第八話:あばよ!
別にどうでもよいのだがこの小説のタイトルとなっている「Allosteric」とは何なのか?
そう疑問に思う人も300人に1人ぐらいはいるんじゃないかと思う。
しかしこの場において意味を記述したところで何のメリットにもならないため特には説明しない。意味を知らないと蕁麻疹出て死んじゃうって方々は自分でぐぐっといて下さい。
――――――――――――――――以下小説――――――――――――――――――
午後の授業もいまいち釈然としないまま放課後を迎えた。
アケルのクラスの大半は部活動か同好会に所属しているため掃除が終わるとほぼクラスの中は空の状態になる。
そういえば山吹はバイトだとか言いながら一人不貞腐れながら帰宅したようだったが、アケルの友人で山吹の相方である黄橋だけは結局見かけなかった。そのコンビは大抵の事(山吹が赤点のため四時間程補修を受けている時とか)がない限りいつも二人でげた箱に仲良く靴を取りに行くのだが、今日は珍しく山吹一人だったようだ。
なんだか帰る気にもなれないアケルは目的もなく図書館に足を運んでいた。
校舎の地下にある図書室は冷房が入っており勉強するやつとかの他にも談話室目的に来る人も多い。
いざ図書室に来てもやはりすることもなくただ突っ立っているだけだ。
涼しい図書室は本がぎっしり詰まった棚がいくつも並んでいて、机には文芸部員やテスト前でもないのに鉛筆片手に数学の問題集と睨めっこにしている奴とか、心なしか制服が違う無口そうな眼鏡っ子までいやがる。
談話室は上級生らしき奴らが貸切っていた。
綺麗に整頓された本棚を目の前に、適当に一冊分厚い本を手に取ると読むわけでもないのにページをペラペラ捲り気を煩わせようとしたのだが無意味で、すぐに飽きたのか元あった本棚に戻すと何かに呼び寄せられるように〈現代科学〉と区切りされた本棚の前に来た。
上のほうから目的のタイトルの本を探すが中断ぐらいに来て諦め肩を竦まると背後に何者かの気配に気づき振り返ると
「あ、やっぱりアケル君だったか」
「村崎さん。こんな所で何してるんですか?」
「ふふ、君こそ何していたんだい?科学に関心があるのかい?」
いえ、特には。村崎さんに背中を向け短く答えて帰ろうとする。
「アケル君は過去に行くつもり?」
アケルは最もされたくない質問をされて顔が歪んだが質問の主が村崎さんという事で大人びた対応を取ることが出来た。
「今考えてるんですけど、嘘だとしては出来すぎてるのは分かります。第一過去に行けるなんてまだ俺は信じられませんし17年前が危険な所かもしれません」
村崎さんは黙ったままだ。
「それに俺達が行ったところで人口を半分消してしまうような恐ろしい組織を潰せるとはとても思いません。俺達が行って何になるやら」
いつの間にかアケルは村崎さんと向かい合っている。
「そうね。確かに私達が過去に行ったとしても上手くいくとは限らない。でもね、これが本当ならこのまま何もしないでいつか起こりうる恐ろしい出来事を前にして、安穏と消失の時を待つなんて私には我慢ならないのよ。だから・・・私は行く」
アケルが驚かされたのは村崎さんがもうここまで決意していたからではなく、学年が一つ違うだけでこれほど堅気で秀逸というのか、つまりあまりにも大人びた風貌にアケルは無意識のうちに自分と比べていたせいかもしれない。
村崎さんはそれ以上何も言わないでガラス製のドアの向こうへと姿を消した。
そしてお目当てだったタイムマシーンと題する本もあるわけもなくアケルは村崎さんが去っていった廊下を見続けていた。
図書室の居心地は悪くなかったが、村崎さんの言辞にいてもたってもいられなくなったアケルは村崎さんを追うように図書室を飛び出し廊下に出ると丁度篠川さんが瀬川に無理やり連れて行かれようとしているのを目撃した。
いくら女の仲と言えど瀬川の力の前に篠川さんが怪我をしたら大変だと思い急いで駆け付けるアケルだったが冷静になってみるとアケルの力が加わったとしても瀬川には全然敵わないのである。
それはすでに実証済みだ。
「篠川さんをいじめてんじゃねーよ!痛がってるぞ!」
ここは強気に攻めるアケル。
すると瀬川は篠川さんをぽいっと散歩中の犬のリードを放すように解放した。
簡単に篠川さんを解放したのは計算外だったが、まぁ目的は果たしたんでアケルはのっそりとゲタ箱に靴を取りに行こうとすると
「ん、あんたもこれから屋上に行くの?」
「あんたも?お前は行くつもりなのか?」
そーいえば山田先生は集合時間も何も言ってなかった気がするが。
「なんで今日なんだ?特に山田先生は何も言ってなかっただろう」
「思い立ったらすぐ行動!これは常識でしょ!」
自己流の常識を篠川さんに植え付けれるのはいかがなものかと思う。
まぁ今は解放したからいいんだけどね。
「それじゃお前は過去に行く覚悟が出来たって事か。でも篠川さんはまだ決めかねてるみたいだぞ」
篠川さんは相変わらずで視線を下げたままで床にいる蟻の行列でも眺めるように顔を上げず、自己主張の“自”の字も知らない弱気な女子高生はなんだか泣きそうであった。
「この子は行くわよ!それよりあんたは行くの?まぁあんた行かなくても何も問題ないけど」
その瀬川の質問と同時に篠川さんが顔を上げた。
篠川さんの目は助けを求める赤子のようで母性本能をくすぐられる。
「俺はともかくとして、篠川さんを無理やり巻き込むなっつーの!」
「・・・・・ぁ、あたしは大丈夫」
その返答にアケルはちょっと意外だった。
翼と頭の上の輪っかを失ったエンジェルは再び顔を下げてしまっている。
「ほらね!で、あんたはどうすんの?」
村崎さんも行くような事を談じていたし、それに女性3人だけに危険極まりない時代に行かせるのも男として情けないだろう。
特に篠川さんを一人過去に行かせたりなんかしたら、どうなるか心配で精神病になっちまう危険性もあり、でもよく考えたら美人どこ三人と一緒にタイムトラベラーも悪くないかなとやや現実逃避に走りかけたアケルはまったく羨ましい限りだ。
「とりあえず屋上に行ってからだ」
屋上に着いて仰天したことが二つあった。
一つは村崎さんを含め山田先生も屋上に来ており、まるでアケル達が今日みんなで屋上にやってくるのを知っていたかのようで、いつもの光景にはない可笑しな機械や配線やらがびっしりとコンクリートの床に散々としていてそこはどこかの秘密基地みたいになっていた。
それより別段待ち合わせ日とか決めてないのに良く全員集まったな。
ぁ、それと空の模様は以前と変わらず暗色に近い。
二つ目は昨日居合わせた者以外に一人増えていた事だ。
そいつは村崎さんと仲良く話しているみたいでアケルも良く知ってる奴だった。
「お前が何でここに来てんだよ?」
そいつに話しかけると村崎さんも軽く挨拶のようなものをしたがそれに答える余裕なくそいつの返答を待った。
「あ、アケルも来れたんだね。良かった男子がもう一人いるのは聞いてたけど知らない人だったら気まずいしね」
「なら話は聞いてんのか?」
そこにいたのは山吹の相方、黄橋であった。
帰りに山吹といないと思ったらこんなところにいたのか。
「うん。山吹には悪いけど一度過去ってのに行ってみたかったんだよね」
「そうよね!あんたは中々話が合いそうだわ」
そう言って仲間意識を感じたのか瀬川と黄橋は仲良く話している。
一つ残念なのがアケルの企んでいた美人3人組みによる豪華ハーレム旅行計画が台無しになっちまったことだ。
黄橋が山田先生から話を聞いてるのは確認できたが、それならどうしてこんなにも軽い気持ちで過去に行くなんて言えるのか?ピクニックか何かと勘違いしてるんじゃないか。
「はいはい、お喋りはそこまでにしとけ」
パソコンの放熱のせいで汗をかいている山田先生が配線を踏まぬようにヒョコヒョコっとやってきて昨日と同様全員の顔を覗きこむと乾いた咳を一つ落として
「まさか全員揃うとはなぁ。特にアケル!お前は絶対に来ないと思ったぞ」
「さっき決めたんですよ。たまには先生の評価を上げておくのも悪くないと思いましてね」
そうか、と少し口元が緩んだが、すぐに山田先生は真面目な顔に戻った。
「まずは聞いてもらいたい事がある。すぐ出発になるから静かに心して聞いてくれ。それでな――――――」
山田先生が話を終るとさらに奥からもう一人現れた。
ふと篠川さんを見るとここに来る前より不安がっているような気がする。
ウルウルした瞳は本当に危険だ。もし篠川さんが詐欺師になったら馬鹿な男どもはホイホイ騙されてしまうだろう。
「や、山田支部長、準備が整いました」
徹夜明けみたいな疲れた声がした。
こいつも以前見たことがあるぞ。
「あ、お前はこないだすれ違った奴!」
そいつはいつの日か屋上ですれ違ったやつれた教師。
度の強そうな眼鏡をしていて確かアケルが・・・首を切られた教師だとかと言っていたやつだ。
風貌は変わらずで見た目より老けて見えるタイプだな、これは。
「あ、これはどうも。木下です。それより支部長?」
それだけ?心で密かにツッコむ。
あまりにも簡単すぎる自己紹介で名前しかわからない。
つーか山田先生が支部長ってどういうことだ?
「ああ、そろそろ時間だな。それじゃこれからお前らに時間移動をしてもらう。前にも言ったがこの異空間物質転送装置はな微弱な電磁波にも敏感に反応するからケータイとかの電子機器はここに置いてってもらう」
「えー、そんなぁ!」
「ケータイがないといろいろ不便だよね」
文句を垂れたのは瀬川と黄橋だ。
「大丈夫だ。向こうではこれから渡すケータイで連絡を取ってもらう。ただ過去に行ってしまうとこちらの世界とは一切連絡手段はとれなくなっちまうからな。そこんとこは気をつけてくれ」
「それじゃ過去に行ったら俺達の考えで行動しなくちゃいけないってことか」
「まぁ、大半はそうなるんだが、こっちの世界からお前達に何か連絡することがあれば、ぁ、まぁこれは過去に行ったらわかるかな」
意味深でこれから過去に行って大変なことをしなきゃいけないってのに、なんだが皆結構落ち着いてるのでアケルは驚きを隠せないまま先生の説明を聞いていた。
「よしこれから一人ずつ過去に飛ばす。最初に行った奴はそこで一ミリも動かず待機だ。いいか?絶対に勝手な行動は取るなよ。下手したら元の世界に戻れないからな」
最後の言葉にちょっとした衝撃を受けたがここまで来た以上流石に、僕は行くのやめますなんて言えたもんじゃない。
そして山田先生からケータイモドキみたいなのを全員受け取るとそれを絶対に失くすなと忠告されさらにこう続けた。
「現実世界に戻る方法も全てが終わったら、必然的にわかるはずだ。そんじゃ行くぞ。全員目を瞑れ。まぁ、開けててもいいがこれはお勧めしないな。それじゃ頼むぞ木下」
アケルはぇ、もう?と思ったりもしたが口には出さなかった。
どうせ行くなら早く行って早く帰ってきたいしな。
「若い俺に宜しくな」
山田先生が気付かれない小さな声で言った。
誰が最初に行ったのかは全員目を瞑っていたせいでわからなかったが、電子音のようなピコピコした音を確かに聞くとアケルは隣の気配が消えたような気を感じた。
アケルの隣にいたのは黄橋だったんはずだが。
すると俺は誰かに手をひっぱられるような感触を味わうと同時に、追い風で体が押されるみたいに何かに吸い込まれていき意識が遠のく。
―――ああ無重力ってこんな感じなんだろうな。
遠のく意識の中アケルはそんなことを考えていた。
なんだか最終回みたいなサブタイトルだなぁ。
これから一話あたりの内容を増やしていこうと思う。