼女の隣で馬鹿みたいに朗読を続けた。周りの少年少女たちは、誰も聞いていないのに大声を上げる馬鹿と一人の世界に入り込もうとしている漆黒の姫君との取り合わせが珍しかったのか、時たまちらちらと目をこちらへとやっていたが、僕は歯牙にもかけなかった。


 しかしながら、彼女は違ったようだった。きっと恥ずかしがり屋だったのだろう。周りの視線を浴び、まるで血が通ってないかのように白い耳が、日がたつにつれ徐々に赤くなっていたのを僕は気が付かなかった。そして、その「有機イラ値スカウター」の表示が頂点に達した瞬間、事件は起こった。


「うるさいから、あっち行って!」

 それまで鈍感だった幼少期の僕も、その時は明確に彼女の拒絶を感じ取った。自業自得であるものの、メンタルが弱い貧乏少年は、気になっていた女の子から拒絶された反動で目に涙を浮かべ、それまでの元気が嘘のように血の気が失せてしまった。ショックの中、口をついて出たのは「ごめん」という謝罪の言葉だった。

 

その後のことはよく覚えていない。ただ、少なくとも園舎で彼女と会うことができたのは、それが最初で最後のことだった。そして、僕はその日の夜に起きた事件のせいで、一時的にこの出来事の一切を忘れてしまった。

次に会うのは、2年後のことである。



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