奪掠者の美学
面白い話をしてやろう。
「僕は奪う者」
「っ、や、め、あぁ、ぁ」
人は何故自らを知識の生き物と謳うのに嫌悪する人を徹底的に叩き潰し、時に野性動物さながらに弱肉強食を唱えるのか?
「僕は貴方より授かった右の手で生の脈動を奪う」
「か、は‥‥‥あ、あ」
人は世界平和を唱えることができる。
争いを止めることも、北の塔のてっぺんに捕らえられた少女を救うことも、空を飛ぶことも、湖の水を飲み干すことだってできるのに。
「しかし、僕は罪人にあらず」
「っっ、ぐ、ぅぅ」
時に人は人脈を有し個人を孤立させ、時に人はネットワークを駆使し個人の情報をばら蒔く。
暴力にものを言わせ金銭で脅し、個人を貶める。
それは、知識の生き物故。ではなく、ただの愚か者だと判断出来ると俺は思う。
「何故ならば」
「っっ、か、は、っ、っ」
なまじ知識を持つ故に人は其を無駄に露呈したがるのさ。力とて知識。使わずにはいられない。
子供が始めて覚えたことばを母親に何度も言ってしまうように。
どうだ?
“最後に”勉強になったろ?
パァァァン―――‥‥‥‥‥。
「――――僕は貴方の5日目の子にして火曜日の人なのだから」
ゴキィ、ッッ――――‥‥‥‥。
首の骨が砕ける小気味良い音と喉がつぶれる濁った二重奏。
僕の右手で宙吊りになった女は涙に涎、舌をだらりと垂れ流し、かつての面影を失った見るに耐えぬ姿で絶命した。
「ははは、火曜日の人。洗礼を受けた者とはよくいったもんだな。人、ご、ろ、し♪」
陽気な声に振り返ると返り血を頬に受けた男がゆっくりとこちらへ歩みを進めている。
「なんだ。さっきの銃声はあんたか?人殺し」
「なんだ、じゃねーよ。連れない性格は相変わらずか、ポエマー君。
しかし、ソロモン・グランディか。よく知ってんな、若いのに」
言って男はソロモン・グランディを口ずさみながら短くなった煙草の煙を吐いた。
「女の首を素手でへし折っといて餓鬼のお歌遊びってか?」
ま、それがお前の流儀ってやつだもんな。
男は言って僕の右手に目をやった。
この手で直に人の生に終止符を打つ。
素を求めて震える喉。
骨を砕く感触。
血肉の温もり。
指に食い込む眼球。
その全てが僕が奪う者と確信させるから。
そうでなくては。
僕の行為に意味はない。
「それなのに、自分の中の神様なんてもんをしっかり崇拝してるときたもんだ」
「‥‥あんたの流儀はそのよく回る舌だな」
あぁ、そうとも。
男はさながら舞台俳優のように両手を広げ天を仰いだ。
「俺の言葉には今から訪れる死を後悔させるほどの価値がある。
いっそ俺を崇拝してみるか?俺の言葉が冥土の土産なんて最高の気分だろうぜ」
「‥‥死ぬ前に御託並べられてるだけじゃないのか?」
「あん?」
失言。
一回りも年上のこの男は感情の起伏が通常の人間よりも遥かに激しい。
「まあいいさ。言葉の美しさを理解出来ないポエマーに俺の魅力なんてわかんないもんだ」
この男は言葉を愛する。
言葉に宿る魂。
自らが生み出す見えない波動。
だから男は生を奪うその瞬間まで言葉を紡ぐ。
「そのポエマーって呼ぶのいい加減止めてくれないか?」
「まあ、いいじゃねえか。本当のことだ。
‥‥で、いい加減いつ教えてくれんだよ?あんたの国の言葉」
またそれか。
「面倒なだけだ、あんな言葉」
極東の島国。
あそこの言葉は世界一美しいと男は言う。
「そこが魅力的なんだろ?ひとつの言葉に何重もの意味を持つ。秘めたる言葉。SecretWord。美しい」
出会った日から、僕の生まれ故郷を見抜いた日から男は何度も僕に教えを乞うた。
僕の名でなく、職でなく、ただ、俺の故郷の言葉を。
「なぁ、いいだろ?」
美しい言葉などこの世に存在しないのだ。
「――――‥‥‥『お前はもう死んでいる』」
「?」
意味を問うように首をかしげた男から逃げるように背を向けて、胸で十字を切る。
「――――Kill you」
背中に怒声を感じたが、僕は構わず歩みを進める。
これくらいで充分だ。
奪う僕らに綺麗な言葉なんて必要ないのだから。
はじめまして。登録してから何も投稿していなかったのでものすごく短いですが投稿して見ました。
よく喋る登場人物が好きです。