ブレイク & ブレイク
美術部の部室、美術室に向かう前のお話。
この高校、どうやら変わっているのは「生徒」だけではないようで・・・・・・?
曇り空が、雨を降らせようとうずうずしているみたいに、雲の厚さは、じわじわと増しているみたいだ。
廊下の明かりが白く照らすが、どこか物寂しい影が、あちこちに出来ていた。
美術部の部室に行く前に、俺らは写真部すぐ横の保健室に寄った。
「あらら・・・・・・痛そうね、染谷くん。 ご飯どうするの?」
「は、はは」
固まっている。 ただ治療を受けているから動けないのか、人と接するのが怖くて動けないのかはわからないが、彼は病院に連れてこられた犬のようだ。 ・・・・・・雰囲気も、どことなく柴犬っぽいし。
にしても、ひどい出血だ。 思い切り舌を噛んだかと思うくらい血が出ている。 「美術部」の言葉にこんな危険性が含まれているなんて、思いもしなかった。 俺も、おそらく染谷も。
「ねえ岸沼くん、彼は一体どうやってこんな怪我をしたの?」
「ああ、普通にかんだだけです」
「彼らしいのね」
辛辣だ・・・・・・。 保健医は顔色一つ変えず言い放った。普通に噛んだだけなら、こんな出血する筈がないと知ってるのに・・・・・・。
「・・・・・・あ、そうや岸沼。 美術部の部長やけど、あんな、あんまり変な目でっちゅうか・・・・・・。 人に害なす輩とちゃうから、いじめたらあかんで」
心配そうに、というより怯えたように話す。 そんなに変わったヤツに今から会いに行くのか? ちょっと不安になってきた。
「いや、いじめないから」
「いや・・・・・・その、変わった人、だから」
「染谷程じゃないさ」
「・・・・・・はあ、おい、そんな変なんか」
染谷程変わったヤツなんて早々いないと思うぞ・・・・・・。 その言葉は胸にそっとしまった。
明らかにしょぼくれている染谷を他所に、保健医は淡々と、染谷の口の中に脱脂綿を詰めこむ。
ふごふご言って苦しそうだが、仕方がない。
「ふ、ふごっほひひふは」
「ごめん、何言ってるかわかんない」
「んー!! んご!! んごうおう!!」
必死にギブアップを体で表現している。 そんな染谷を弄ぶように、ひたすら脱脂綿を口の中に満たしていた。
「先生、そろそろ死にそうです」
「え? あっ・・・・・・」
あっ・・・・・・で済ますなよ。 一応仕事なんだから・・・・・・。
「おい、死因が脱脂綿による窒息死になるところやった・・・・・・」
「あー、ごめんごめん。 そんな苦しいと思ってなくてさ。 おまけに考え事してた」
「岸沼、なんか貧弱な俺らでも振るえる武器なか?」
「やめとけ、死ぬぞ。 俺らが」
「はっはっは・・・・・・仲いいねぇ、青春だねぇ。 はい、これ授業のやつ」
「・・・・・・?」
「ああ、これはな、授業中不慮の事故やらで保健室に行った時、欠席として扱われなくなる魔法の紙切れ」
「・・・・・・それ、持病の発作とかでも使える?」
「恐らくな」
・・・・・・もっと早く知っておけば、単位とか誤魔化せたかもしれない。 もったいないことをした。
「岸沼くんには、正当な理由で使われてるか審査が必要ね・・・・・・」
保健室を後にした俺らは、4階の美術室に向かう最中、とある匂いを感じ取った。 この匂いは、つい最近嗅いだことのある匂いで、いい匂いとは言えないだろう。
「・・・・・・なあ、なんか煙草くさくないか?」
「ん・・・・・・?」
こいつは何かに気がついたらしい。 染谷は階段を上り、駆け足で向かった。 追いかけたいが、一階分の階段の上り下りでも、息が上がる俺には無理だ。
俺がもたもたしている間に、あいつはすたすた上って行ってしまう。 やがて、足音が聞こえなくなった。
「・・・・・・おや、吉田先生。 こんなところでいかがなさいましたか?」
「だあああああっ?! へっ?! ああああああの・・・・・・」
俺が喘ぐように息をしながら階段を上り終えると、また珍奇なものを目にした。 ここには変なのしかいないと聞いていたが、あまりにも予想外すぎる。 俺が出会った人物なんて、ほんの一端に過ぎないのに。
体格に恵まれた、厳つい褐色のおっさん。 広い背中で何かを物語る、ハードボイルドな男。 そんなキャッチコピーを付けたくなるような、怪しい匂いを醸し出す、吉田先生はそんな男だった。
「そっ、そそっそ、生徒会長?! い、いきなり話しかけんで貰えるかい?! おじさんめちゃくちゃびっくりするから!!」
「ははは、ご冗談を。 こっちの方がびっくりしましたよ」
なんだと・・・・・・あの染谷が、堂々と喋っているだと・・・・・・?! てっきりびびって逃げ出すと思っていたのに。
しかも、相手は先生。 ついでに、喋らなければガタイのいい怖いおっさんだぞ? こんなギャップのある先生と知らなければ、話しかけることすらはばかられる。
あいつが煽るように話している相手の風貌を、簡単に話すなら「ヤクザ」だ。 坂上もなかなかの迫力があったが、こっちは「迫力」なんてもんじゃない。 「覇気」か「殺気」だ。
しかし、後ろから話しかけるだけでこの怯え様だ。 渋い声で悲鳴を上げているおっさんは、手にタバコを持っていた。 匂いの正体はこのおっさんで間違いないだろう。
「へえ、女子トイレの外だとバレないと思っていたようですね。 最近あそこが不良のたまり場とも知らずに」
「あ、やっぱり・・・・・・バレてますよね。 迅クン、頭いいから・・・・・・」
「それで、懲りずに喫煙ですか・・・・・・」
坂上が語る、知らないおっさんは吉田先生だったようだ。 一年留年しているとはいえ、一ヶ月間授業に出ているところを見たことがない。 そんな感じで去年も居たのだろう。 教師の顔を覚えているはずもないだろう。
「お、お願いします!! このことはご内密に・・・・・・」
「いいですよ、写真部の設立も"快諾"して頂いたので、先生にはいつも恩恵を受けていますから」
「は、はは・・・・・・」
苦笑いでこの場を誤魔化す先生。 これでは立場が完全に逆だ。 生徒会長が、慕われる理由を目にした。
「そうだ、吉田先生。 この生徒が、美術部の見学をしたいと」
「え? 美術部に・・・・・・?」
「ええ、美術部です」
「染谷、この先生が顧問なのか?」
「顧問であり、生徒指導も兼任されているぞ」
「そうか・・・・・・、いいけど彼女、今日機嫌悪そうだよ」
「大丈夫でしょう、こいつなら。 そういう生徒ですから」
え、やめてくれ。 俺はそんなにコミュニケーション能力に自信はないぞ。 ・・・・・・お前ほどじゃないけど!
「大丈夫や、花や動物好きに悪いやつはおらんね」
「俺、花が好きとも動物が好きとも言ってない」
「まあまあ、おいはお前がいいやつだって信じとうよ」
「・・・・・・はあ」
「で、二人共今から行くのかい?」
「そのつもりでした」
「そっか、じゃあ行こうか・・・・・・」
持っていた煙草を、壁に押し付け火を消した。 ジリジリと火が小さくなると、煙は細くなり、やがて消えた。
「じゃあ、行こうか岸沼クン」
「え、どうして俺の名前を?」
「え?」
「え」
「岸沼、吉田先生はその・・・・・・」
「俺、岸沼クンの事いつも注意してたはずなんだけど・・・・・・」
「え?」
「もしかして・・・・・・あの、国語の、よく誤字をやらかす・・・・・・?」
あの、ボヤ騒ぎの時の前の時間の先生だったのか・・・・・・。 なんなんだ、授業と態度変わりすぎだろ・・・・・・。
「・・・・・・花薫、もう少し、周りに興味を持とうな」
「俺、教師向いてねぇな、はは・・・・・・はあ」
キャラ紹介
吉田先生・・・・・・よしだ 男 46
強面で体格もしっかりしているが、風貌とは反対に性格は繊細で小心者である。 風貌だけで生徒指導部に回され、坂上真白のような不良に怯えながら日々を過ごしている。
妻子持ちで、娘が二人いる。
迅は便利な人物だなあ(白目)