第一話:家の鍵は閉めないとアカンよ
読んで頂く前に一言言わせてもらいますと、筆者まぁ私なわけですが本文の大部分は私の独り言のようなものです。ご注意を
少年は野を駆けていた。太陽の日差しの下で蝉の鳴き声にも耳を傾けながら汗を垂らし
ただただ眼前の大きめな背中をひたすら追いかけた。しかし一向に追いつけない。
むしろ二人の距離は開いていきやがて疲れを見せ始めた少年は何もない平地で
ドスっと鈍い音を立て倒れこんだ。
「・・・いって!」
四畳半の小部屋は男の部屋のわりには片付いてあって、壁には制服が綺麗に掛けられてある。
カーテンの隙間から差す太陽の光に気づいたのか青年はむくっと起き上がった。
「なんだよ・・また夢か・・」
不機嫌そうに目覚めた青年は慣れた手つきでそそくさとやや大きめな制服に着替えた。
脱ぎたてほやほやのパジャマを洗濯機に放り込み、いつものように鏡の前で大型台風に遭遇したような髪を簡単に整えリビングの椅子に腰をおろした。
「それにしてもベットから落ちて起きるたなぁ、俺は漫画の主人公かよ・・」
いまどき漫画の主人公でもベットからは落ちないが、どうやらこの青年の頭の中では 主人公=ベットから落下して起床 というまったく意味不明の方程式として成り立っているらしい。
ところで青年の住むこの部屋は一人住まいとして大きい方でキッチンも風呂もしっかりと完備されてあり、一般人が普通に生活するのに困らないほどの器具や家具が設備されているようだ。
そんな筆者の状況説明も見事に無視しながら、青年は片目で時間を確認すると声にならない叫びを発し、朝食であるソーセージパンを口に入れたまま駆け足で家を後にした。
急いでいたせいか鍵はかけないわ、電気は点けっぱなしと泥棒さんに入ってくれと言わんばかりの状況を作り出してしまった。
こんなで大丈夫なのだろうか?
場所は移って通学路。
朝の心地よい風になびかれる木々はどれくらいマイナスイオンを出しているのだろう。
そこらへんの滝の何倍はあるだろう。きっとだが。
そんなことよりそろそろ自分がやってしまった失態に気づいたかな?青年よ。
あの時A●SOKの言う通りにしてれば良かったと言っても遅いんだぞ。
「ふあぁ。。」
心配するだけ無駄だと思わせるには十分な欠伸である。
それにしてもまだ朝早いせいか通学路には男子生徒一人しか歩いていない。
家を飛び出した時はかなり急いでいたようだが今は落ち着いていて口の周りに付着したタレを舌で器用に拭き取ってしまった。
「あの夢も何回見たかなぁ・・・」
――暑い夏、五月蝿い蝉、滴る汗。それがまだ現実だったあの頃。
あの頃と言ってもそれほど明瞭に覚えているわけではない。
むしろ忘れてしまった記憶の方がでかい。
それでもあの夏の夢はしょっちゅう見る。俺としては暑いのが苦手なわけで夢の中までも
暑さに侵食されるのが鬱陶しくてたまったもんじゃないだが。
それでもあの夢にはちゃんと続きがある。途中で転んで終了しちゃうって俺はベタなのか。
少し歩くと特撮で戦闘員達が怪獣が出てくるまで呑気に過ごしていそうな立派な基地、いや校舎が見えてきた。
学校の周りは閑静で昇降口が開いているだけで雀の可愛らしい鳴き声が生徒がいない事を示している。
朝の教室に入ると、そこは外よりも静かで時計の動く音だけが響き渡っている。
綺麗に整頓された黒板には白いチョークで‘アケル 久賀’と書きなぐられていた。
青年の机は窓側の列の先頭の席で悪くとも良いとも言えない席なのだが、教卓の真ん前に机を構える彼の友人よりは幾分かましだろう。
「なんでこんなハイテクな時代に日直などという旧時代的労働のために俺がこんなにも早く学校に来なきゃいけないんだ。校長先生!これは改善の余地がありますぞ!」
思わず心で思っていたことが口に出てしまい、恥ずかしそうに辺りを見回すがまだ誰もいない。
ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、ドアを勢いよく開ける音が静寂を破り捨て、朝のなんともいえない雰囲気を地獄の業火の如く燃やし現われたのは悪魔か鬼か!?
「おっはよ〜」
どこぞの大魔王かと思ったが、それはそれは可愛らしい少女であった。
「おいおいいきなり驚かせんなよ。逃げてった雀と一緒に俺までどっかに飛んでっちまいそうだったぜ。」
「何おかしなこと言ってんの?私なんて昇降口で聞いた奇声にどんだけ笑わされたか」
どうやら先ほどの心の叫びは教室のドアを突き破り昇降口まで達していたらしい。
なんという声。恐るべき心の叫び・・・
「それにしても面倒だよなぁ、日直って。とっととやっちまってふて寝したいよ。まったく・・・」
「はぁ?あんたが先週の掃除サボるからやるはめになったんじゃない!少しは反省しなさいよ!」
日直をやるはめになったのが青年のせいだとすると、何故少女の方もわざわざ早起きしなきゃいけない仕事に来てくれているのか。
青年一人に任せておけばいいものを。いやそれもまずいか・・・。
「ぁ〜、ツンデレはいいから。とりあえず机の整頓頼むわ〜」
そういうと青年は手を振りながら早々と教室を去ってしまった。
自分がどういう理由でここに来たのか忘れてしまったのだろうか?鶏も目を丸くして圧倒される記憶力の乏しさに女子生徒も唖然としたまま引き留めることさえ出来なかった。
「だ、誰がツンデレよ!アケル君はもう少し自覚を持った方がいいのよ!ブツブツ・・・・・」
突っ込みどころがややズレているがそんなことはどうでもいいとして、この物語の主人公に挨拶の一つや二つもらいたいが上手く行くとは思えないのでやめておこう。
「ふぇ〜。言いたい事がわかってんなぁ。ここの筆者は」
一人ごとにふけながら勾配が急な階段をコツコツと登っていた。
途中、眼鏡をかけてやせ気味の先生とすれ違ったが、こちらを見るといなや「お、おはよう」と言い残しトップスピードで階段を駆け下りていった。
理由は知らないがいやにおどおどした先生であるがあれで職務が務まるのだろうか?
「・・・・・30年尽くしてきた会社に首を切られ妻にも逃げられてもう生きるのがいやになった!みたいな顔だったな」
――ぁ、でもあんな先生いたっけかな?新しく赴任した先生か、それとも徹夜で萌えに没頭した山田先生のなれの果てか・・・いや、まてよ・・うーむ・・・
良く分からないことに頭を使っているといつ間にか屋上の扉が目の前にそびえたっていた。
この学校の屋上は普段、事故防止のために封鎖しているのだが入学式当日に何者かに壊されてしまいそれっきりなのだ。
その犯人だが言うまでもない・・・。
「くぅ〜やっぱ屋上に限るなぁ〜」
ドアを開けると同時に激しい風が身体にぶち当たりやや痛い思いをしたがそこは慣れっこだ。
一歩進むと屋上特有の開放感に身も心も大きくなった気がしてしまう。
日直をサボってるやつが身も心も大きいはずはないのだが。
「んあ?」
視線を空からコンクリでできた地面に戻すといつもの定位置に見ない背中がしゃがんでいた。
風でなびいいてる碧く澄んだ髪の毛はこれまた新しいマイナスイオンを生み出していそうで青年の周囲の時間を一時停止にした。
くるりと振り返りポツリと口が開く。
「サボりはアカン・・・」
「ぇ」
弱い小さな関西弁で我に帰った青年はしゃべることも得意の想像力を働かせ事もしなかった。
ただじっとその幼気な眼差しと非力さが垣間見える口元を、ひたすら見つめるだけで精いっぱいだったのかもしれない。