2. 貢物
俺は部屋に戻ると整理を始めた。
と言っても大したことじゃない。
我らが由緒正しきイル・ランサー家には召喚魔法という、大変便利なものがあるので、一つどころにまとめておいて、向こうに着いたら、呼び出せばいい。
ああ、それにしても楽しみだなぁ。
フェリスたんとの新婚生活。
俺は3年前、帝都の宮殿で遠目に彼女を見てから、一日としてあの美貌を忘れたことがなかった。
おしとやかで、しなやかで、優雅な姫。
美しくみずみずしく、それでいて儚げな表情は世の全ての男を虜にするだろう。
ああ、フェリスたん。
俺は先に行って、君との愛の巣を作って待っているよ。
いや、ダメだ。
迎えに行こう。
準備が整ったら、一目散に。
彼女には何を送ろうか。
俺は兄貴みたいに妖精を呼び出したりすることはできない。
だから、「君のために花の妖精をプレゼントするよ」なんてキザなことはできない。
ちくしょう。
やりたいのに。
フェリスたんに似合うぴったりの花妖精がいるのに。
透き通るほどに白い肌を持つ彼女なら、真紅の薔薇の妖精がぴったりだろう。
一輪の妖精の花が色も鮮やかにフェリスたんを飾ってくれるに違いない。
でも、できない。
召喚魔法は又貸しみたいなことはできないから、兄貴に頼んだって無理だ。
ここはやっぱり指輪を送ろう。
指輪なら、俺もとびきり上等なのをいくらでも召喚できる。
やはりダイヤだろうか。
20カラットの大粒ダイヤモンド。
一切の傷がつかない、永遠の誓い。
少々下手なきもするが七色に輝くあの宝石をもらって喜ばない乙女はいない。
だが、どうだろう。
やっぱりルビーの方が似合うんじゃないだろうか。
いや、あえてここはエメラルド?
彼女の瞳と同じ、新緑の宝石をプレゼントするのもいいかもしれない。
「あああああ。もうっ」
俺は部屋を出て、兄貴の上に向かった。
こんこんとドアを叩き声をかける。
「兄上、いらっしゃられるか!?」
「なんだ、騒々しい」
そういえば兄貴、あのゲームやったのかな?
部屋に戻った時に、なくなってたが。
まあ、クソゲーだからすぐやめちゃうだろうが。
いや、それどころじゃない。
今はフェリスたんだ。
「兄上。ただいまお時間よろしいでしょうか。折り入って相談したいことがあるのですが」
「構わんぞ。入れ」
兄貴はすでに親父からいくつかの権限を譲渡され、執務を行なっている。
今も書類に目を通していたのだろう。
少し疲れた様子で手に持っていたペンを置いた。
「で、どうした?」
「はい。先ほどお父上より結婚のお話をいただきました」
「そうか。それは良かったな」
どうせ知ってたんだろう?
っていうか、なんだかんだ言って、そうなるようにあれこれ手を回してくれてたんだろう?
兄貴は堅物だが、ツンデレでもあるからな。
「はい。ありがとうございます。この度のお話は光栄の極みでございます。さしあたって兄上にいくつかお聞きしたいことがあるのです」
「なんだ?」
「兄上はニック・セイバー家のフェリス嬢と二、三言葉を交わしたことがあるそうですね。どのようなお話をしていたのでしょうか」
「ふん。そういうことか。……悪いな。覚えていない」
「そ、そうですか」
く、まあ仕方ない。
兄貴はアーッ! ていう噂もあるからな。
俺にも劣らぬなかなかのイケメンなのに、それが玉に瑕だ。
絶世の美女たるフェリスたんの若鳥のさえずりのような美しい声(妄想)も兄貴の心には響かなかったのかもしれん。
だがここで食い下がるわけにはいかない。
人間、第一印象が重要だからな。
フェリスたんに「まあ、素敵な人。っぽ❤」と思わせるには、何としても情報が必要だ。
「それでは兄上、フェリス嬢の趣味や趣向などはご存知ないでしょうか。婚姻にあたって、彼女に贈り物をしたいのです」
「うむ。そうだな。……それなら、執事のセバスティアン・マケドニアス・アレクサンドロス・シーザー17世に聞いてみるといい。あいつはそう言った情報にも聡いと聞くからな」
「なんと、あのセバスティアンが? わかりました、それでは早速聞いてみます」
「ああ」
「ありがとうございました。それでは……」
俺は部屋を出ようとして、ふと足を止めた。
「どうした?」
「ところで兄上、あのゲームはいかがでしたか?」
「ゲーム? ゲームとはなんだ」
「兄上が私をお声かけ下さりに部屋にお見えになった時、私が触っていたものです。興味がおありのように思いましたので」
「ん? ああ、あれか。いや、触っていないな。なぜだ」
あれ? 違うのか?
「いえ、部屋からなくなっていたものですから。失礼いたしました。女中どもに聞いてみます」
「……女中がお前の召喚したものに触るか? ふむ、気になるな。……よし、その件は俺に任せておけ。お前は未来の奥方のためにせねばならぬことがあるのだろう?」
「あ、はい。お手数をおかけしまして申し訳ありません。よろしくおねがします」
「では、行け」
「はい。ありがとうございました」
普段なら、「兄上にそんなお手間は取らせられません」と断るのだが、今は結婚が控えている。
俺にとって重要である以上に、貴族にとって婚姻というのは重要だ。
だから、姫君の趣味趣向を調べるというのは重要な公務であって、優先されるべき行動なのだ。
よし、待ってろよ。セバスティアン!
セバスティアンなんだっけ?
この宮殿。広いわけでもないのに、執事はわんさかといるからな、そしてみんななぜかセバスティアン。
さてさて。
どうしたものか。
もう一度名前を覚えるために、兄貴に聞きに戻るのもちょっと気まずいし、うーん。
よし。
いいか、待ってろよセバスティアン!!