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昔、愛した男  作者: 雪見だいふく
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再会

甘ったるい小説を書きたく、またまた投稿してしまいました!

コメント、頂けると嬉しいです!

「好きだ、ミル。僕の天使」

甘く、低いかすれた声でミルフィリアの耳元で囁く彼は、ミルフィリアの初めて付き合った男性。きっと彼以外に、ミルフィリアを理解してくれた人はいない。今も…。これからも…。



ミルフィリアは現在、祖父から代々受け継いできた牧場の責任者だ。親戚たちには女には過酷すぎるとか、女には出来ないなど、女だからといって何でもかんでも出来ないと決めつけられてきた。

ミルフィリアは彼らを見返すべく、必死に幼い頃から祖父や父を手伝いながら、牧場について学んできた。

その結果、父から兄ではなく、最も牧場について知識のあるミルフィリアに牧場を任された。

兄は憤慨し、家出をしてもう10年程になる。もう、二度と帰ってこないと思っていたが、ある晴天の日にふらりと兄が、故郷に帰ってきたのだ。


「なあ、ミル。お前、結婚する気はないか?」

兄が突然、おかしなことを口にする。

「…何言っているの?兄さん。家を離れておかしくなったんじゃない」

ミルフィリアは無表情に言う。

「僕は正気だ。なあ、頼むよ。ミルフィリア。僕を助けてくれ」

「…どういうこと?ちゃんと説明して!」



兄は、家出をした後の10年間、この田舎町からおよそ数千キロは離れている所の都会で、転々と住んでいたらしい。

時にウェイターとして、時に清掃者として生きるためにお金は稼いでいたようだ。しかし、数ヵ月前にそのお金も尽き、兄はギャンブルでお金を稼ごうとした。

だが、そこにいたのは偶然にもアオ・グレンナだったというのだ。ミルフィリアはその名前を聞き、ドクンと心臓が暴れる。


「兄さん。忘れたの?彼は…」

「覚えているよ!昔、牧場で働いていた卑しい奴隷だろ?」

「…兄さん。相変わらずね。そんなんだから、父さんも呆れていたんだわ」

「なっ…!」

「それで?彼が何?」

兄は感情的に怒鳴ったが、ミルフィリアが冷静に言い返すと、顔を真っ赤にさせ身体を震わす。そして、言葉を紡ぐ。


「…あいつが、金が足りないのなら、援助をしてやろうと言ったんだ。お前と引き換えに」

「つまり、私に身体を売れと…」

「……頼むよ!ミルフィリア!あいつ、今は億万長者でありふれる程、持っているんだ。援助金も一生は食べて、暮らしていける金額だ!こんなチャンスめったにないよ!それに、牧場の援助もしてやるとも言っていた。……お前も昔はあいつのことを、慕っていただろう?」

「…もう過去のことよ。そんなことより、あれほど父さんや私に、干渉するなと言っておいて、結局は家に頼っているんじゃない。最低ね。兄とも呼びたくはないわ」

「っ…それは…」

兄が、ミルフィリアに痛いとこを突かれ、項垂れた時…ー


「姉さん!外、外に!大きい男がいる!」

弟のリクが家の扉をバンっと開け、慌てて飛び込んでくる。

「え?」


「やあ。久しいな、ミルフィリア」

男性の、低く鳥肌がたつような甘さを含んだ声が、ミルフィリアを呼ぶ。ミルフィリアが、家の扉に顔を向けると…ー

家の扉、スレスレに入ってきた男は、背が高く肩幅も広かった。黒いスーツを着て、ビシッと着こなしている。サラサラな黒髪は、手触りが良いほど艶やかで、清潔だ。そして、最も印象的なのは深海のように暗い青の瞳だった。

ミルフィリアが昔、誰よりも慕い、好きだった男が目の前にいた。


「突然、お邪魔して申し訳ない。失礼するよ」

アオはまるで自分の家かのように、颯爽と室内に入り、ミルフィリアの向かい側、兄の隣の椅子に腰掛ける。

そのまま、ミルフィリアを見詰め、探るように視線だけで舐め回す。


「…何でこんなところにいるの?」

ミルフィリアは冷静を保ち、静かに尋ねる。

「…驚かないんだな。表情も変えないし。俺がここに来た意味、知っている?」

「兄から聞いたわ」

「なら、話は早い。アリが、ギャンブルで俺に負けてね。これから生活できない、どうしてくれるんだって泣きつかれるから、仕方なく援助をしてやろうと提案したんだ。だが、ビジネスの取引はお互いに得のある交渉が必要だ。アリはお金。俺は君。これ以上にない好条件だと思うよ」

「…何故、私なの?」

「もう俺も28歳だ。そろそろ支えてくれる妻が必要でね。昔、お世話になった君が良いなと思ったんだ。それに、牧場の経営、悪いのだろう?」

「……」

ミルフィリアは、淡々と言葉を並べるアオに苛立ちを覚える。昔、お世話になったから私を妻にほしい?バカにしないでよ。私にもプライドというものがある!

だが、牧場の経営が悪いのは事実だ。父が亡くなってから、原因不明の病が流行り、牛や羊が相次いで死んでいったのだ。

今は、何とか右肩上がりになっているが、それでも安心はできない。いつ、あのようなことが起きるかも分からないし…。


ミルフィリアは、チラッと兄を見る。兄は、身体の大きいアオの隣で縮こまり、余計に小さく見える。昔は、アオのこと散々罵っていたのに。

ミルフィリアは再び、アオに視線を戻す。暗い青の瞳は、光に当たると輝くようにキラキラと明るくなるのを、ミルフィリアは知っている。昔と随分雰囲気が変わったが、落ち着かない時に左耳を触る癖は、変わっていないのだと思い、ミルフィリアは少し力を抜いた。


「…具体的にどういう条件?」

「君が俺の妻になれば、牧場の支援は約束しよう。もちろん、リクの援助金もたっぷり払うよ。牛や羊の数も増やし、昔と同じ程の土地も取り戻して大きくするんだ」

「……夫婦の条件は?」

「…俺は、このまま君はここで暮らせば良いと思っている。急な環境変化はストレスになるからね。でも、それなら俺もここに住まわせてほしい。仮にも夫婦になるからね」

「………そう。あの、寝室は別?」

「…君の望み通りにするよ。嫌がることはしない。触れるなと言うなら、触れない」

そういう紳士なところも変わっていないと、ミルフィリアは思う。彼は、いつだって相手のことを考えていた。


今まで無表情だったミルフィリアの顔が、少し柔らかくなり、アオは胸が締め付けられるような痛みを覚える。

本当は、俺がミルフィリアを必要としていたんだ。ずっと…ずっと…。



「でも、今日は部屋がないわ。後日、来てくれない?」

「ああ。もう、町にはホテルの予約を取ってある。心配しないで」

アオは、馬で来たのか弟のリクが、彼の馬を引き連れてきた。


「ありがとう。珍しいな、こいつは俺にしか懐かないんだ。君には才能があるな」

アオがリクの頭を撫でると、リクは顔を真っ赤にさせピューっと厩舎に逃げていった。


「ごめんね、リクは極度の恥ずかしがり屋なの」

「いや、構わないよ。リクも大きくなったな。10年たつんだもんな。今は、15歳か」

「…そうよ、よく覚えていたわね」

「そりゃあ、覚えているよ。ミルが馬から落下したことも、羊にかまれたことも…」

「ちょ、ちょっとそれ以上は良いから!全部、忘れても良いから!」

ミルフィリアが慌てて言うと、アオは楽しそうに笑う。そして、笑い終わった後、楽しそうに目を細めていたが、やがてミルフィリアを見詰め、優しく微笑む。

ミルフィリアは、穏やかに目を細めたアオにドキッとした。


「…何?」

「…いや、ミルはきれいになったね。もうあのお転婆娘じゃなくなった」

「ちょ!そ…」

ミルフィリアは言い返せなかった。アオの瞳が真剣だったから。深い青の瞳で、ミルフィリアの瞳を見詰め片手を伸ばし、頬に触れる。

指の腹で頬の手触りを確かめ、ゆっくりとなぞっていく。ミルフィリアは、どこに視線を注いで良いのか分からなくなり、俯かせる。

その間も、アオの指は動き続け、遠慮がちに耳や首筋にも指を這わす。ミルフィリアは、その感触にゾクッとし、思わずいやと言い、アオの指から逃れるために後ろに一歩下がる。

気まずい沈黙が二人を包み、ミルフィリアは甘い空気から冷たい空気に変わったことを知った。

そろそろと見上げると、アオは一見無表情だったが、どこか傷ついたかのようにミルフィリアを見詰めている。


「あ、あの…」

「…ああ、ごめん……じゃあ、俺は行くな。また、明日来る」

アオは、振り切るかのように馬に乗りミルフィリアの方を見ずに、掛けた。

ミルフィリアは、遠ざかる背中を見えなくなるまで、ずっと見ていた。熱い頬に手を添えながら…。



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