1. 予感
俺はほぼ0に近い幸運をものに、
できなかった。
俺はワームホールから吐き出されると、何もない宇宙空間で、息をつく間も無く破裂してしまった。
知ってたか?
宇宙って気圧がないんだぜ?
そんなとこに放り込まれたらなあ、人間は窒息とか被曝とかいう前に内圧で吹っ飛んじまうのさ。
★
やれやれだぜ。
ゲームオーバーってやつだ。
実際、画面にもそう表示されてる。
ちくしょう。
どうすればよかったってんだ。
他に、何か手はあったか。
「つまんねぇ」
俺はコントローラーを放り投げる。
これももう飽きたな。
俺はユキノ。今年の春に14歳になる。
700年の歴史をもつイル・ランサー公爵家の次男坊だ。
そして、代々イル・ランサー家には召喚魔法という秘術が伝えられている。
そして、兄のウミエは100年に一度の逸材と言われている。
偉大なる兄の力はあらゆる精霊と、魔神たちを呼び寄せ、意のままに使役することができる。
俺はって?
俺は100年に一度の低能だってさ。
精霊は愚か、もっとも低級の給仕妖精さえ呼び出すことができやしない。
呼び出せるのは、自分の見聞きしたことのある「もの」だけ。
生きているものは無理だ。
精霊や妖精など、魔力を持ったものも、魔法そのものも召喚することはできない。
落ちこぼれってやつさ。
だが、そんな俺にもついおととい、転機が訪れた。
何と、不意に地球に関する記憶が自分の頭に入り込んできたのである。
誰の記憶とか、前世とか、そんなんじゃない。
ただ、単純に地球の一般知識がザーッと俺の頭になだれ込んできた。
俺たちの住む世界とは比べ物にならないほどの、高度な文明。
しかし、不思議なことに地球には魔法は存在しないみたいだった。
まあ、だからこそあれだけ機械技術が発達したのかもしれないが。
とにかく、そのなかで何よりも気になったのはテレビゲームだ。
文明理知の無駄使い。
まさに娯楽の極み。
そして何より、完全な無生物。非魔法。
つまり俺の召喚魔法で呼び出せる。
そうしてテレビと一緒に呼び出してプレイしていたのだが、
何というくだらない内容なのだろう。
せっかく高度な技術・文明を作り出したってのに、その機械によって自滅するって?
んで最後に主人公がほぼ自殺に近い結末で死亡。
主人公に自分の名前つけちまった俺の身にもなってみろ。
妙にデジャヴ感じちまったじゃねえか。
何だったんだこれ。
クソゲーってのはこれのことなのか?
にしても何でこんなゲームが。
他にソフトはないのか?
「何やってるんだ。ユキノ。父上が呼んでいるぞ」
「ん。おお、兄上。申し訳ありません。すぐに参ります」
気がつけば、兄貴がドアに寄りかかって俺を見ていた。
兄貴。いつからいたんだ?
「ああ、それと。こちらに興味があるのでしたら、俺が父上と話している間に触られて見てはいかがですか?」
「ふん。興味などない」
よし。
こう言っておけば、もう兄貴は触らないだろう。
まあ、別に見られて困るってわけでもないが。
とりあえず、親父んとこに行ってくるか。
俺は兄貴に会釈をして廊下を歩く。
決して広くはない宮殿だ。
目的地にはすぐに着く。
地球の知識で言えば、そうだな。
高校の校舎くらいの広さかな?
まあ、さすがに内装はこちらの方が幾分か上等だが。
でもこっちは電灯がなく、薄暗いのでおあいこかな?
さて、ついた。
親父の執務室。
にしても何のようだろう?
兄貴に聞いておけばよかった。
コンコン。
二回ノックを鳴らし一秒ほど待つ。
「誰だ?」
「ユキノです。召喚に応じ、参上致しました」
「……入れ」
俺は扉をゆっくりと開き、できる限り音を立てずに中に入り、戸を閉めて親父に向き直る。
「お待たせいたしました。ユキノ。参上致しました」
「ふ。何だか今日は随分と堅苦しいな。緊張しているのか? まあ、最近あまり話さなかったからな」
「い、いえ。この春より兄上に言葉使いを改めるようにご指導いただきまして」
「そうなのか? まあ、ここにウミエはいない。普通にしていいぞ」
え。ほんと? いいの?
んじゃあ。
「あんがと。んで? 用事って何?」
「っぷ。んぷ。ックックク。いきなりそれか。ウミエも苦労しているようだな」
「お互い様。兄貴、堅苦しくってこっちの肩が凝ってくるって」
「言っておいてやろう。ああ。それはそれとして、お前を呼び出し多理由だが。ニック・セイバー伯爵家の令嬢フェリスとお前との婚約が決まった」
「んえぇえ!! まじ!? あのフェリスたん!??」
「ああ。お前がフェリス嬢にご執心だと伯に振って見たら、あちらも存外乗り気のようでな。二つ返事で婚約が決まったよ」
さすが親父。
親父にフェリスたんの話を振ったのは2年近く前なのにまだ覚えてたのか。やるな。
「それで、お前には移動してもらう。月末にはここを出てグレイウォール城へいけ。お前は分家してグレイウォール=イル・ランサー家の当主となる。爵位は城伯だ」
「は。謹んでお受けいたします」
ここはビシッと決める。
そうか城伯か。俺が。
そしてフェリスたんとの新婚生活。うふぇふぇふぇふぇ。あんなことやこんなこと。うぇヘヘヘヘ。
今からもう、よだれが止まらん。
まさか低能の俺にちゃんと爵位が与えられるとはね。
「嬉しそうだな。ま。頑張りなさい」
「親父、ありがとう。俺、頑張りまくるぜ」
「ああ」
俺はその後親父と二、三言葉を交わして部屋を出ると廊下で小躍りした。
「うううう〜〜。フェリスたん。フェリスたんをこの手に抱きとめる日が来ようとは」
フェリスたんはすっごく可愛いのだ。
それはもう天使のように。
俺と同い年で、性格もよく、同い年の貴族の息子たちの間ではアイドルといってもいい。
そのフェリスたんを、俺の嫁に。
それに城伯。
ちなみに爵位というのは皇帝陛下によって授けられる貴族の権威を示すもので、上から順に
大公
公爵
侯爵・宮中伯
伯爵
城伯
子爵
男爵
騎士
紳士
って感じだ。
公爵以上の爵位の当主であれば殿下とか〜公と呼ばれ、侯爵・宮中伯で大臣などの国の要職に付いているものは閣下と呼ばれる。
それ以下なら〜卿って感じだな。
つまり俺はこれからユキノ・グレイウォール=イル・ランサー城伯卿って感じだ。
まあ、多分グレイウォール卿とか城伯とか呼ばれるんだろうけど。
さあて。支度しなくちゃ。
婚約とくれば。