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車内販売物語  作者: 白河かや乃
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巻き貝

「皆様、本日はシーサイドトレインあさかぜ5号にご乗車くださいまして誠にありがとうございます」

発車後の放送をしながら車窓を見ると、青い海の上をウミネコが飛んでいるのが見えた。今日はいつもより数が多い。

ウミネコは40センチ程の中型の鳥で、白い身体に黒い羽を持つ。ミャーミャー鳴いているように聞こえるからウミネコという名前がついた。

カモメは羽がグレーなのに対し、ウミネコは黒色をしている事で見分けられる。

入社当時は鳥の名前なんて分からなかったけど、お客様に「あれは何ていう鳥?」と聞かれる事が度々あり、野鳥図鑑を買って海鳥のページは全部覚えた。

車内販売員は何でも知っていないといけない。


シーサイドトレインは海沿いを走る特急列車で、始発の東みなと駅から終点の唄恋(うたこい)海岸駅まではおよそ4時間。

唄恋海岸は観光地として有名で、夏は海水浴、冬は名物の貝の串焼きを食べに多くの人がやってくる。

インバウンド需要で外国人のお客様も多い。

色とりどりのパラソルや空気を抜いたビニールのサメやバスケットが荷棚に並んでいるのを見ると、こちらまで楽しい気分になってくるものだった。

この特急列車の中で、私はお弁当やお土産を売っている。



小さい頃、母親に手を引かれて初めて電車に乗った。

メタルブルーの車体に夏の陽射しが当たって、サイダーのようにキラキラと弾けていたのを覚えている。

クロスシートの座席は窓側に向ける事もできて、窓を少しだけ開けて海を眺めた。

外の景色は楽しかったけれど、当時5歳だった私には4時間は途方もなく長すぎて、2時間もするとなにもかもが退屈になってきた。

お母さんはずっと本を読んでいるし、おやつに持ってきたクッキーももうない。外はずっと海。

私がぐずってお母さんを困らせていると、たまたま通りかかった車内販売のお姉さんが「はい、どうぞ」と小さな貝殻を握らせてくれた。

すべすべした桜色のかわいらしい巻き貝で、おもちゃを手に入れた私の機嫌は途端に良くなった。

「耳に当てると海の音がするのよ」

言われるがままに貝殻を耳に当ててみると、本当に海の音がした。

すごい、海の貝だから海の音がするようになったのかな?

お母さんが貝殻のお礼にとお姉さんからオレンジジュースを買い、私は終点までご機嫌で過ごした。


大きくなってからも、入学祝いや卒業旅行では必ずシーサイドトレインを利用した。

私の中では、特別な時に乗る列車だった。



将来は旅行関係の職に就きたいと漠然と考えていたから、学校にシーサイドトレインでの車内販売の求人が来た時はとびついた。

面接で貝殻の話をしたら思ったよりも受けが良くて、面接官をしていた京子さんに「それきっと小柴(こしば)さんだわ」と言われた。

京子さんの表情に一瞬陰がさしたような気がしたけど、面接の緊張ですぐに意識からかき消えてしまった。


そうして無事内定が決まり、私は特別でない日もシーサイドトレインに乗れる事になった。

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