第一章 2-13
「言われなくても出て行くよ。じゃあな矢崎」
矢崎が何を言わんとしたかは気づいている。
けど、今の俺にはその言葉を受け入れることも直視することも出来ない。
ハルトが退室した後。
新たなタバコに火を点ける矢崎は机の上に置いていたカルテに目を通す。
「あいつはもう行った。そろそろ、狸寝入りをやめたらどうだ」
そういって寝ている千東に声をかける。
息を殺しじっとしていたこと千東は大きく息を吸い込む。
「先生。少し冷や冷やしましたよ」
「だろうな。けどまあの表情を見れば結果オーライだろ」
矢崎は楓の話を出したときのハルトの反応が遅れたことを見逃していない。
「あー、楓に怒られる…」
「大丈夫だろう。例え、あいつが勘違いしていたとしても相棒には何も聞くまい。それに時間が経てば相棒ではないことにあいつも気づくだろう」
早い話が今回の件について楓は一切関わっていない。
全ては千東の頼みを聞いた矢崎が書いたシナリオ通りにことが進んでいたに過ぎない。
しかも、この男は楓が主犯だと思わせ、一時的に自分を蚊帳の外から出している。
「それにしても恐ろしいな。去年より格段に力をつけている。生半可なことではこの数値はあり得ない」
矢崎が見ているのはハルトのカルテだ。
去年のデータと入島する際に行った精密検査のデータを見比べる。
大会や授業でハルトが手を抜いていたとしても数値の上昇率は目を見張るものがある。
「それで先生…その」
「魔族者かどうかは知らんが、あいつが普通の天族者じゃないのは確かだ」
矢崎は医者であり、天族者であり、数少ない天族者の研究者でもある。
数多くの天族者のデータを見てきた彼からしてもハルトの数値は異常なほど高い。
「千東のマナ量は世界的に見てもかなり多いほうだが、あいつはその倍以上ある。おそらくだがこの数値も正しいものじゃない」
「そうですか…」
千東がこんな回りくどい方法で調べているのも全てはハルトのせいだ。
昔から秘密主義だったことは知っているが、この件に関しては何も喋っていないどころか元相棒である楓にすら言っていない。
それにこの件に関わっているであろう人物のことを考えるとやるせない気持ちになる。