第二話:差出人不明って怖いな
初めて聞いた関西弁の独特なイントネーションのおかげでアケルは午前の授業にはまったく身が入らず、たった一言だけの言葉に心の芯まで潤わされていた。
アケルがどんな顔で授業を受けていたかはご想像にお任せするが、四時間の授業のうちに六回ほど教師に指されるとは余程、間抜けな面をしていたか教師のカンに触るような変顔をしていたに違いない。
ようやく昼休み。普通の学生なら仲の良い友達や好きな女子に興味がないように見せかけながら上手く良いきっかけがないかと、からかう健全な男子高生がワイワイ騒ぎだす時間だが丁度この日に限っては教室にいつまでも駐在しているわけにはいかないらしい。
教室のドアが開くと同時に正体不明の熱気が辺りの女子生徒を教室の隅っこに追いやる。
「おーい、久賀。アケルのやつはいるか?」
「ぇ、ぁ、はいあそこに」
突然の指名で嫌そうに答えたのはアケルと同じ日直係りである久賀さんであった。
どうやらこれが原因ならしい。あれは生徒の中でも有名な熱血体育系教師:温海宗利46歳だ。この御時世に未だに竹刀を持ち歩いているのは、ネタなのかそれともガチなのか。
そんなことよりアケルは何か都合のよい事を久賀さんが言ってくれることを願っていたが、そんなものはいとも簡単に打ち破られご丁寧にもこちらの場所に指まで向けてくださった。
「やばい―――」
言い終わる前に驚異的な歩行速度で教室を飛び出し駆けていく。
途中、少女と肩をぶつけてしまい謝った。
後から追ってくる温海先生、46歳。
いささか竹刀が邪魔になっているようにも見えるがそんなことは関係ないと無駄に暑苦しい鬼ごっこが繰り広げられている。
まぁ、それでも年齢差31は温海先生に老いを感じさせるには十分すぎるくらいで5分ももたず暑苦しい鬼ごっこは幕が下りた。
「ふぇ〜、参るよなほんと。ぁ、やべ弁当教室だわ」
勿論、弁当なんてのはバックにも机の中にもないわけで、クラスメイトで親友である山吹隆と黄橋充の高校生にしては量の少なさに問題があるお弁当を、何の遠慮もなく半分ほどたいらげてしまうアケルであった。この哀れな犠牲者は今頃、今年で47歳になる温海先生に胸倉でも捕まれてアケルの動向でも問いただされているのだろう。ドンマイである。
流石に教室に戻って安穏に弁当を頂くわけにもいかないので仕方なく再び屋上に出向くことにした。
アケルが屋上に向かおうと思った理由には大きく二つある。
一つ目は屋上は暇潰しのベストポジションと言っても過言ではないほどの穴場なのだ。先生は放課後ぐらいにしか校内の循環としてでしか来なく、先生から逃げたり授業をサボるにはうってつけなのである。鍵を修理されればそれまでだがなかなか修理の予算が下りないのだろうか、入学式から一か月経った今でも無残にも壊れたままなのだ。修理費なんて大した事にはならないと思うのにね。
そして二つ目。むしろこちらの理由の方が大きい。
まぁ、読者もわかると思うが例の少女である。
今朝は一言交わした後、少女はすぐに駆け足で去ってしまったので会話以前に自己紹介に至ることも出来ずにいたが、またそれが逆にアケルの好奇心に火を点け彼女への関心が高まらせているようだ。
「またいるかな?あの子。今度は名前でも聞きたいんだがなぁ」
あの少女の事を考えていたらいつの間にか早足になっていたのにアケルは気づきもしなかった。なんせ自分の家に鍵をかけわすれるくらい(※一話参照)だからしょうがないのか。
意気揚揚と屋上に来たのはよいが残念な事に少女の姿はなかった。
期待していた分だけショックも大きかったに違いない。
しょんぼりした様子でフェンスを掴み眼下に広がる校庭を眺めながら、アケルの気持ちはブルーを通り越して紺色まで綺麗に染め上がり溜息をするほかなかった。
少女一人に会えないくらいでここまで落ち込むのも珍しいな、まったく。
「一体あの子はなんだったかなぁ?見ない顔だったから転校生かな?」
一人勝手に妄想を広げながら仰向けになり澄んだ空を見つめていた。
「またサボりやな・・・・」
「!!」
驚いて顔を上げるとそこには今朝と同様の可愛らしい顔と美しい髪が、天使の如く降臨なさっていて、天に召されちゃうんじゃないかと思わせたがアケルの頭上にはまだリングらしきものは見当たらない。
アケルは小さな天使が神の下に戻ってしまう前にどうしても確認したかったことを口にした。
「あ、あんた本当にここの生徒?」
「・・・・・うん」
「一年?」
「・・・・・うん」
同じような返答の繰り返しだったが尋問のような一問一答形式の質問の内容を大まかにまとめると別に彼女は神様か何かの使命でこの現世に現れたわけではなく、父親の転勤などといういたって普通な理由で今日から転校して来た女子高生だということだ。
所々、口走る関西弁はお婆ちゃんから受け継いだという。
実は関西弁などの有名な方便も含めこの時代にはすでに方便などは消失しかかっている。
その経緯は省くが関西弁やどこぞかの方便に大変、誇りや威厳を持っている方がいらっしゃたらここで謝っておこう。誠に申し訳ない。
「えーっと、ぁ、そうだあんた名前は?」
「・・・・・篠川瑠璃」
「ふ〜ん、それじゃあさ何か関西弁でしゃべってよ」
無理そうな質問である。無茶ぶりである。
「・・・・・何言ってんねん」
「お〜、いいねいいね」
「・・・・・もう堪忍してやぁ」
なんだか変態カメラマンがオドオドした新米アイドルに対して放つ言葉に近い気がしなくもないが、それに何気なく答えている篠川さんも以外とやる気なのかもしれない。
てかブルーであまりにも見ていられない主人公にこうやって少女と話す機会をくれてやった筆者に感謝してほしいものだな!
「じゃぁ、次はね〜」
筆者の気持ちなど所詮無視されるのがオチなのである。
そこにタイミング良く授業5分前の鐘が鳴り響く。ぶっちゃけサボり上等のアケルだったが肝心の篠川さんが去ってしまっては元も子もないので不満げそうに教室に戻った。
へっ、ざまあみろ。
教室に到着してみるとてっきり授業中のため静まり返っていて、すげぇ入りにくい空気だと覚悟していたのだが国語の担任である山田先生の姿はまだなく、昼休みの時のテンションがそのまま残っている様子であった。
ラッキーと思いながらもアケルは自分の席に着き机の中をガサガサ漁ってみると一枚の紙切れが机からヒロリと舞落ち、きったない床に着地した。
「はい、落としましたよ」
「ぁ、どうも」
親切にも紙切れを拾ってくれたのはクラス一の才女で学級委員という漫画チックな女の子ではなく、どこにでもいそうな真面目で健全な男子高生である。ううむ、残念だ。
「山田先生来ませんね・・・」
「そだな、てかなんで敬語?」
「あぁ、ごめんなさい。昔からこのようなしゃべり方なもので習慣なんですよ」
「ふーん、古泉●樹みたいなやつだなぁ」
「はい?」
「ワリィ、何でもねぇ」
「ちょっと授業中なのに何話してんのよ?」
会話に乗り込んできたのは一年生唯一の陸上部レギュラーの運動神経抜群、成績標準的、恋愛関係鈍感無知の二条朱音で特に弾んでもいない敬語野郎とアケルの会話にわざわざ飛び込みの練習みたいに現れたのだから、持ち前の運動神経を生かしてダイナミックかつ繊細で美しい華麗なネタを披露してくれるのかと大いに期待したがそれは間違いであった。
ちなみにアケルと二条朱音は中高と一緒の学校でクラスこそに高校になるまで同じにはならなかったが一応、顔見知りなわけで敬語野郎よりはまだ気が楽に話せる。
「それ何の紙よ?朝そんなの配られたっけ?」
「知らねぇよ。勝手に机の中に入ってただけだ」
「それでなんて書いてあんのよ?」
「お前に教える必要はないだろ」
「ケチだなぁ。それだから彼女の一人も出来ないのさ」
「てめぇには関係ねー」
ヤレヤレといった感じのアケルは受け取った紙切れをカサカサと開いて読み始めた
屋上にて待つ by青空の覇者
なんともベタで中坊臭いネーミングだろう。
読んでるこっちもなんだか恥ずかしくなる。
それにいきなり屋上で待つと書かれても、日時の記入はないし名前も書いてないし字は・・そこそこ綺麗だが男か女が判断できる要素でもなく、一般人から見ればただの悪戯にしか思えない紙切れでアケル以外が読んでいたなら即刻、ゴミ箱へ葬られていただろう。
「ラブレターにしてみりゃ、内容が欠如しているな」
誰がどう読んでもラブレターには見えん。
つーか、ラブレターであんなお粗末な名前を書くやつがどこいるんだ?
まぁ、考えていてもどうしようもない。とにかく屋上へ行こうと決心したのは六限の授業が終わってやたら面倒な掃除をしている最中であった。
毎日行われる清掃活動のおかげで学校中はピッカピッカ!なんてことはないのが残念なのだが学校の習慣となっている以上生徒は嫌々ながら臭い雑巾を持ちせっせと廊下をハイハイで駆け回る。
――メイドでも雇えばいいのになぁ。掃除もする必要もなくなって日直の存在もなくなる!一石二鳥ではないか。
そのメイドさんを雇うのに使われる経費はお前らが払う税金なのだと誰かこいつに教えてやってほしい。
そんな妄想をしているアケルに黄橋と山吹が一緒に帰らない?との誘いがあったがラブレター(?)の一件を思い出しなんとか断った。
「せっかく某有名女子高行きつけの店を発見したってのに、もったいないなぁ」
「いいじゃん黄橋。俺たちだけで行こうぜ」
彼女いない歴=現在の年齢である哀れな高校生二人の背中を見送り屋上へ急いだ。
ん?アケルはどうかって?どうなんでしょ。今は伏せておこう。
さて妙な気分になってきたアケルを屋上で待っていたのは!?
「き、貴様はまさか・・・!?」的な発言が期待できる次回はいつ投稿することやら。
そういえば結局、国語担当の山田先生は一時間丸ごと姿を現さなかった。