部活体験
ボヤ騒ぎから二日後、学校は部活紹介や体験入部のための行事が丸1日かけて執り行われるそうです。
まあ、花薫くんは死ぬほど嫌そうですがね! 彼は生きて帰ってこれるのか・・・・・・。
ちなみに、今回はシリアス要素皆無です。 ギャグ回です。 小説タグ詐欺です。
湿り気を帯びた風が、校内に蔓延していた。 梅雨前線は夏を呼び寄せるが、この湿気で既にへばっている俺としては、それを歓迎するのは難しいことだ。
ボヤ騒ぎの二日後、学校では部活体験が行われた。 あんな事があったのに、周囲は何事も無かったかのように執り行う様を見て、俺は少しこの先を案じた。
ただ、ここの学校は部活紹介をせずとも、部活に入っている生徒が大半を占めている。 何故なら、ここが「変人の流刑地」と呼ばれている高校だからだ。
例えば、今通りすがった一年の男子生徒。 あの人は今テニス部の看板を持って、同じテニス部の女子生徒にビラを配らせている。 上履きの色を見る限り、ビラ配りの生徒は三年生の赤色だ。
うちの学校は、学年別で指定靴や制服のリボンなどが異なる。 俺たち一年は、緑色だ。 だが、兄弟がこの高校に通っていたという理由で、違う学年の色を身につけている事も珍しくはない。
話を戻そう。 あのテニス部の男子生徒、入学式当日にとある先輩に告白したそうだ。 入学初日から浮いた話で教室が満たされていたのをよく覚えている。 ・・・・・・聞いてて胃に穴があきそうだった。
結果は、誰もよくわかっていないらしい。
何でも、彼が惚れ込んだ先輩はとんでもなく天然ボケで、YesなのかNoなのかはっきりしない答えが返ってきたらしく、真相を掴むべく、わざわざ同じ部活に入って、きちんとした返事を待っているらしい。
「先輩! 調子はどうですか!」
「えっ? うーん・・・・・・お腹すいたかな」
「ビラ配りの方ッス!」
「えっ? 私、みんなに配るほど別荘なんて所有してないよ?」
・・・・・・これは、わざとやっているとしか思えないが、この真相に限っては、謎に包まれたままにしておいた方が、彼の為かもしれない。
ガヤガヤと部活動に所属した生徒達が、俺たち帰宅部を勧誘してくる。 辛い。 なんでこんな必死なんだ。 まるで200キロ越えのマグロを競り落とすかの如く、皆血眼になって追いかけてくる。
なんだこの状況は。 飢えたライオンの檻かなにかじゃないか・・・・・・。
「やあ君! 野球部は如何でしょうかな?」
「え! お、俺サッカーファンで・・・・・・」
「大丈夫! お見合いと一緒で住んでから好きになるように、入ったら好きになるから! それしか考えられなくなるから!」
「うわああああああ小松うう! 助けてくれェ!」
「だから言っただろ・・・・・・こうなりたくなきゃ
入学してすぐ"廃部しそうな部活"に入部すりゃよかったんだよ」
・・・・・・ああ、俺もああなるのか。 俺は帰宅部を所望している。 高校の規則にも、部活動強制入部はない。 では何故、こんなにも多くの部活が活動して、皆が部員を求めて帰宅部希望者を狩猟するのか。
そう、この高校は変人が集う場所。 各々が望む青春を手にしようと、色々な部活が設立される。 ・・・・・・その多くは、部員が足りず、廃部になるが。
そう、ここの高校では、部活は「個人が楽しむ活動」であって「一丸となって楽しむ活動」では無いのだ。 部員? 顧問? そんなものどうでもいい。 「自分が楽しめれば」それでいい。
そう、この人たちは、幽霊部員を探してさ迷っているのだ・・・・・・。
「・・・・・・おい岸沼、こっち来い」
「えっ・・・・・・ちょ、誰―――――――」
この獲物狩りのような現実から逃避していたのを見透かされたか、何者かに腕を掴まれた。
今の俺の筋力では、あの坂上のような女児にも勝てないだろう。 抵抗を試みるもずるずると引きずられる。
屋台で売ってる、犬の風船に車輪がついたおもちゃの気持ちがわかった。 風に煽られ、ものにぶつかり、しぼんで忘れ去られる。 こんな悲しいものだったのか・・・・・・。
きっとこれから大した説明も受けず、活動内容がなんだかわからない部活に勝手に入部させられるのだろう。
「・・・・・・なあ、もしかして勘違いしてないか? 俺だよ」
「・・・・・・あ、染谷・・・・・・会長」
そう、あの会長。 三白眼で、目の下にはクマがあって、ボサボサヘアーの生徒会長様だ。
「そうだ、同じクラスのな」
「・・・・・・あ、ありがとう」
呆然としていると、染谷がそっとハンカチを俺に差し出した。 そのハンカチは何故か子供用の可愛らしい車や乗り物がプリントされており、とても高校生らしいものではなかった。
「すまないな、こんなので。 でも、岸沼はハンカチ持ってないだろうし」
「あ、ああ。 持ってない」
「お前、なんかアレルギーあるか?」
「・・・・・・飲んだ薬にもよる」
「あー、じゃあ水の方がいいか」
そう言って、ポケットから小銭を取り出して、自動販売機のボタンを押した。
ガコン、と音がして、水を俺に手渡した。
「ほい、水」
「え・・・・・・」
「気づいてないのか? 汗で塩が採れそうだぞ」
「・・・・・・ほんとだ」
あのひとごみと熱狂に酔ったのだろう。 動悸がしないから気が付かなかった。
「この学校、色々と変わってるからな。 岸沼にはいい迷惑かもしれんな」
「染谷こそ、そういうの苦手そうだけどな」
「はは、そうだな」
乾いた笑いが、この・・・・・・何処だ、ここ。 そういえば、ここの教室、入ったことないな。
「そういえば・・・・・・ここ、どこなんだ?」
「ああ、写真部の部室。 とある空き教室だ。 保健室が横にあるぞ」
「ええ・・・・・・それは嫌だな」
「ええじゃないか、岸沼が横で寝てんの、写真に収められる」
「な、気色悪いこと言うなよ」
「冗談じゃ、ここの景色が気に入っとる」
「ああ・・・・・・日差しが入らないから、写真が傷まないのか」
「そういう事。 しかも、この木、秋には真っ赤に化けんねや」
「化ける・・・・・・?」
悪戯っぽく笑う染谷は、見たことのない笑顔だった。 俺は、染谷が取っ付き難いイメージだと思っていたが、考えを改めるべきなんだろう。
「そう、この木な、ナナカマドなんや」
「・・・・・・」
「ナナカマド、どえりゃあ真っ赤な紅葉が見れる。 ものすご綺麗やけん、よその人が見に来たりすんねん」
「ほう・・・・・・」
「だもんで、真正面からはなかなか・・・・・・」
「なあ、染谷」
「ん?」
「お前、どこ生まれのどこ育ち?」
「・・・・・・あー、えーと、九州生まれの、日本育
ち」
「・・・・・・一ついいか?」
「どうぞ」
「キャラクター作るなら、方言はひとつに絞れ」
「・・・・・・いや! ちゃうねん! おい、そんな、目立とうとしてそんなん、ちが」
顔を真っ赤にして慌てた染谷は、立ち上がる時にテーブルに足をぶつけ、そのはずみで後ろの椅子の背もたれに頭を打ったようだ。 真後ろに綺麗に倒れたこいつは、オーバーな痛がりのようだ。
陸に打ち上げられた魚のように、ビチビチと動く、鬼の形相をした染谷に、さっき借りたハンカチをそっと差し出した。
普段の会長は、ここにはいないようだ。 最初から変なやつだと思っていたが、俺の誤解だった。
「お前・・・・・・すごい変わってるな」
ただの変なやつから、いいやつだけどものすごい奇人。
「うわあああああ! 岸沼、岸沼だけにはそがなこと言われとうなかった! 」
「いや、俺別にそんな変でもないし・・・・・・」
「なんやねんほんまに! このクラスだったら変なやつ沢山おるから目立たへんと思ったのに! とんだ計算ハズレじゃ!」
「お、落ち着けって・・・・・・」
「だって! ひとりはそこの見るからに病弱で、授業中ほとんど寝てる謎多き生徒! またひとりは入学式初日に、あのド天然の一ノ瀬先輩に告ったテニス部!」
「そして! 金髪ロン毛で小学生みたいなヤンキーがこのクラスに留年したっちゅうのに! 何でこんな目立つん?!」
・・・・・・金髪、小学生、ヤンキー?
「お、おい。 その小学生って」
「ああ、坂上だよ! 煙草吸った疑いかけられたやつ! 万年幼児体型の!」
驚き桃の木山椒の木・・・・・・というか、もうカルチャー・ショックの域にまで到達しそうだ。 本当にここは日本なのか? いや、日本だからこんな奴がいるのか・・・・・・。 クレイジーだ。
「・・・・・・あの人、年上だったんだ」
「・・・・・・はあ、疲れた」
「こっちのセリフだ」
パタパタとオーバーヒートした生徒会長(笑)を、そのへんにあったノートで仰ぐこと十分。 流石にクールダウンしたみたいだ。
「ああ、本当に申し訳ない」
「いいよ、もう」
「・・・・・・なあ、岸沼。 どこの部活入るんだ?」
「帰宅部・・・・・・のつもりだったけど、今日の様子見てるとなあ」
「さっきの詫び、というか、余計なお節介かもしれんが・・・・・・ひとつ、紹介したい部活がある」
「写真部か?」
「いや、写真部はおいがいるから、誰も近づかん。 部員一名で特別に権限使ってズルした」
「いいのかそんなんで・・・・・・」
「おいの家貧乏だし、フィルムとか買えんから、入試ほぼ満点だしなんとかした」
こんなやつが頭がいいなんて信じ難いが、そこに触れたら、なにか得体の知れないものに巻き込まれそうだ。 そっとしておこう。
「岸沼紹介したいのは、美術部じゃ」
「・・・・・・俺、絵の具とか三回くらいしか使ってないぞ」
「あらま・・・・・・ま、まあなんとかなるじゃろ」
そこで、生徒会長のものすごーくありがたい権限を、駆使するべきなんじゃないのか・・・・・・。
「いやな、ここの美術部、弱小だし畳もうかって話出てるねん。 でもな、美術部の部長、学校に居場所がないから、居場所奪うのも可哀想やし、どないしよおもてるらしいで」
ここの高校で、既に俺の居場所なんて無いんだがな。 机の上でスフィンクス状態か、保健室でぬくぬくしてるし。
「・・・・・・失礼を承知でいうが、岸沼も怪訝な目、というか、変わったものを見る目つきで見られてたと思うから、気持ち、なんとなくわからんかの」
「そっくりそのままお返しする」
「おい別に変やない! ちょっと個性的なだけ!」
「はあ・・・・・・いいよ、それでも」
「ほんまけ! なんか、岸沼って結構詩人そうだから助かった!」
なんで勝手に決めつけてるんだ・・・・・・。
「じゃあ、体験入部しに、美術部の部室、びじゅ・・・・・・びじゅちゅ・・・・・・ぶじゅつ・・・・・・」
・・・・・・こいつが頼みに来なければ、俺は断っていただろう。 ああ、リーダーシップというものはこういうことだったのか。
文武両道、みんなに優しい生徒会長。 でも、致命的すぎる欠点を持っている。 彼は、それを武器にしているんだな・・・・・・。
生徒会長は頬を噛みまくって血が出たらしく、涙を流しながら案内しようとしたので、保健室によってから向かうことにしたのであった。
今回は文字数が意外と多いですね。 1話を2500文字程度にするようにしていたのですが、2話分くらいになってしまいました。