第十一話:え、ちょ、もう11話かよ
朝に起床ってのはつくづく面倒かつ憂鬱な習慣で、朝日も毎朝礼儀よくやってくるしまぁやって来ない日があったら一大事なんだが、それでも朝の強烈な眠気と戦うのは実に骨が折れる。特に寒い日の自身の温もりがこもった布団の快適さは異常でその秀逸過ぎる心地よさはそよ風の吹く丘で日を浴びながら昼寝をする時に匹敵する。ぇ、例えが意味不明だって?とにかくあの時の布団は凄いんだって。人生ベスト5に入るくらいの名残惜しさもあるしな。それでも理解出来ない?なるほどそんな君は筆者と話し合う必要がありそうだな。
まぁ、そんな事はどうでもいい。話を戻すとしよう。
チリーンチリーン♪
呼び出しベルらしきものが鳴ったのでアケルは歯磨きをキューピッチで終了させ急いで施錠もしていないドアを開けた。
「ぉ、おはよぅございます」
可愛らしい声が聞こえた。ちょっと訛ってた気がするが。
・・・・・・驚愕すべき点が1つあった。
11話のしょっぱなにしてはいきなり過ぎる光景だ。
散歩してたら目の前にUFOが墜落してきたのと同じぐらい信じられない光景。
目を疑うとはこのことだ。しかし決してアケルの目は節穴でもないし度が強すぎる眼鏡をかけなければならないほど目に問題はない。一般人と変わらぬ普通の目玉二つだ。その平凡な眼球は目の前に召喚された人物を凝視した。
時間が止まった気がする。
「・・・・・・・」
おはようの『お』の字も喋れない。
「ぇ・・・?」
アケルの意味ありの無言に察知したのか、次第にキョロキョロする具合が大きくなっていき遂に原因に気付いたのか自分の頭を確かめるように撫で回すと
「し、失礼しましたぁ!」
一目散でアケルが一晩過ごしたスイートルームの廊下を挟んだ右斜め前の部屋に駆け込んだ。
あの反応からするとこれはネタでもなんでもないようだ。
篠川さんの頭髪が怒髪をつく箒頭になっていたのだ。
驚きというより疑念のほうが強く湧いてくる。
大人しい口数の少ない少女が珍しく挨拶しに来たらいきなり箒だぜ?箒。
庭でも掃除するんですかい?って思っちゃうだろ。
ほんの一瞬に思えた。それでもアケルは複雑な心情とちょっと惜しい気がした。そりゃそうだろ。ホウキ頭の篠川さんなんて一生に一度見れるか見れない珍光景だぜ。シャミネコの雄を偶然発見するぐらい珍しいだろ。ん、どこかでそんな話があった気がするが。まぁ、いい。とりあえずあれが寝癖だとしたら篠川さんの寝相の悪さって・・・。
「・・・・・・・」
漫画とか小説らしく鼻血が垂れている。ベタだなぁ、おい。
真夜中にベットで悪夢に魘されている篠川さんを妄想していたところに、いつ起きたか知らんが気持ち良さそうにノビをするアイが現れ思考を中断させられた。
「なんだ起きんのが早いな。まぁ今日は忙しくなるぞ」
耳を前足でかきながらアケルが寝ていたベットにひょいっと登ったところで
「あれアケル起きてたんだ。随分早いじゃない」
開けっ放しとなっているドアの前には新たな訪問者だ。昨日の部屋割りで隣の部屋になった黄橋だ。来て欲しくもないのにのっそりとやってきた黄橋はアケルの早起きを賞賛する。アケルがむすっと面倒そうな顔をすると、それを悟ったのか黄橋は「朝食が済んだらロビーに集合だって、瀬川さんが」と伝言係でも任されたのか伝言を終えると自分の部屋に戻っていった。いつの間にかリーダー気取りの豪傑くの一の子孫であろう瀬川碧がその傲慢ぶりを遺憾なく発揮してきたのは昨夜の事だ。
アケルが風呂場から湯気を身に待とって出てきたところに丁度タイミング良くケータイが鳴った。アケルが風呂から出るのを待っていたかのようなタイミングであった。ぁ、ちなみにケータイってのは過去に来る前に護身用のために持たせてくれた唯一のアイテムで時間表示がないのに簡単な通話機能を装備していて、そのケータイが最もらしいSEで持ち主に着信を伝えようと喚いているのだ。
通話のボタンを押すと電話の主は、言うまでもないが瀬川だった。
話の内容つーのも実に下らなかったわけで要約すると「明日は頑張るわよ」的な感じで喋るだけ喋って一方的に切られちまった。時計は零時を回っている。アケルが寝てるってのは考えなかったのだろうか。まぁ考えていたところで瀬川はお構いなく一方通行な電話をしていただろうが。ちなみに瀬川が話し続けている間に髪を乾かしバスローブに着替える余裕があったのは秘密にしておこう。
回想を終えルームサービスで頼んだ軽い朝食をたいらげるとふとアイが居なくなっている事に気付いた。半強制的に注がされたミルクは綺麗に飲み干しており昨日眠っていたと思われるソファーの上は抜け毛で大惨事になっている。
朝食を終え伝言通りロビーに下りるとすでに全員が集合していて、篠川さんも普段と変調のない格好でいて先ほどのホウキ頭が嘘のようであった。アケルの視線に気付いた篠川さんは頭をいじくりながら頬を赤らめ「さっきの事は黙ってて」と言わんばかりに必死な顔をしていた。
―――心配したって誰にも言いませんよ。
アケルの心の声が届いたのか篠川さんの顔は少し和らいだ。
さて他の奴らはどうかと言うと村崎さんは昨日アイ相手にペコペコと頭を垂れていた総支配人と何やら話していて黄橋と瀬川はまたもやなかむつましく談笑している。この二人付き合っちゃうんじゃないか?そうなればアケルも元の一人暮らしに戻れるぜ。
「何バカ言ってんの!あそこはもうあたしの家なんだから!」
アケルの独り言は無意識のうちに言霊となっていたらしい。
「ぇ、君達って同棲してたの?意外だなぁ。僕の知らないとこで結構頑張ってるんだなぁ、アケルは」
ずいぶんドライな感想だこと。
「そうなんじゃねぇよ!こいつが勝手に上がり込んで来たんだよ!」
「勝手じゃないわ!屋上でへばってたあんたを親切にも自宅まで運んであげたんでしょ!ねぇ篠川さん?」
「ぇ…?ぇーっと…」
「なんで篠川さんにふるんだよ?」
「なんでって?こないだ言ったじゃない。あんたを家に運ぶとき助けてくれた人がいたて!」
「なら助っ人が篠川さんだって言うのかよ!?」
「そうよ」
そうよ、ってあんたねぇ。
「そういう重要な事は最初に言っとけよ!」
「しょうがないじゃん。あの時は忘れてて今思い出したんだから」
溜め息をつくしかないな。こりゃ。ひどいっつーか、篠川さんも一言あって良かったじゃないかな。篠川さんの性格を考えれば無理か。
「何を騒いでやがる」
渋い声ととも鮮やかな藍色の毛並みを全身にまとったアイが奥の扉から昨日のボーイさんと一緒に出てきた。それに続き村崎さんと世間話を興じていた総支配人もゆっくりと体を動かしアイの元に寄った。会話は聞こえないが総支配人は相変わらずペコペコしている。
「このホテルはアイさんの所有物ならしいわよ」
話し相手のいなくなった村崎さんがアケル達の会話に入ってきた。もちろん大歓迎だ。
「と言うとあの猫が本当の総支配人といったところか」
「そうね。田辺さん、ぁ、あのオーナーの名前ね。田辺さんはアイの代わりに勤めてる総支配人代理なんだって」
「ますますアイがなんなのか気になるわね」
瞳を輝かせて殊勝な顔しているのは瀬川碧だ。確かにこれでただの猫ってことはないだろうが
今この状況でアイの正体ってのに思考回路をまわしてやる猶予なんてのはなく元来の目的を成就させるべく、行動せねばならないなんともいえない重圧を感じているのだ。そりゃ下手したら今日で人口が半分になっちまうだぜ。30億人の命を背負って臨まなきゃいかない。あまりにも突拍子すぎる値に実感はわきにくいがそれでもアケル達の心情に焦燥の火を灯すには十分であった。
「それで俺たちはどこに向かえばいいんだ?」
アケルの期待に応えられるような返答は・・・・・なし!
黄橋が言うには
「やっぱアイに頼るしかないんじゃないかな」
皮肉なことだがそれしかないらしい。猫に頼るってのもあんま気が進まないが今はあれこれ選択してる余地はないし仕方あるまい。
当のアイは総支配人に加えて新たなにえらくプライドの高そうな貴婦人と話している。
マダムというやつだろうか?首からジャラジャラと宝石かなんだかをぶら下げていて顔はよく見えないが頭についてる簪が光を反射しやけに目立っている。
「でも今日の何時までリミットなんだろうね?こんなに悠長としてて大丈夫かしら」
村崎さんの心配も当然でこのまま事件を打破できなかったら過去のスイートルームに一泊しにきただけってことになる。それにさっきは忙しくなるとか言ってなかったかあの猫様は。いいのか、こんなんで?
「良いわけがなかろう」
いつの間にかアイが傍にいる。飛びのきそうになったアケルは必死に堪えた。気配を感じさせない猫足ってやつか。
「目的地はわかった。今から向かうとする」
「一体どこなのよ?」
全員が疑問に思ったことを瀬川が代弁した。
「貴様らもよく知っているおなじみの場所だ」
そう言って一同はアイとともにホテルの出口へと向かった。当然だが金は払っていない。
せめてお礼はしたいと思ったアケルだったが総支配人代理の田部さんはいまだにしつこそうに話しかけてるマダムの対応に忙しいようでハンカチでせっせと額を拭いていた。部屋まで案内してくれたボーイさんもいない。本当にこれで大丈夫なのか?現代に戻ってホテル代を請求されてもたぶん時効過ぎちまってるぜ、きっとな。
九月中に間に合わなかったし。
もうどうにでもなーれ。