第四話:猪突猛進
目覚めると良く見る天井があった。
朦朧としていて目覚めから数分は体も思い通り動かず、ひたすら見飽きるほどなんの変哲もない天井を目を細くして見つめるだけだったが、思ったより気分は悪くない。
自分の家だとすぐに気づいたのだが、しかしそれを否定する要素になりうる可能性が出てきた。
「あら起きたの?」
自分好みのアイドルのポスターが貼ってあるドアの傍にそいつはいた。
聞き覚えのある声だ。あの力強いやつ。
「ぁぁ、誰?」
恐る恐る確認してみる。
「二回も自己紹介をするつもりなんてないわ」
可能性は核心へと変貌する。
放課後に突然襲い掛かってきた女子高生の振りをした悪魔だ。
「なんでお前が俺の家にいんだよ」
二度もってヘンテコなあだ名みたいなのしか紹介されていないが
「なんでって?決闘にあたしが勝ったからよ!」
だんだんアケルも思考回路が復活してきたようだ。
「決闘?ぁー、思い出してきたわ。あれってお前が勝ったのか?」
「何言ってんのよ。当たり前でしょ、そんなの!あんたがあたしの一撃必殺の正拳突きでダウンしちゃったんだから」
どおりで腹が痛いって思った!みたいな顔をしたアケルの代わりに筆者がツッコミを入れた。
一撃必殺と言っても実際アケルは生きてるジャン!
「筆者は黙ってなさい!」
ごめんなさい。
「まぁ、そんなわけであたしが勝ったんだから一つお願いを聞いてもらうから。えーっとね――」
「ちょ、ちょっと待て!慌てるな。なんでそんな面倒くさいことを俺がやらないといけない」
「約束したでしょ!守んなさいよ!」
「それはそうだが、お前が家にいる理由と約束の件は関係ないだろ」
必死に食い下がるアケルは面倒事に対しては過敏である。
時間がわからないが窓からはすでに光が消え失せているようで、自分の着ている衣服がまだ制服であることに気付きドアの傍で壁にもたれている少女に着替えてから話すと言って無理やり追い出し普段着を装着した。
「それでどうやってこの家に入ったんだよ」
「鍵開いてたし」
「そんな不用心なことするわけないだろ」
自信ありげに言いきった。
「開いてたものは開いてたんだからしょうがないでしょ」
「じゃぁ、俺をどうやって学校からベットまで運んだ?」
「そうそう、あんたをKOしてからどうしようかと思ってたけど、突然可愛らしい女の子が来てね、その子に協力してもらって漸くあんたを運び込んだわけ。感謝しなさいよ!」
「可愛らしい女の子?」
「うん。あんましゃべらなくて取っ付き難かったけど、あんないい子はそうはいないわね」
「名前は?」
「そういえば聞いてなかったな」
おいおいなんだそれはと思わせるテキトーさだがいちいち突っ込むのも疲れるのでここは読者の心の中でツッコンでくれれば幸いである。
「それじゃお願い聞いてくれる?」
ぬっと顔を近づけ相変わらず並盛以下の胸元をまじまじと確認しながら返答する。
「この家を譲って欲しいの!」
ふざんけんな、死ね。と普通の高校生なら口にするだろう。死ねなんてあんま言うもんじゃないが。
あまりにも直球すぎるお願いに有名ベテラン捕手もパスボール。
ある程度のお願いなら覚悟していただろうアケルもまさか我が家を奪われるような願望を突きつけられるとは、予想できただろうか?
「常識的に考えて無理だ、そんな事は!」
否定。とにかく否定。いくらお願いと言っても吹っ飛び過ぎている。
吹っ飛び過ぎてて理由を聞くのも忘れてしまっている。
「いいじゃん、あんたなら大丈夫よ」
何が大丈夫なのか意味不明だが、ここばかりはアケルも引けない。
「つーかなんで家が必要なんだよ。自分の家があるだろ!」
「いいでしょ、なんでも!今は家が必要なのよ!可愛い女子高生に野宿させる気?」
ガンとして理由を言わない強気な女子生徒は名前さえも言わない。
家が必要って事は家がない状況に置かれていてるのか、そうだったとしたら確かに困却している女子高生を理不尽に追い返すのも心苦しい。
しかしその程度の同情でこの居城を明け渡すとするならば今度は自分の居場所がなくなってしまうしそれではなんの解決にもならない。
だからと言ってこのまま手を拱いていても、これじゃ夕飯すらおいしく頂けないし第一アケルは料理できないのでコンビニにまで出張ってこなければいけないのだが。
結局、話はまとまらずグダグダなまま午後九時を迎えた。
「いい加減にあきらめたら?賭けに負けたのはあんただし」
諦めたら今夜は野宿だ、いや今日どころか明日も明後日も下手したら一生野宿だろ。
「諦めるわけねーだろ!お前もなんかいい策を考えろよ!」
「まぁ、いいわ。代わりに今日は泊めてもらうから」
華麗に話を逸らしたと思ったら、ん、これは冗談か?ワハハハ
「はぁ?な、なんでお前がうちに泊まるんだよ!第一突然なんだよ!?」
「だから家がないんだって言ったでしょ!せめて今日ぐらいいいでしょ!」
この怒鳴り声に近い会話のせいで隣の田中さん(今年で二浪の医学部希望の受験生)が何事かと尋ねてきたが、ちょっと電話で喧嘩してなどというベタな嘘でなんとか問題はない追い帰した。
それにしても家がないってのは本当なのか、信じ難いがここまで言い張るってことはマジなのか?
アケルはふと時計に目を向けると短い針が9長い針が6を指しており、自分の空腹感にも限界が訪れたことを悟りしぶしぶ承諾するしかなかった。
しかし思春期真っ最中の男子生徒の家に泊まろうとする女子高生は珍しい、いや珍しいで表現する言語領域を軽く超えている。
彼女の秘めたるパワーを知っているので、これ以上断るのは命にかかわるとも判断したアケルであったがせっかく女の子を家に泊めるというのに、うっかり入浴中を覗いてしまったなどという軽いジョークも出来ない状況に少し不満があるようだ。無理もない。
アケルが承諾するとすぐにお風呂を借りるわよと言ってピシャリと脱衣所のドアを閉めた。
覗くなよとまで言わなかったのは、覗きOKと解釈していいのか?
さて空腹による腹の鳴き声に耐えかねて近所のコンビニにやってきたアケルであったが、突然の居候にも夕飯を買っていくべきなのか弁当が陳列している所で真剣な顔して構えている。
あまりにも真剣な顔のせいでお客さんも含め店員も宇宙から突如飛来してきた生き物をみるかのように一驚を喫している。
ケータイがあれば家にでも電話して居候に聞けばよかったのだが、その大事なケータイはどこかに落としてしまった。
結局、二人分のお弁当(から揚げ弁当と普通ののり弁)合計890円を悩みに悩んで末お買い上げして家に戻った。
家に帰ってきたのはよいが、どうやらまだ居候は風呂に入ってるらしい。コンビニ行って戻ってくるまで30分弱。
女の長風呂に呆れながら早速買ってきた弁当に手をつける。
「あたし、から揚げ弁当ね」
随分タイミングよくお風呂から上がったようだ。しかも食べるらしい。
しかも、白い肌からは湯気が立っており頬もほんのり赤くバスタオル(アケルの来客用タオル)一枚で身を包みもう滅茶苦茶無防備だ。
「俺が買ってきたんだから俺に選ぶ権利がある」
お風呂上がりの美少女から目線を外そうと冷蔵庫に飲み物を取りに行く素振りを見せる。
「ここはあたしの家なんだから全ての選択権利はあたしに属しているわ!」
――なんでおめーの家になってんだよ。
と心の中でツッコムアケル。
半裸状態でそんな事を言われてもなぁ。
てかここで新たな問題が浮上する。
彼女の服はどうするのか?アケルは勿論、女性の下着を集めるような最低の趣味はないし男性用の下着を着せるわけにもいくまい。ちょっとは着てほしいが。おっと失言だな。
「そこにあるバッグ取って!」
テーブルの下に通学用の鞄がボテっと置いてあり、テーブルの角に頭をぶつけそうになりながらなんとか渡してようだ。
それから4,5分。
チェックのショートパンツと可愛らしい黄色のオフネックTシャツを着て脱衣所から現れたその姿にアケルもちょっと興奮気味。
「それじゃ、弁当を頂くかとするかしら」
勿論、から揚げ弁当に手を出している。
言い合っても無駄だと学習したアケルは、それはもう尻に敷かれる夫の如くいそいそとから揚げ弁当を献上した。
沈黙の食卓はまるで深海にいるようで、重苦しい空気のままのり弁当を軽くたいらげてしまうと
「瀬川碧」
なんの前触れもなく口にした。
そいつは最後のから揚げをほおばるとムシャムシャしながら言った。
「あたしの、もぐもぐ、名前よ」
とりあえず口にものを入れたまましゃべるな。行儀が悪いぞ。
「あんたも居候になるなら主人の名前ぐらい覚えとかないと」
いつの間にかアケルが居候扱いになっている。
受け答えをするのも面倒になったアケルはああ、そうと言って、そそくさと風呂場へ現実から逃避するように逃げ込んだ。
脱衣所には女性ものの下着やら制服が放置してあってそれはもうすっごく対処に困った。
出来るだけ見ないように洗濯機に放り込むアケルの姿はなんて純情なのだろう!
アケルは風呂から出た後は特に何事もなく勝手にテレビを点けてゲラゲラと笑っている瀬川さん(だっけか?)をちらっと確認すると自分の部屋へ直進しガバっとベットにもぐりこんだ。
――ぁぁ、面倒だな。これからどうすればいいんだよ!
何か抜本的アイディアがないかと試行錯誤しているとリビングから聞こえていたうっさい笑い声が聞こえなくなった。
ようやく寝たのかと安堵を感じながら重くなった瞼のせいでアケルは深い眠りについてしまう、はずだったのだがまぁ、隣の部屋で可愛い女子高生が寝ているとしたら誰も落ち着いては眠れないだろう。アケルも例外ではない。
そっとドアを開けて数センチしかない隙間からリビングを覗くと全ての電気は消されていて真っ暗なあまり瀬川さんがどこに寝ているか見えない。
少し考えた後、目覚まし時計が放つ僅かな光で瀬川さんを発見することが出来た。
ソファで何の品格も持たない無様な格好だったのだが、丁度ホタルが出す程度の弱い光が瀬川さんの顔を照らすと何かが反射した。
――涙か?
何故泣いているのかはわかりようがないし、それが涙だって証拠もない。
それでも詳しくは分からないがそれは確かに液体のような気がした。
それも目から垂れるように流れている液体だ。
それを視界にとらえた瞬間、アケルの中で何かが風船のようにしぼんでいき、溜息を一つつき自分の部屋に引きあげた。
ついでに引きあげる前に夏といっても腹を出してたら風邪をひくだろうと懸念しタオルケットを一枚かけてあげ、一応制服もハンガーにかけておいた。
その晩は腹の痛みのせいで寝るに寝付けなかったアケルであった。
相変わらずグダグダだなぁ。
でも次回からは大きく展開していけそうだ。(たぶん)