突撃
いよいよ、ヒロイン登場です。 もしかしたら読む人を選ぶかも知れません。
花薫くん、無事美術部入部まで漕ぎ着けるか?
「・・・・・・ここが、部室だよ。 そんな広い部室じゃないけど」
日差しを嫌うかのように隅っこにある部室。 とても静かで、人がいるようには思えない。
廃部寸前ということで、幽霊でもいいから入ってほしいと、顧問の吉田先生には言われたが、幽霊が出そうな雰囲気だ。 俺も本物の幽霊になりそう・・・・・・。
「じゃあ、入るよ」
そういって、ノックを3回して、ガラガラと扉を引いた。 扉自身が、開けるなと言うかのように、重い音だった。
重い音と相まって重たい空気に押しつぶされそうだ・・・・・・。 固唾を飲んで、別世界に入るかのように足を踏み込んだ。
窓は全てカーテンで覆われ、部屋の電気も最小限。 イーゼルには抽象画が描かれているようだが、俺には理解できる域に達していない。
そして、本当に音がしない。 俺の勝手なイメージの美術部は、ひたすら筆をすべらせる音と、彫刻刀やパレットナイフの細く鋭い音だけが淡々と聞こえる、そんなものだと思っていた。
しかし、ここの美術部はなんなんだ。 人もいなけりゃ音もしない。 物が乱雑に置かれているだけの物置にしか見えない。
俺は、部長がここしか居場所がないと聞いたからどうせ幽霊なら、と踏み切ったのだが・・・・・・。 俺の思い上がりだったのだろうか?
「さ、榊さん? いないの? 居ないなら鍵を・・・・・・」
「・・・・・・どうしました、先生」
「うわああああ!! み、海邦ちゃん?! 」
「・・・・・・」
俺は、美術部の部長は「変わり者」だと聞いていた。 染谷生徒会長のような、類まれなる変人だと。
美術部の部長として現れた、榊 海邦。 その少女は、とても幻想的で、儚げだった。 俺は、彼女のような人物を目にしたことない。 生まれて初めてだ。
透き通るような白い肌、銀色の瞳。 制服以外はすべて雪色な彼女。 雪色の髪の毛を後ろで結い、仄暗い部屋の中で、唯一生を持っているはずの彼女。 それなのに、俺は彼女が機械仕掛けの人形としか、捉えられなかった。
彼女は、アルビノだった。
別に、肌が白いくらい、と思っていた。
別に、髪の毛が白いくらい、と思っていた。
俺は、彼女を美しいと思った。 しかし、それは、芸術品としてだろう。 人として美しいと思ったのなら、俺のちっぽけな自尊心は守られたのだ。
彼女は、人と呼ぶには、綺麗すぎる。 そのぐらい、衝撃的だった。 物好きな目で見たりなんかしないさ、と鷹をくくっていた。
俺は、愚かだ。 それが彼女を傷つけるかも知れないのに。 俺は、そういう目で、一瞬でも見てしまった。
彼女達は、今、猟奇的な欲求を満たすためだけに傷つけられている。 世界で問題視される差別。 俺には関係ない。 関わる理由もない。 必死に、被害者や傍聴人を貫こうとしていた。
あのぼや騒ぎの時、忠告に聞く耳を持たない馬鹿、と一括りにした人々。 そこに、俺はいないと考えていた。
しかし、俺も大差ないのだ。 人とは違う、皆と同じ。 そう、俺はそんなクズであることに変わりはなかったのだ。
彼女に、美しい、自分のモノにしたい、動かなければいいのに―――――――。 そんな、猟奇的で、侮蔑される思想が、俺の汚い一面を顕にした。
「・・・・・・先生、彼らは一体?」
「あ、こちら生徒会長の推薦で入部させたい"部員"だよ。 一年生の岸沼 花薫クン」
「何故、推薦を?」
「岸沼くんは、あまり体が丈夫ではありませんが、彼が見ている世界は、とても美しいものであります。 先輩のような才能ある一人の生徒として、お力添え出来るであろう生徒と思いました。 責任をもって推薦します」
「ふーん・・・・・・」
「ほら花薫、なんか挨拶しろ」
「えっ・・・・・・岸沼 花薫です。 染谷が言った通り、体は丈夫じゃないですけど、よろしくお願いします」
「ああ、幽霊部員ね」
すっぱりと幽霊部員と言われたが、さっきの推薦の理由は嘘っぱちなので仕方が無いだろう。
しかし、なんだってあいつはあんな嘘を、さも真実のようにすらすら言えるのだろうか。
「で、岸沼・・・・・・くんは、入部したいの?」
「は、はい」
「じゃあいいわ、明日体験・・・・・・いや、仮入部してもらうから、手続きの用意しててね」
くるりと後ろを向いて、描きあげているであろう作品の前に座り直し、こちらを見ようとしなかった。
「・・・・・・よかったの、受け入れてもらえて」
「・・・・・・」
シャバの空気はうまいぜ、と言いたくなる心情だ。 辛かった。 主に自責の念で死ぬかと思った。
「・・・・・・な、わかったろ?」
「・・・・・・」
「仕方が無い・・・・・・では済ませられんがな、お前の目は。 じゃけん、気をつけつつ、あまり気に病むなよ」
「でも・・・・・・」
「うじうじしとんのぉ、まあよかよ。 そう感じる心があるってわかっただけでも、推薦した甲斐がある」
背中をぽんと叩かれ、ほんの少し、気持ちが軽くなったような気がした―――――――。
「あ、あとな。 こんなタイミングで切り出すのも変やけどな・・・・・・」
「・・・・・・? ああ、なんだ」
「染谷じゃなくて、下の名前で呼んで欲しい・・・・・・」
「・・・・・・なんだっけ、名前」
「知ってるくせに意地悪するなよ」
「はは、迅お前、汗やばいぞ。 さっきの俺ぐらい」
「・・・・・・花薫がわるい!! おいのこといじめるから!! 名前なんだっけとか言うから!!」
「・・・・・・ま、気遣って笑わしてくれてありがとうな」
「・・・・・・やっぱ、写真部に入れるんやった」
「え?」
「はあ、もうええわ」
真のヒロインは迅かもしれない。