第五話:これなんてエロゲ?
「なんで俺に決闘なんか申し込んだだよ?」
朝一番に通学路でアケルは聞いた。
昨夜はなかなか寝付けなかったためアルファベット一文字で表記される名探偵みたいに目の下にはどす黒いくまが出来ており、昨日唐突に家の支配権を強奪しようと家に上がりこんでいた無敵超人女子高生(瀬川さん)は周りにも眠気を誘うような欠伸をして目を糸みたいに細めながらアケルと肩を並べ登校していた。
これは奇遇な事に瀬川さんも日直だったという理由でのことだ。
「今は話しかけないで。疲れる」
低血圧なのかテンションの低い瀬川さんはやけに新鮮に感じる。いつものテンションが高すぎるだけなのだろうか?
相変わらず鉄の城である校舎は健在で、まぁ朝来てみたら学校がないって事態がたまには起きてほしいなとは思うがそんな都合のよい事が起きるわけもなく、げた箱に靴をしまうと瀬川さんとはクラスが違うので一階の廊下で別れた。
別れたというよりはいつの間にか隣から消えていたような感じで特に別れの挨拶もなかった。
教室にはすでに久賀さんが来ていてせっせと黒板を掃除していたので、アケルは無心で机の整頓をしていた。珍しくサボらないで日直の仕事を完遂した。
朝にはひどく疲れが出ていたアケルも午前の授業を回復時間に割り当て昼休みにはいつも通りの姿に復活し、例の如く二人の弁当を美味しく頂いている。
「少しは遠慮ってもの知ったらどうなんだよ。たまには自分で弁当ぐらい持ってこいよな!」
このセリフも入学当初初めて弁当を分け与えてもらって以来ほぼ毎日聞いている。
昨日は逃げ回っていたせいで聞けなかったのだが。
「いいじゃん。俺の血と肉となるならお前の弁当も本能だって」
山吹の弁当はすでに完食しており、お次の黄橋の弁当に取り掛かっていた。
「そういえば昨日の用事ってなんだったんだい?」
黄橋が机に肘を付け顎を支えながら興味ありげに尋ねた。
便乗する山吹もいつにもない気持ち悪い顔でアケルを見つめている。
「何もねーよ。ちょっと屋上に行って空眺めてただけさ」
「屋上に?何言ってんだ?屋上は鍵ついてるし入れないだろ」
「鍵?ああ、あの壊れたやつ?あれはもうかれこれ入学式から壊れてて使い物にならねぇよ」
「そんなわけないだろ。一昨日俺が屋上に行った時はめっちゃデカイ南京錠と変な機械っぽい鍵がついてて入ることなんてできなかったぞ」
そんな馬鹿な。アケルは昨日も一昨日も屋上には足を運んでいるわけで、それにデッカい南京錠なんてのも見かけてすらいない。
「どうせ、またお前の夢の中でだろ?」
「なんだ、また山吹の妄言かぁ」
以前に山吹は学校のトイレで花子さんを見たただの、この学校の校長先生は実はサ●ヤ人なんだよとか他愛もない話をしていてこういう系統の話は信頼度0なのだ。
「夢じゃねーって本当に見たんだよ」
「もう、いいじゃん山吹。ボクハオマエヲシンジテイルカラ」
最後が棒読みである。
「ふん、まぁ真実は屋上に行ってみればわかるしな。よし今日の放課後は屋上に行こう」
山吹はかなり乗り気で、アケルは黄橋母渾身の卵焼きの絶妙な甘さ加減と焼き具合を堪能していた。
厄介な掃除も終わり誰もいなくなった校内でアケルは山吹らと屋上に向かっていた。
山吹は何度も夢じゃないと弁明するが驚くことに今回ばかりは山吹が正解であった。
屋上のドアには10センチぐらいの南京錠と指紋認識の電子キーが備わっており、ルパンぐらいじゃないと開けられないようなドアに三人はとにかく驚かされていて、それより山吹の言っていたことが正しかったという事実にアケルは唖然としている。
「ほら言っただろ?これじゃ誰も入れないよな。ちょっとやり過ぎだと思うぞ俺は」
しかし昨日の一件を考えると確かに屋上には入り込めたわけだし、第一アケルの他にも超人女子高生瀬川も屋上に入れてそこで決闘して昨日あんな面倒な目に会ったんだから、少なくとも一昨日ではなく昨日、瀬川が帰った後にでも校長先生や業者の方々がわざわざいらして鍵を頑丈なものに作り替えたのだろうというのがアケルの導き出した結論である。
「うーむ、でも一昨日もこんな感じだった気がするんだけどなぁ」
やや弱気な山吹。
もう少し観察していきたかったが国語担当の山田先生が見回りで屋上に現れ、とっくに完全下校の時間が過ぎているぞと怒鳴られ急いで学校から出た。
外は結構日が暮れていて夕日が通学路を綺麗なオレンジ色に塗りあげると、どこかたともなく少し強い風が吹いた。その風は屋上で味わうものとかなり近い。
「なぁ俺の言ってることもあながち間違いじゃないだろ?」
「そうだな」
信号が赤に変わり歩くのを止めると、一人の女子生徒が視界に入った。
後姿だけだがアケルでもわかる。あの人は絶対に美人だ。
すると山吹がヒソヒソ声で
「おい、あれ見ろよ。あの制服は県内トップの女子高のやつだぜ」
驚くことにアケル達が通っている高校も実は県内でも上位に入るような進学校でアケルも含め山吹も黄橋もそれなりに成績は優秀であるのだ。
それでも県内女子高のトップと評される天邦学園には敵わないが。
「それにしてもありゃかなりスタイルがいいな。きっと顔もいいに違いない」
腕組みをしている山吹はうんうんと頷いている。
珍しく山吹と意見があったアケルはちょっと嫌そうな顔をしたがすぐに修正した。
「確かにあれは美人だろうね」
黄橋も山吹に賛同している。
信号が青に変わると同時に三人は歩き出したが、アケルはその才女に見とれていたのか少し歩きだすのが遅れてしまった。
はっとし歩きだすと、一瞬その才女がこちらを振り返ったような気がした。
「ほれモタモタすんなよ」
途中山吹らと別れた後もその才女の事が気になって帰りに弁当を買うのを忘れてしまった。
家に帰ると不思議と鍵が開いていたが理由は簡単ですでに居候が帰宅していただけである。
「遅い。夕飯は?」
・・・・・・・・・。アケルは溜息をついて鞄を玄関に放り投げコンビニへと足を運んだ。
その夜は特になんもなく、来客用の布団を出してやっただけで特に面白い事は起きなかった。
女子高生と同棲に近い生活をおくってるだけで随分面白い話なんだがな。
次の日は瀬川はすでに家を出たようで、なんだか久々に一人の朝を迎えたアケルは日直という身でありながらカタツムリ並みの鈍さでダラダラと家を出た。
いつも通りの通学路だが今日は違った。
「おはよう」
知らない声。でも一言聞いただけで話し手の性格が窺えるような優しいものだ。
「ん、おはよう?」
次は知らない顔。御姉さん的な雰囲気を醸し出している美女は昨日の横断歩道で見とれていた子に似ている。
信号機が赤色になったため歩みを止めた。
「ふふ。昨日もここで会ったわね」
どうやら本人だそうだ。
肩までかかるストレートの美しい髪に黒縁の眼鏡をかけた才女は瀬川や篠川さんにも負けず劣らずの美人でエロゲなみのキャスティングに筆者もうろたえている。
でも女たらしの山吹によるとその美女は天邦学園の生徒だと聞いていたのだが今はアケル達が通っている高校の制服を着ている。どちらも非常によく似合っているなぁ。
「ちょっと事情があってね。こっちの学校に移ったの」
信号機がようやく青だか緑だかに変わり再び歩み始めた。
身長はアケルぐらいあって制服の上からでもスタイルのよさがわかり、初対面にも関わらず一緒に登校してしまうという現役男子生徒にとってものすごく美味しいイベントに遭遇したことにちょっとニヤニヤしながら、学校へ向かった。
「私の名前は村崎アゲハ。変わってる名前でしょ」
「俺はアケル。まぁ、普通にアケルって呼んでください」
所々、語尾が敬語になってしまうのは向こうのお姉さんオーラのためである。わけわからんな。
村崎さんの話し方が上手なのか気づかぬうちにもう学校まで来てしまった。今日ほど通学路が短いと思った事は今まで生きてきて一度たりともなかったのだが、彼女は転入の手続きがあると言って職員室に向かいアケルは満足げに教室のドアを開けた。
「遅すぎ!遅刻!」
久賀さんが鬼のような形相でアケルを睨みつける。
だが、それに返答もすることもなく黙々と日直の仕事をしだした。
なんて単純な男なのだろう・・・・。
場面が変わって昼休みの図書館。なぜ図書館にいるのかと尋ねられれば、山吹の野郎が提出期限を二ヶ月も過ぎたプリントをコピーさせて欲しいの言ってきたからだ。
黄橋も一緒だ。
「もしかしてそれを提出すんのか?」
「あたぼうよ!それ以外になんの理由があるってんでい!」
筆者が教師なら二ヶ月過ぎたプリントを提出してもらっても成績には一点も加算しないだろう。
つーか、おかしなしゃべり方には皆、無関心なのね。
「そーいや今日二年に転校生が来たらしいぜ」
山吹はコピーし終わったプリントをひらひらさせている。
流石に情報が早いなアケルは関心しつつ、すでに面識あるその女子高生の名前を切り出したら山吹は素っ頓狂な顔で何故アケルが知っているんだと疑問を抱きながらいろいろ説明を乞われた。
「しっかし珍しいよな。今月に入って二人も転校生が来るなんて」
屋上で出会った篠川さんはどうやら隣のクラスにいるという情報を得たので早速アケルは会いに行こうとしたがコピー如きに時間を費やしすぎたため昼休み終了の予令がむなしく響き渡った。
午後の授業は体育だった。しかもプール。
2時間連続で行われた水遊びのせいで全身の筋肉が休憩を求めているのがアケルの様子を見れば、どんなに恋に鈍感な庶民でも気づくだろう。
担任の先生もかなり面倒くさがり屋でテキトーに明日の連絡をしてすぐさま下校となった。
しかしあまりの疲労で机から動かないアケルのせいで教室掃除は已む無く箒で掃くだけの掃除となった。
「おーい起きろアケル!」
夢で呼ばれた気がした。ガバっと起き上った寝起きのアケルの目の前にいたのは格闘少女こそ瀬川碧だった。毎回呼び名が変わってるなぁ。
いつの間にか眠っていたアケルの涎で机は半洪水気味で瀬川がくれたティッシュで綺麗に拭き取り、礼を言うと小さい右手の拳を突きつけていた。
「篠川さんから手紙だって。そういえばあんたを家に運ぶのに手伝ってくれたのもあの子なんだよね」
それを聞くと同時にアケルの妄想ワールドが広がっていく。
――しまったあああ。くそう、なんで気絶なんかしてたんだ俺は!上手く気絶した振りをしていれば篠川さんと直に触れあうなどという奇跡いや幻のシチュエーションが心行くまで堪能できたのに。俺は馬鹿だ。今すぐ吊ってこよう・・・。
「また馬鹿な妄想してんでしょ!それより手紙にはなんて書いてあんの。起きたらすぐ読むよう言われたのよ」
「しょうがねーな」
アケルさんへ。
寝ている時にすいません(><)
もし良かったら起きた後に屋上に来てくれませんか?
待ってますんで。
P,S瀬川さんもよろしけば連れてきて構いませんよ
篠川瑠璃より
最後のP,Sがすっごく余計。
会話はあまりしそうにない子でもこういう手紙という古来的手段を用いれば少しは意思疎通が出来るんだなと思いながら瀬川に腕を引っ張られて屋上に向かっているアケルは何処かMな気がしなくもない。
篠川さんがどうしてこんな手紙を拵えたのかは不明だが、あの篠川さんに屋上で待ってますなんて言われたらそんな事を考えるのは失礼ってもんだ。
それより昨日見た様子だと屋上にはどでかい鍵と電子キーがあるから入れるわけもないのになんでまた屋上で待っているのか。
まさか篠川さんがルパンもびっくりの技術で電子キーを解除しつつ南京錠をぶっ壊してしまった、なんて事はないよなぁ?
屋上に到着するまでの5分間のアケルの思考が命中した。
なんと屋上のドアにはでっかい南京錠も電子キーも後かたもなく消えうせていて、まるで篠川さんはこういう系のプロだったのかとツッコミを入れたくなる状態だった。
瀬川が思いっきりドアを開けた。
おかげでアケルは死ぬほどびっくりした。
しかしそれをさらにびっくりする出来事が待っていた。
ドアの向こうの世界はアケルの知っている屋上ではなかった。
「まず空の様子が変である。それが第一に思ったことだ」(アケルの後日談)
自分で書いてて思うのだがどうして瀬川以外の女性キャラはさん付けなのか不思議に思う。