第三話:走馬灯って本当にあるのかなぁ。
屋上に行く途中のアケルは表面的にはしぶしぶといった感じで内面的にはもうただならぬテンションを抑えきれていない、云わば勝手に出来たと思い込んでいるテストの返却時みたいな感じだ。
わかりにくい人はわからなくてもこの話には影響はない。安心し給え。
「ふんふんふーん♪」
鼻歌を交えながら屋上にスキップの歩幅を二倍したぐらいの大スキップで階段を3段飛ばしながら駆け上がる。
傍から見ればもうそれはそれは変人ぶりでアケルを横目で捉えたものの多くは片手にケータイを忍ばせている。
ガラガラといつもよりさらに勢いよく壊れた鍵が意味もなく付いているドアを開けた。
今日三度目の屋上の光景。別に何も変わってない。
辺りを見回すが人っ子一人いないわけで昼休みと同様、気分は最高速度で落下。
いつも慣れているはずの冷たい強い風がやけにアケルをうならせる。
まぁ、ちょっと遅れてるんだな。先生かなんかの手伝いで職員室や家庭科室を行ったり来たりして学校中を回ってるからしょうがない。もうちょい待とう。
これが大まかなアケルに思考結果である。
夕日が暮れ始める。PM4時半。
アケルの顔はもうそれは可哀そうなものである。
せっかく、今年一番の出来だと信じていたテストの結果が赤点ぎりぎりなもんで、そりゃ精神力をバリバリに鍛え上げた偉大な僧侶でも自分の信じていた仏道が真赤な嘘だったなんて知ったら昇天間違いないだろう。
いい加減、誰かの悪戯と理解したのか重くなった腰をゆっくりと上げると行きとはまったく逆で一段一段静かに下りていく。
二回の階段の丁度一段目を下りようとしたときふいに一人の女子生徒が目に入った。
「あ〜、あんたちゃんと屋上で待ってなさいよ!」
人のブルーに染め上がった切れ布を神の息吹の如く吹き飛ばして、さらに物理的衝撃波も浴びせられるような男にも負けないムキムキの声量でアケルはその女の顔を見ずにはいられなかった。
思っていたより可愛らしい顔だ。
「あ?どちら様?」
「はぁ?どちら様も何も青空の覇者よ!もしかして挑戦状読んでないの!?」
「挑戦状?ああ、あのラブレターモドキのやつ?」
「へ?あれがラブレターに見えるってあんた視覚に尋常でない問題があるの?」
「うるせえな、でその青空の覇者さんが俺に何の用だよ?」
「決闘よ!」
「決闘?」
「そう!」
やけに短い会話の後、ちょっと沈黙が続くとその強気な少女が切り出した。
「わかったらとっとと屋上に行く!」
「ふざんけなよ、俺はそんな暇なんてなーよ。それになんで決闘なんだよ?」
「つべこべいわない!それに今までさんざん屋上で待ってたくせに忙しいっていうの?」
嫌な点を突いてくる。性格は悪そうだ。
「だからうっせーって!それじゃあな、どこぞの覇者さん」
「逃げんの?」
「・・・・・・」
ついに無視。まぁ、その気持ちもわからんでもない。
「明日、あんたに強姦されたって言いふらしてやる!」
ピタリと動きが止まる、アケル。
「きたねー女だな」
「あんたより頭が働くだけよ」
ここで突然現れたこの女子生徒の外見でも軽く説明しておこう。
髪型と言えば耳が髪に隠れるショートカットヘアで所謂ボヘミアンウルフってやつだ。
少し髪は茶色がかっておりスタイルというと少し胸部の発育が遅れているのが見て取れる。
下着の色までは流石にここで書くわけにはいかない。
顔立ちのほうはかなり整っていて瞳は大きく可愛らしいのだが口元だけはキリっとしていて強気な性格を露呈している。
まぁ、こんなもんだろう。一般人から見れば普通に美人だ。
さて本日四度目の屋上。
いい加減、この風景にも飽きたな。
「それで何の決闘なんだよ?」
珍しくテンションの低いアケルだが、この決闘に万が一勝ってしまったら今度はそれをネタにまた強姦だのと言い張ってこちらが負けるまで付き合わされるのではないかと想像を膨らませながら何か有効な策はないかと必死に模索した。
しかし浮かびあがらない。
「決闘は決闘よ!魂と魂のぶつかり合いを体と拳を使って表現するのよ!」
それは簡潔にまとめると喧嘩ってやつだろ。
弱々しい女子高生が育ち盛りの男子生徒に対して喧嘩を売るってのもよいものなのか?
「それじゃ、どちらかが参ったって言ったらその時点で決闘終了。いいわね?」
「あぁ、別に。俺は女相手だからって手加減しねーからな」
「あったりまえのクラッカーでしょ。手加減なんて許さないから!あんたも女の子に泣かされないよう少しは抵抗してみなさいよ!」
「うし。ぁ、そうだ、その前にお前の本当の名前は?いちいち青空の覇者なんて呼ぶのは恥ずかしいし面倒くさいし。教えてくれよ」
「しょうがないわね。えーっとね、わたしのな・・・じゃなくてそれはあんたが勝ったときのご褒美に取っておきなさい」
はぁ、そうですか。とやる気のないアケル。無理もない。
「じゃぁ、お前が勝ったらどうすんだ?」
「ぁ、それは考えてなかった。まぁ、いいわ。勝った後で考える」
やっぱり強気だ。絶対勝つって思ってる人の言いぶりだ。
――相手がこいつじゃなくて昼間に会った篠川さんなら喜んで闘ってやったのになぁ。
今頃何やってんのかなぁ?あーメルアドでも聞けばよかったな
「それじゃ行くわよ!」
どうぞ。
「ってい!!」
ドオオン!
思った以上にすごい音がなったな。
屋上のコンクリに拳をむけたまま、水蒸気?埃?かもわからない目に見える気体が女子とは思い難い拳から不気味に漂っている。
コンクリには1,2本のひび割れが出来ており、良く分からんがとんでもないパワーだ。
アケルも金縛りにかかったように動かない。血が冷たくなった。
「ちっ」
舌打ちしてからの0コンマ数秒の間に第二撃がアケルの頬を掠める。
辛うじて体を左に動かしたおかげで一撃必殺は免れたが、頬からは温い液体が垂れる。
何かしゃべろうとしても口が動かない。脳だけがフル回転に動いてく。
――おいおいなんて力だよ!逃げなきゃまずいだろこれは!てか人間業じゃねーよ
体を一生懸命ねじって逃げようとするとポケットからケータイがすべり落ちた。
ようやくアケルの体が本来の動きをし始めるのとほぼ同時に危険すぎる女子生徒に背中を向けひたすらを間合いを取ろうと努力するが、
「逃げんなよ!パンチが当たんないだろ!!」
そんなのは無駄で二条朱音も驚く瞬発力にすぐに間合いを詰められる。
当たったら間違いなく向こうの世界に連れて行かれるだろう。
「ちなみに逃げ帰ったら、強姦されたって言いふらすから!」
お前みたいな、どこぞの宇宙人も顔負けの力強いやつが誰に強姦されるのかはまったく不明だ。
アケルもひたすら逃げ回るがついに屋上が実はあんまり広くないことに後悔する時間が来てしまったようだ。
端っこに追い込まれたのである。
「これで逃げられないわね。降参するのなら今のうちよ!」
じりじりと近づいてくる殺人未遂の女子高生がこんなにも恐ろしいものだとはアケルも思っておらず緊急で行われた脳内首脳会議では降参9人反撃1人の多数決によって降参すること決まった。もちろんその決議にアケルも大賛成だったがアケルの口は思いがけないことを言い放つ。
「誰が降参するかよ。女子に負けるくらいなら強姦呼ばわりされたほうがマシってもんだ」
何言ってるのかアケル自身も理解できぬであろう。
反撃に一票を入れた脳内某国首相の渾身の一撃に違いない。
まったく迷惑な奴がいたもんだ。
「そ、そう。ならばこれでKOね!」
近づいてくる拳。飛ぶ汗。いつの間にか固まった頬の傷。何だがスローになったようだ。
――おお、これが死ぬ間際の走馬灯ってやつか。えらい短い人生だった。
その時、アケルの脳で過ったのは唯一心残りの少女:篠川瑠璃。可愛らしい少女だった。そうだな、今度あったら瑠璃ちゃんと呼ぼう。
会えたらの話なんだが。
バキッ
鈍い音と血の飛沫が背景とBGMにピッタリあうようなシチュエーション。
落ちてしまったケータイに表示されている時計はすでに5時を回っていた。
明らかにグダグダですね。
次回はもっと展開を速くしようかな。