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「何が……って、これ」

 また誤作動が起きると困るから、書いてある呪文を口に出したりはしない。 

『身代わり呪文? フリードリヒ・クラッセンが使ったやつだな。これが、どうかしたのか』

「ここに書いてある呪文をちょっと口にしたら、どういうわけか魔術が発動しちゃったのよ。もちろん、誤作動だけど」

 周囲に怪しまれないように、立てた本で口元を隠しながら、ひそひそと説明する。

『そんなばかなことが……』

 ユーリウスは言いかけて、やめた。

 身代わり魔術は、髪の毛と名前と呪文の三つが揃ってはじめて発動する術だ。しかも、難易度が高いから、使える魔術師はほどんどいない。だから、呪文をその気もないのに口にしただけで、何かが起きるはずがないのだが……思いもよらないことを起こしてしまうのがティルアだ。彼自身、それを身をもって知っている。

『で、何が起きたんだ』

 ティルアは本に視線を落としたまま、さらに声を潜めて話を続けた。

「頭が割れるように痛くなって、それから声が聞こえた」

『どんな?』

「赤ちゃんの泣き声と、その両親の会話。多分……ううん、絶対、フリードリヒ・クラッセンが、自分の子どもに身代わり魔術を使ったときの会話だわ」

『!』

 絶句する彼の顔をちらりと見て頷いてから、また本に視線を戻す。

「フリードリヒは、誰かを告発しようとしていたみたい。でも、それを阻止したい者たちに追われていたんだわ。だから彼は、自分たちの子どもが危険にさらされないように、身代わりを作ったの。必ず迎えにくると約束して」

『ちょっと待てよ。フリードリヒを捕らえたのは魔術統括省なんだぜ。ってことは、彼が告発しようとしていた人物は、省の中にいるっていうことなのか』

「うーん、ごめん。理解が追いついてないけど……そうなの?」

『そうとしか考えられないな。それも、省の中でもかなり地位のある人物に違いない。そうでなければ、魔術統括省を外から動かせる人物か』

 アンスフォルデ王国の最高機関を外側から動かせる人物は、限られている。当時、前国王は既に死去しており、現国王はまだ五歳かそこらの子どもだった。となると、残るは前国王の従兄弟で、現国王の摂政となったオイレンベルク卿だけだ。卿は現在も摂政として国の実権を握っており、その名は国民の誰もが知っている。

「まさか!」

『いや、可能性はある』

 意外すぎてティルアが口にできなかった人物を察して、ユーリウスが頷いた。

「じゃあフリードリヒは、その人をどういう理由で告発しようとしていたの」

『そりゃ、決まっているだろ? 彼は、前国王の暗殺の容疑で追われていたんだから』

 つまり、前国王を毒殺したのは魔術統括省の大物か、前国王の従兄弟。両者が共謀していた可能性もあるだろう。そして、その事実を告発しようとしたフリードリヒ・クラッセンは、逆にその罪を着せられて捕らえられた。

 この国の最高権力の座にある者たちを大罪に問う、あまりにも大それた仮説が、ユーリウスの説明を聞かなくても成り立ってしまう。

「そんなことが、あり得るの?」

『あんたが聞いたという声が本当に本人のものなら、いちばん納得がいく答えだ』

「ああ、もう……そんな風に言われたら、なんだか自信がなくなってきた。もしかしたら、寝ぼけて夢を見たのかも?」

『寝ぼけただけで、あんな強烈な波動が起きるかよ!』

「たしかに、あたしが何かやらかしたんだとは思うけど……」

 ティルアは開いた本の上に突っ伏せると、両手で頭を抱えた。

『……しっ! クリスタが戻ってきた』

 ユーリウウスの声でのろのろと顔を横向けると、視界を遮る彼の背後に、制服とふわふわの赤毛がちらりと見えた。

「ティルア。遅くなって、ごめんね。もしかして眠ってた?」

「う……うん。この席って、ぽかぽか暖かかったから」

「ねぇ、さっき強い魔術の波動を感じたんだけど、ティルアは気づいた?」

「さ、さぁ……。あたしは眠っていたから知らないわ」

 クリスタの誤解をいいことに、嘘をつく。

「そんなことより、何か分かったことはあった?」

「あることはあったけど、ここでは話しづらいわ」

 クリスタが声を潜め、周囲を窺うように視線を走らせた。罪人とされている男の話なのだから当然だ。あまり他人に聞かれたくはない。

「じゃあ、これからクリスタの部屋に行ってもいい?」

 無関係の女の子の部屋なら、さすがにユーリウスも遠慮するだろう。二人きりになったら、他にも聞きたいことがいろいろあるのだ。

 しかし、彼女は眉間にしわを寄せた。

「わたしの部屋はやめた方がいいわ。今、次の魔術薬学の授業で使うあれを、たくさん干してあるから」

「あれ?」

「あれよ、あれ。ほら、ティルアの嫌いな、緑色の細長い生き……」

「ああああ……もう、いい。分かった。やっぱりあたしの部屋にしよう。早く、この本を片付けないと……」

 彼女の言葉を遮って、椅子から立ち上がった。

 緑色の細長いあれは、昔から大の苦手だった。今、後ろにいる人物を消去してしまうような大事故を起こしたのも、あれが原因だ。たとえ、日干しにされてひからびていても、見たくはない。

 頭の中に浮かびかけた蛍光色の姿を追い払おうと、広げていた本を閉じ、机の上を片付け始める。

「クリスタの荷物はこれで全部? ……あっ!」

 まだ、動揺が残っていたのか、机の隅に置いてあった教科書やノートを彼女に手渡そうとして、うっかり落としてしまった。

「ごめん。落としちゃった」

「ううん。大丈夫」

 慌てて落ちたものをかき集めようとしたとき、繊細な緑の蔦模様が入った、銀色の美しい長方形の紙片を見つけた。手に取ると、ふわりと甘いチョコレートの香り。よく見ると、細かな皺や折り目が入っている。どうやら、チョコレートの包み紙を丁寧に伸ばして二つ折りにし、しおり代わりに使っているようだ。ジャムのクッキーが好きなクリスタには珍しい。しかも、とっても高級そうな包み紙だ。

 誰かにもらったのかしら……?

 拾った一枚の紙に想像力を働かせていると、横からすっと手が伸びてきて、それを取り上げられた。

「早く片付けないと、話をする時間がなくなっちゃうわね」

 クリスタはなんでもない顔をして、しかし大事そうに、包み紙を教科書に挟み込んだ。

「あ……の……」

「この本、半分、持って行くわ」

 質問する時間も与えずに、彼女は本の山を半分抱え書架に向かって足早に歩いていった。多分、触れられたくない話題なのだ。

『どうした?』

「ううん、何でもない。わたしも残りの本を片付けてくる」

 遠ざかっていく妹分の背中を見ていたくなくて、ティルアもそそくさと本を抱え上げた。

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