第六話:亀の甲羅は重いんだぜ
まず屋上に何があったのか?
そこから説明しなければ読者も納得できまい。
しかし問題は文才はおろか国語の成績もろくに楽観できない窮地に立たされている筆者がどこまで明瞭かつ簡潔にダラダラと述べられるかが鍵になる。
ぇ?早く続きを書け?固いこと言うなよ。今書くって。
屋上から見える空の風景はやたら気味が悪い暗色で、しかもこの異世界のような可笑しな空間に居合わせたのは階段を上り終わるまで妙なテンションだった瀬川と篠川さんの愛くるしい文字で綴られた手紙にまんまと釣られたアケルだけではなく他にも人らしきものがいるようだ。
流石の瀬川も異常な屋上の風景にビビったのか怯んでいるみたい。それはちょっと可愛いらしい姿だ。
一歩足を前に進めると屋上に来ている暇人はどうやらアケル達を含めれば5人いて、その内の一人は関西の妖精こそ篠川瑠璃であった。
どうやら篠川さんもこちらに気付いたようで、円らな瞳を逸らしたり合わせたりと忙しい目の運動をしながら、アケルは瀬川を無理やり引っ張りながら屋上の中心まで来た。
中心から見てもやはり空は不気味だ。そりゃそうか。
顔を伏せて手をもじもじしている篠川さんは何だかヤバい。昨日山吹が言ってた転校生の隠れファンクラブがあるらしいっていうのも今なら頷ける。
これはアケルの率直な意見だが100人の学生および残業に疲れたご主人にアンケート調査を行えば篠川さんはおそらく一番だろう。
一体何のアンケートでどんな内容かは面倒なので省略させていただく。皆の想像に託そう。
「・・・・来てくれたんですね」
篠川さんの小さな声は耳をすましてなければ風の音と間違えてしまうほどだが、奇妙なことに屋上は無風である。
「あなた方も呼ばれてたんですか」
これにも聞き覚えがある。今朝の麗しい美声の持ち主こと村崎アゲハだ。
こんな状況にも不謹慎に笑っている。それは特別な罪状がかかりそうな笑顔だ。
「あんた達も呼ばれたってことか?それより屋上は今どうなってんだよ!空は変だしなんだが暗し昨日来たときにあった馬鹿でかい鍵は無くなってるし何がどうなってんだか・・・」
もっともな意見のアケル。
瀬川が村崎さんに軽い挨拶をすると屋上の入口からやたら渋い声が聞こえた。
「おお、いささか集まってるようだな」
突如これまた聞き覚えあり面識ありの中年男性がアケル達が開けっ放しにしたドアからのっそりと背中に10キロの亀の甲羅を装着したみたいに入ってきた。
「山田先生!?」
ちょいと可哀想になるヘアースタイルとキュッときつく絞めたネクタイがチャームポイントの国語担任かつ生活指導部長の突然のお出ましだ。
だがいつもの授業中とでのイメージが違う。いやなんだろ、こう。うーむ、オーラが違うっていうのか、雰囲気が違う。ただならぬ雰囲気って感じ。
そのままゆっくり無言で屋上の中央まで来ると、夏休みの研究で植えた朝顔を観察するようにアケル達の顔をまじまじと見ると山田先生は顎鬚のせいで青くなった口元をゆるりと動かした。
「ふむ。さてこんなイケメン先生に突然呼び出されてドキドキしているだろうが落ち着いて聞いてくれ。まずはな――」
「ちょっと待ってて!意味がわからん。なんだよこの状況は!?なんで空がこんな気色悪いことになってんの!?」
「だから慌てんなって!お兄さんがゆっくりわかりやすく教えてやるから。たぶんそれでお前達が考えてる事は全てつながるはずだから。お前たちはそれなりに頭もいいしな」
アケルも含めて全員、言いたい事が山ほどあるのだが必死に堪えた。
堪える理由にもそれなりにあって山田先生は生徒間でも割と人気の高い先生で担当の国語に限らず教えることに関しては他の先生とは群を抜いており面以外では女子にも人気がある。
だからアケル達はしぶしぶ口にチャックをした。
それと山田先生は温海先生とはよく飲みに行く仲のようで一部の生徒からは「親父二槍」とも謳われている。まぁどうでもいい話なのだが。それと山田先生は自らをお兄さんと呼べる年齢ではない。
「さー諸君。聞きたい事が沢山あるようだが物事は順序ってのが重要でなまずはここに皆を集めた理由から話そうか?」
「・・・篠川さんも村崎さんもあいつに呼ばれたの?」
ヒソヒソ声で語りかけるアケルに両名は首を縦に振った。
それにしても腕組みをしながら不気味に暗い空を見上げている山田先生の後頭部はやはり何時見ても残念に尽きる。
「まぁ呼んだ理由は簡単でな」
溜まった唾を飲み込み喉が唸る。
「お前達に過去に行ってもらいたい」
えらい突発的だ。ここはバラエティ番組ではない。
最初にその言葉を聞いた時は久々に山田先生のギャグが出たなと半分笑っていいとこか考えたがすぐにそんな考えは蛍の光の如く小さく消え去り、アケルの後ろで珍しく黙り込んでいた瀬川が三人が思っていることを代弁した。
「先生、言っている意味が全然わかりません!」
「ふぅ、そう言うと思ったよ、瀬川。お前は授業中でも質問が唐突だからな。こないだの国語の時間でも――」
「あれは関係ありません!それよりもっと具体的に詳しく教えてください!それとも冗談ですか?」
瀬川の授業中の質問が激しく気になったがここでそれを尋ねるのは所謂『空気が読めない』人みたいに捉われかねないのでここは山田先生の返答を大人しく待つことにした。
「冗談でお前らを呼ぶほど俺は暇じゃないよ。それに詳しくって言われても言葉そのまんまの意味だ」
過去に行く、某ネコ型ロボットと眼鏡の少年が使用するようなマシーンでも使って恐竜に会って来いとか織田信長に会って本能寺には行くなって伝えて来るとか、考えてみると意外と面白そうだと思ったアケルは誰にも責められないだろう。
「じゃぁ、どうやって過去になんて行くんですか?先生はドラ●もん何ですか?」
さらに追及する瀬川。
「まさか、ありゃアニメだ。ぁ、でもこれも小説か。えーっとな過去に行く方法をお前らに説明してもとてもじゃないが理解できないよ。簡略化すれば時間移動と空間移動はさほど違わないって事だ」
「それでは私達が何故過去になど行かなくてはいけないのでしょう?」
冷静に質問する村崎さんはやはり大人だ。見かけでの判断だが。
「ぉ、流石にいい質問だな。今日お前たちに話したい事はそれなんだよ!」
今日って事は明日も明後日もあるってことなのか?
案外暇なんだな山田先生はっと思いながら何か言いたそうな瀬川を視界の端で捕えたが、すぐに山田先生に視線を戻した。
「過去って言ってもお前たちは知っているような白亜紀や江戸時代とかではない。瀬川のお望み通り具体的な数字で言うと・・・17年前。お前達が生まれるちょっと前だな」
「17年前?もし過去に行けたとしてもそんな時代に行ってどうしろっていうんですか?」
アケルも質問を続ける。
「ふむ。お前らはなまだ知らないと思うのだが17年前・・・世界的規模の謎の怪奇事件が起きた」
山田先生の表情はいつの間にか深刻なものとなっており、相変わらずの空模様と比例するようにアケル達を取り巻く空気も淀んできた。
険しい顔をしている篠川さんは山田先生の言葉を直に受け取っているようでその純粋さはそこら辺から突然現れた男性にさえ母性本能を促してしまう気がする。
一方、村崎さんと瀬川の表情は硬く俄かに山田先生の言葉を信じていないようにも見え、まぁ大抵の人がこんな話をされて納得するわずがない。
「それがどんな事件だったんですか?」
「・・・・・・」
一瞬山田先生が黙った。自分で話初めてときながら。
「17年前は世界の人口が歴年で最高となった年だった。さらに食糧不足・温暖化・自然災害がピークに達した年でもあった。今のお前達は想像もつかないような地獄。そんな時代だった。当然俺の家族や日本政府もこの世界的大混乱に影響を受けた。今までの生活が嘘だったかのように一変してな。死ぬ思いだった。いっそう死んだほうがましだとも思った。そんな時代の混乱に起きたんだよ、その事件は」
長いセリフだったが流石国語教師だけあって一回も噛むこともなく、一息ついた。
「そんな時代が本当にあったんですか?歴史の教科書には特になんの記述もなかったですよ!」
「ああ、その事件は日本政府いや世界政府の圧力によって末梢された。その理由は俺にもわからん。だがそのせいで凶悪かつ怪奇的な出来事だったのに関わらず今じゃその事件を鮮明に覚えているものも少ないのが現状だ。不思議だろ?」
不思議も何もアケル達の思考回路は不思議に思うところまでついていけていない。
とりあえず核心を知りたいものだ。
「それで一体何が起きたっていうんですか?」
「・・・・これは嘘でも何でもない。事実だ」
「・・・・・・・・・・」
一同が黙りこむ。
「17年前・・・。大混乱の時代に突如、40億人もの人間が姿を消した。当時の人口総数は約80億人だから半分、いやそれ以上かなり多くの人間が何の前触れもなく姿を消した。疑わしいだろうがこれは事実だ。インチキ都市伝説でもなんでもない。実際にあったことだ」
己の耳が変になったのかと無造作に耳たぶをいじったアケルだったが、この告知が山田先生ではなく山吹だったならなんの考えもなくテキトーに受け答えをして終わる。
だが山田先生はかなり深刻な顔をしていて、ここにドッキリでした!なんて看板が出てきたら間違いなく大成功だろう。
しかし屋上には隠れられそうな場所もなく、アケルが開けっ放しにしたドアも山田先生によって閉められていてとてもじゃないがドッキリのスタッフがいるようには思えない。
では山田先生の言っていることを事実だと考えよう。人口の半分が消えた。常人なら普通は信じられない話。当たり前だろ?それにこれが事実なら、覚えている人が少ないってのはなんなんだ?政府がその事実を隠蔽しようとしたとしても覚えている人が少ないなんてのはありえない。夏休みが終わって登校した初日に生徒が半分消えてしまった!なんてことが起きたら大事件になるしそんなの忘れようとするほうが難しい。
しかし現在の世界は普通そのものだ。特に温暖化が進んでるわけもなく災害もそんな頻繁に起きちゃいない。すごく平和な日々だ。だからそんな事件は起きていない。
これがアケル達を悩ませ疑わしさを上昇させてしまっているこの時代の事実である。
時は2030年。地球に平和がもたらされた時代。
アケルは無風だと思っていた屋上に強い風が吹いたのを感じた。
後で呼んでベタ過ぎて一人で笑った。
それにしても俺は文才がないと意気消沈。