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『くそっ、ティルアを放せ!』

 両手を伸ばし、背後からリームに掴み掛かったユーリウスだったが、彼の手は当然、何も捕らえることができない。勢い余って身体ごとリームをすり抜け、ティルアをも通過して、石畳の上にべしゃりとうつぶせに倒れ込んだ。

「きゃああ、ユーリっ!」

 ティルアは両手を捕らえられたまま、後ろを振り向いた。

 そうだ。彼が駆けつけたところで、何の助けにもならないんだった。

 一瞬、希望の光を見てしまったばかりに、その後の絶望はあまりにも深かった。全身から力が抜けていき、敵に抗う気力もしぼんでしまった。

「さぁて、どういう魔術がいいかなぁ。禁忌だからって、これまで使いたくても使えなかった術がたくさんあるんだ」

『くそっ! やめろーっ!』

 なす術がないというのに、ユーリウスは必死にリームに挑みかかっていく。その手も声も、一切届かないというのに、手応えのない相手に、何度も拳をふるい、蹴りを繰り出し、バランスを崩しては何度も石畳につぶれた。

「ユーリ、無理よ! もうどうにもならない!」

『そんなこと言うな! 諦めるな! 何か方法があるはずだ!』

「なんだ。まだそんなことを言っているのか。あの生意気な生徒はどこにもいないのに」

 二人の必死のやり取りのティルアの声だけを聞いて、リームが鼻で笑う。

『ここに、いるんだよ! ちくしょう』

 よろめきながら相手に飛びかかったユーリウスの姿が、リームを通り抜けて背後に消えた。それでも、何も感じないリームはにこやかな顔で、残酷な判断を下す。

「よし、決めた。身体の内側から弾け飛ぶって言うのはどうだい? 国王殺しの男を父に持つ娘には、華々しい死がふさわしいだろう」

「違う! フリードリヒ・クラッセンは無実よ!」

「いいや。それはこの国の歴史なんだよ。この学院でもそう教えられているだろう? 君が死にさえすれば、この歴史は決して覆ることはない」

「先生は知ってるのね。真犯人を。だからフリーデルを殺そうとするんでしょ!」

「さあねぇ。でも、どうだっていいだろう? もうすぐ君は死ぬんだから」

 リームに取られていた両手首がぎりぎりと締め付けられ、地面から腰が浮き上がる。

 ごめんね。ユーリ。もう、あなたを元に戻してあげられない……。

 覚悟を決め、静かに目を閉じる。

『だめだっ! 殺させない!』

 立ち上がろうとしたユーリウスの手に、何かが触れた。それを握りしめると、リームの肩に突き立てる。

『デイレーーーっ!』

「うわぁぁぁぁっ!」

 ユーリウスの絶叫とともに、リームの悲鳴が上がった。

 両手の拘束がゆるんだティルアは、後ろに尻もちをついた。

「な……何が起こったの?」

 右肩を押さえてよろよろと後ずさったリームが、激痛に顔を歪ませながら肩から何かを引き抜き、同時に治癒の呪文を唱えた。そして、手の中にある、半分血に染まった思いがけない凶器に目を疑った。

 それは、力一杯投げつけても、突き刺そうとしても、絶対に身体に刺さるはずのないもの。

「な……っ。林檎の……芯。どうして、こんなものが」

 ユーリウスがいる世界に落ちていた、こちら側の世界から消去されたごみ。彼は、その林檎の芯を敵の身体に半分突き刺した状態で消去呪文を使い、こちら側に出現させたのだ。

 出現した林檎の芯は、瞬時に肩の筋肉を内側からめきめきと裂き、堪え難い激痛を敵に与えた。

 しかし、リームには何が起こったのかは分からなかった。何の気配も感じることなく、突然、ありえない異物を身体に埋め込まれる恐怖に戦きながら、きょろきょろと辺りを見回している。

 その足元に重なるように、ユーリウスが屈み込んでいた。

『デイレ!』

「ぎゃあああっ!」

 太ももを押さえて転げ回るリームに、ユーリウスは次々と消去呪文を浴びせかける。

「ぐ……、くそっ。どんな魔術を使っているんだ! うわあぁぁっ!」

 目の前の少女には、魔術を使っている様子はない。しかし、リームの身体のあちこちを激痛が走る。

 リームの身体に突き刺さっていたのは、林檎の芯と鳥の羽。彼はそれらのいくつかを引き抜き、治癒呪文で傷を塞いだが、攻撃のスピードには追いつかなかった。

『ティルア、今のうちに逃げろ!』

 ユーリウスの一方的な攻撃を呆然と見ていたティルアは、彼の声ではっと我に返った。慌てて立ち上がると、彼らとは反対方向に走り出す。

「逃がすか! 爆発せよ(エールプティオ)!」

『しまった!』

 二人の叫び声が聞こえると同時に、背中に息が止まるほどの衝撃を受けた。

 ティルアは悲鳴を上げることすらできないまま、その場に崩れ落ちた。

『ティルアっ!』

 ユーリウスの声が遠くから聞こえた気がした。

 ああ……あたし、このまま身体の内側から弾け飛ぶのか。

 冷たく硬い石畳の上で、リームが説明した通りの惨たらしい死を、強く意識した。

 しかし、強く打ち付けた肩と、こすりつけた肘が痛むだけで、それ以上の苦痛は一向に襲ってこない。

 時間が止まったかと思うような静寂の中に、ぴしぴしと何かがひび割れるような微かな音が聞こえてきた。目の端に、ぼんやりとした光を感じる。

 なんだろう……。

 うつぶせに倒れたまま、視線だけを動かすと、そこにあったのはいつも首にかけていた、お守りのネックレスだった。

 細い針金でぐるぐる巻きにされた赤紫色の半透明の石に、細かな無数のひび割れが走っていく。そして、あっという間に真っ白に濁ったかと思うと、淡い光は命を終えたようにすうっと消えた。

 もしかして……これが、あたしを守ってくれたの?

 ティルアはネックレスの飾りを手に取ると、よろよろと身を起こした。

 そんな少女の様子を目にしたリームは、いくつもの羽が突き刺さったままの顔に、驚愕の表情を浮かべた。

「そんな馬鹿な。どうして僕の呪文が効かないんだ!」

 リームが放った恐ろしい呪文は、間違いなく標的を捕らえたはずだった。

 しかし、彼女の身体は内側から弾け飛ぶどころか、たいした怪我も負っていない。

『ティルア! だめだ!』

 ユーリウスはとっさにリームに覆い被さって視界を遮ろうとしたが、無駄なあがきだった。リームをすり抜け、地面に倒れ込んだところで、再度、凶悪な呪文が聞こえた。

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