第七話:時空移動って憧れるね
実際に過去に行けるのか?
これは小説の中での話ではなく現実世界、つまりリアルでの話とする。
劇中では筆者の勝手な妄想で過去に行く方法を述べる箇所があるかもしれないが、それはフィクションであり世界の物理法則を極限まで無視しているため間違って覚えてしまわないようにしてほしい。
それに現在の科学では過去に行く方法なんて理論的には発見されていない。
それでも一番過去に行く方法として有名なのがこれだ!
光より速く動く。
原理が知りたい人は自分で調べてください。筆者は物理専攻ではないのでとても説明は出来ません。あしからず
――――――――――――――――以下小説再開―――――――――――――――――――――
世界の人口が半分消失した、なんてのはとても常人の脳には理解できない事でそれをまともに突きつけられたアケルは黙り込むしかなかった。
これが本当にあった出来事だったとしても現代にはそんな事件が起きた面影は微塵もないし、それにその事件と過去に行くというのにどんな関係があるのか分かりやしない。
成績優秀の村崎さんでさえ嘘のような真実に戸惑っているし篠川さんも山田先生の言っていることが理解できなかったのか目を丸くしたまま固まっている。その姿も可愛らしいのは言うまでもない。
だがその中にただ一人山田先生にじっと睨んでいたやつがいた。そう瀬川碧だ。
「そんな事が本当にあったとも思えませんし、それにそれと過去に行くとで何が関係があるんですか!?」
身を乗り出して強気な瀬川の姿を目にしてもアケル等は事実と空言の狭間で未だに彷徨っているようだ。
「確かにお前達にこんな事を言っても信じてはくれないと思ったが、これはまぎれもない事実なんだ。それにこの事件を信じてもらわねば過去に行く理由を話せわけにはいかない」
「でもそんな!」
「・・・・わかりました。先生の話を信じます」
瀬川の追撃を阻止したのはアケルだった。
アケルの真っ直ぐな視線が山田先生のそれと合い山田先生の顔を少し柔らかくなった。
「そうか。・・・・これは最近わかったことなんだが」
先生の一息ついた。
アケルが瀬川を制止したのは山田先生の話を真に受けとめたからという理由ではない。
でも万が一、その事件が事実なら本当に大事件である。
信じる程の証拠もなく誰も事件を覚えていない。誰がどう聞いても嘘だと思うのが普通だが山田先生の少し悲しげな表情と重い空気を見て体感すれば、無名の探偵が証拠もなくこいつが犯人だと決めつけても誰一人疑うこともなく事件は解決してしまう気がする。
実際そんなことがあるわけないが。
「17年前の事件は人為的に起こされたものではないかと考えられるようになった。誰がどういった理由で何のために起こしたのは分からんが、今になって恐ろしい事がわかってきた」
周りは相変わらずの空気で、もはや空の怪しげな模様が当然であるかのような気をさせる。
だが山田先生はそんなのを払拭するように重大な話を打ち明けた。
「・・・ある組織がもう一度この事件を起こそうとしている・・・」
さらに追い打ちをかける信じられない話。
もはやアニメみたいな話になってきた。
「それはまた人口が半分消失するってことですか!?」
冷静な村崎さんが驚くような勢いで禿っ面の山田先生に迫った。
「そうだ。どんな組織かは話す事は出来ないが俺達は17年前の事件は実験に過ぎなく、今またこの時代にもう一度人類消失が起きると仮定している」
俺達と言ったが、山田先生はどっかの組織に所属でもしているのだろうか?
「しかも今度は17年前の比ではない。憶測に過ぎないのだが・・・今度はある数名の人間を除いて恐らく・・全ての人間が姿を消す」
どっひぇー!とテンションが高い人は驚きそうだが瀬川を除く三人のテンションは低く驚く様子もない。
驚くというより内心どうしても疑念の感情が蔓延っていてみたいで特に篠川さんは屋上に敷かれたタイルを見つめっ放しだ。
だがアケルや瀬川をフェルマーの最終定理に直面したような難しい顔をしている中、村崎さんだけは持ち前の頭脳の賜物なのか納得しているように見える。
「なるほど、それで過去に行けって事ですか・・・・」
やはり納得したようだ。どう今の話を聞けば納得できるのか?どうしてなるほどと理解したのか、村崎さんは大人びた口調で話し始めた。
「つまりこの現在に起こりうる人口消失を未然に防ぐため過去へ行き、17年前の実験段階で恐ろしい事件を企むその組織とやらを物理的に解体に追い込ませろってことですね?さらにそんな危険で重要な事を我々のような高校生程度に頼むということはこの件に関しては大人では対処できない。何か特別な事情でもあるんでしょうか」
鋭い思考と想像力に一同は驚き、筆者もこういう知的キャラがいて本当に助かっている。
これほどの推理力があるならアメリカにでも行ってFBIの未解決事件でも担当して次々の難事件を解決して欲しいと思うぐらいだ。
その前にサインの色紙を一枚もらっときたい。
「やはり鋭いな。流石は天下の天邦学園の元生徒だな。そう、17年前の消失事件は防げないかもしれないが少なくともその組織が運営する施設を潰しさえすれば今後起こりえる現象を防げる。そういうことだ。」
「じゃぁ、山田先生が直接過去に行って組織とやらを潰せば・・・」
すごい正論が飛び出た。西川師匠の目が飛び出るくらいの勢いで。
「そういけば楽なんだが。俺が過去に行くとちょっとしたまずいことになるんだ」
「・・・・まずいこと?」
ずっと黙っていた篠川さんがようやく口を開いた。
「17年前にも俺、いや17年前の俺が存在しているわけでもし俺が過去にいったら一つの時代に二人の山田教師がいることになっちまう。普通過去と現在は交わることはなくそれぞれ独立した空間になっていて、そしてそれぞれの空間毎に俺は存在するわけだが決して何十人ものが俺がいるわけではなく一人の俺が全ての空間を一貫して存在しているわけだ。だから俺自身が過去に行ってしまうと何かしら空間に影響を及ぼしてしまいかねん。そこでお前達に行ってもらいたいってわけさ」
長いセリフのせいでアケルの脳はこんがらがっている。筆者の脳もこんがらがっている。
「えーっと、つまり先生の過去に行けないわけで代わりに俺達が行くしかないってことですか?それならなんで俺達なんですか?」
またもや正論。今日のアケルは調子がいい。
「アケルは入口が封鎖されているのを見たらしいが、恐らく他のやつは入口はただのドアに見えただろう。これはドア一帯に特殊なカーテンみたいなものがあってな、ある電磁波を受けることで脳に直接視覚として送り込まれるようになっている。それのせいで見えるのが異様にデカい南京錠の電子キーなわけだ」
「でも俺が最初にここに来たときとか、今日ここに来た時も普通のドアに見えたのに昨日だけはその南京錠とかが見えたぜ」
「ふむ。それはおそらく昨日が来た時お前以外の人間がいたからだ」
アケルは思い返すと、そういえば山吹と黄橋が横にいたのを思い出した。
「このカーテンはな、人間が常に発している電磁波を感知してるんだ。そのせいであの二人がいた時はカーテンが作用し違うものが見えたわけだ。それでここが重要なポイントだ。どうしてお前達にはこのカーテンが作用しなかったのか?それはお前達の体に関係していてな、放出する電磁波が一定量超えるとカーテンは解除される。つまりお前達は常人より強い電磁波を無意識のうちに出している。喜べよ。これは先天性なものでな、こういう人間はなかなか生まれてこない」
電磁波が強いって言われるのは褒め言葉かどうかはわかりかねるが、言われてもちっともうれしくないので褒め言葉とはいいにくいな。
それにどうやら山田先生は重要なことをかなり焦らして言う性格ならしい。
アケルの1つ前の質問を返答がまだだ。
焦らし耐えかねた瀬川が不機嫌そうに貧乏ゆすりをしている。
「だから先生!それと私達に何の関係が?」
「おっといけねぇ話が逸れていたか。あれだ、俺達が開発した次元断層固定剤と異空間物質転送装置がお前達が発する電磁波にかーなり影響するわけだ。どう影響するかは端折らせてもらうぞ」
全てを話終わったのか山田先生はそれ以降何も話さずに屋上を後にした。
その場に残された四人は重大なことを聞かされるだけ聞かされて、まるで探偵が調子に乗って熱弁する推理を仕方なく聞いてあげたような何とも言えない複雑な気持ちであった。
人口の半分消失?過去に行く?電磁波?異空間なんとかなんとか?初めて聞く言葉が多すぎて違う国に来てしまった感じがある。
瀬川は納得しきれていないようなやり切れないような顔で貧乏揺すりを続け、篠川さんも大都会にふらりと来てしまった森の妖精の如く現場の息苦しさに参ったようで先に帰ってしまった。村崎さんもほぼ同様な理由で屋上から消えた。
そんなわけで先生が去った後、皆特に何も話さず屋上を後にしてアケルも瀬川と帰路についた。
昨晩は山田先生の重大かつトリッキーな話のせいで十分に睡眠を摂ることの出来なかったアケルはあまりテンションが上がらないまま午前の授業を睡眠を挟みながら受けていた。
授業終了の予令が鳴るとアルカトラズから解放された死刑囚のように突然踊りだすような生徒は流石にいないが、多くの生徒が伸びをしたり友達と話したりと与えられた短い昼休みの時間を堪能しているように見える。
昨日の先生の話がイマイチ信じ切れないアケルは机の上に沈んだまま窓から見える外の風景がいつものと変わっていないことにどこか安堵して昨日のことを回想していた。
「あれは本当なのかなぁ?」
「何一人で呟いてんの?新手の病気か?新手の病気なのか、おい?」
同じセリフを二回も言ったのは二条朱音である。
瀬川ともいい勝負が出来そうなその性格は実に大雑把で、日直サボり率68%はアケルに次いで二位を獲得し、また接しやすいその人柄に友達も多く男子も含めこのクラスでは人気アイドルに近い存在だ。
「・・・別になんでもねーよ」
「まぁ悩みを聞いてやるほどうちは暇じゃないし、もし悩んでたとしてもうちじゃたぶん解決できないだろうし」
「・・・結構ひでーやつだな、お前は」
「しょうがねーだろ。まぁとりあえず悩むよりは行動するタイプじゃなかったっけ?あんたは?」
それだけ言うと二条さんは女子の輪に戻り、友達と昼休み特有の机の配置で飯を囲みながら談笑していた。
アケルにとってあの事件が本当だったがどうかなんてのは今の状況では知りえないし別に知りたくもない事だった。それに過去に行くなんてのは絶対に面倒に決まってる。
でも山田先生の推理が正しくこれから再び17年前と同様の消失事件なんだかが起きてしまったらアケル自身が事件の結果通り消えてしまうかもしれない。いくらアケルでも黙って自分がこの世から跡形もなく消えてしまうのは我慢ならないし、折角篠川さんみたいな天使の翼を持った麗しき高校生と出会ったのだから、この過去への大冒険みたいなSF小説的な体験を生かして彼女とお近づきになるってのもいい案だろう。
過去に行って組織とやらの実験とかをぶっつぶす。まぁ失敗しても現在に戻り再び過去に行って一度目の失敗を生かして再挑戦すればいいと軽い気持ちだったアケルはこれから先に起こる数ある災難に出会うことも知らずに悠々と山吹達の弁当を胃にかき込んでいた。
物理って難しいね。
電磁波とか次元とかの質問・苦情は一切受け付けません。