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「あぁー! やっと解放されたぁ」

 二人の姿が三階へ続く階段の上に消えるまで見送り、大きく伸びをした。

 真面目なクリスタのことだから、納得がいくまでじっくり調べるはずだ。きっと、二、三時間は帰ってこない。それまでは、自由だ!

 ……と言っても、ユーリウスから出された宿題があるのだが。

「普通の本には載っていないって、自分で言ったくせに……。今さら、よくない?」

 ぶつくさ文句を言いながら、クリスタが使っていた席に本を移動させると、椅子に腰掛けた。順番に中身を調べてみたが、案の定、歴史の本には先代の国王は病死したと説明されており、魔術薬の本には健康を守る薬ばかりが並んでいた。当然、フリードリヒ・クラッセンの名はどこにも載っていない。

 最後の一冊は「驚異の超魔術」といううさんくさい題名の本だ。目次には、伝説級の魔術がずらりと書かれている。

「そうだ。彼は身代わり魔術を使えたんだった……」

 目次を調べて該当するページを開くと、この魔術が開発されたのは、今から三百年ほど前らしい。術に必要なのは、身代わりを作る相手の髪の毛と、名前を書いた紙。そして、呪文。

「高度な魔術だけど、髪と名前で対象が特定できるから、呪文は一語だけで済むのね。どんな複雑な呪文なのかと思ったら、そのまんまじゃない。ふうん。身代わり(エミサリウム)……ね」

 呪文を唱えたつもりは毛頭なかった。ただ、なんとなくその単語を口にした時、ずきりと頭が痛んだ。

「くっ……」

 ティルアは両手で頭を押さえた。

「な……なんだ!」

「なにこれ……。怖いっ」

 図書館内にいた生徒たちが異変を感じ取り、がたがたと椅子を鳴らして一斉に立ち上がった。不安そうに辺りを見回している。

 しかし、ティルアにはそれに気付く余裕はなかった。

 頭の中が激しく揺さぶられるような強い痛みに、歯を食いしばって耐えていると、その苦痛の中に、赤ん坊の泣き声のようなものが混ざり始める。やがて、大人の男女の会話が途切れ途切れに聞こえてきた。

『……この告発状が……れば、迎えに来られる……だから』

『ええ、そうね……あなた』

『急がないと、追っ手が……今、捕らえられたら……何もかもが……』

『愛してるわ。どうか……どうか…………無事でいて』

『愛しているよ。いつか……必ず迎えに……から……。さぁ、身代わり呪文を……』

 そこで、強烈な頭痛は波が引くように、すっと消えた。

 なに、今の——?

 痛みの名残で頭がくらくらする。

 赤ん坊の泣き声。その子の両親と思われる男女の会話。身代わり呪文という言葉。

 言葉の中に、彼らの身元を示すものは聞き取れなかったが、この状況はきっと……。

「大丈夫? ティルア」

 気遣うような声と、そっと肩に置かれた手に、ティルアは顔を上げた。

 周りを見回すと、いつの間にか数人の生徒に取り囲まれていた。

「今、すごい魔力の波動があったけど、あなたなの? って……どうしたの。泣いてるの?」

 心配そうに顔を覗き込んできたのは、クリスタと同学年の女子生徒だった。

「へ? 泣いてる……?」

 驚いて瞬きすると、目の端からぽろりと雫が落ちた。

「え? なんで? なんで?」

 慌てて両手で、目元をごしごし擦る。けれども、涙はなかなか止まらない。

 ああ、きっと——。

 あの声の主たちの、赤ん坊に対する深い愛情に触れてしまったから。そして、親子を待ち受ける、残酷な未来を知っているから……。

 しかし、事情を知らない彼女に、そんな話ができるはずもない。

「すご……く、頭が痛くて。涙が出るくらい痛かったのよ。ごめんね、心配かけて」

「顔が真っ青よ。医務室に行った方がいいんじゃない?」

「もう、平気。それに、クリスタを待っているから……」

「さっきの波動は、ティルアのせいなのか?」

「ったく、お騒がせな奴だな。一体、何をやるつもりだったんだよ」

 六年生の二人の男子生徒が、ティルアの腕に敷かれている本のページを覗き込んだ。

「はぁ? 身代わり呪文だって? 消去呪文すら使えない奴が、こんな高等魔術、使える訳ないじゃん」

「どうせ、また事故ったんだろう?」

 ここにいる全員と同級生になったことがあるから、ティルアが消去呪文すら使えないことも、魔術が誤作動ばかり起こすこともよく知られていた。

「魔術なんて使っていないわ。本を読んでいたら、急に頭が痛くなっただけよ」

「ティルアの魔術の誤作動じゃなかったら、今の波動はなんだよ」

「この状況でこの魔術をどうやって使うの?」

 ティルアは両手を広げて机の上を示した。もちろん、そこには身代わり呪文に必要なものは何一つない。この状態で魔術が発動するはずがないことは、上級生なら理解できる。

「ああ……確かに、そうだけど」

「じゃあ、さっきのは何だったんだ?」

「誰かがティルアに魔術をかけたとか? ……まさかね」

「ユーリがいなくなったときも、突然、魔力が降ってきたような感じだったわ。最近、妙なことが多いわよね。気味が悪い」

 生徒たちはひそひそと話をしながら、それぞれの席に戻って行った。

 一人きりになって、ようやくほっと一息ついたところ、視界の端に何かが動いた。

『おい、ティルア』

 急に名前を呼ばれ、まだ誰か残っていたのかと、迷惑そうに顔を向ける。

 さっきまで誰もいなかったはずの机の前に立っていたのは、こわばった顔をしたユーリウスだった。

「ぎゃ…………」 

 妙な悲鳴を上げそうになったティルアは、慌てて両手で口を押さえて、きょろきょろと辺りを見回した。幸い、さっきの生徒たちには聞こえていなかったようだ。

『大丈夫か。何があった』

「ち……ちょっと、急に声を掛けないでって、いつも言ってるじゃない。一体、どこから現れたのよ」

 声を潜めて文句を言ったが、彼に聞いている様子はない。『大丈夫なのか?』と、不安そうに眉根を寄せて、右手を伸ばしてくる。そして、指先がティルアの肩に突き刺さったのを見て、ほっと息をついた。

「何してるの?」

『さっきの波動、俺が消去されたときにくらったものと似ていたんだ。だから……』

「あー、あれね。でも大丈夫、誰も消去されていないはずだから」

『だけど、あんたの仕業なんだろう? 何があった』

 さっきの波動が三階にまで届いていたことに驚きつつ、ティルアは開いていた本のページを指差した。

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