02 死んだ
もっとゆっくりとしたペースで進もうと思っていたのですがいきなり十年経ってしまいました。
あれから十年経った。
吾輩の名前はミュウと名付けさせた。
両親は最初ミリイと名付けようとしたが断固拒否した。
具体的にはミリイと呼ばれる度に泣き叫び暴れ抗議の姿勢を示した。
そして拙い舌でミュウ、ミュウと連呼した。
両親が試しにミュウと呼んでみせるとピタリと泣き止み笑って応えた。
かくして御主人様から頂いた名前を守りきったのであった。
憎きコズミの居場所はまだ分からない。
というか猫の身では分からなかったが世界とは思っていたより広かったのだ。
猫の時には時々他所から迷い込んでくる流れ猫が周辺に他の街があること教えてくれたがそこまでで世界は完結していた。
生まれ変わってから知ったのだがここはウェルダン王国の辺境の村で更にその外にもミディアム王国やレア王国など多くの国があるとのことだ。
そしてそれら全てを総称して人類領域と呼びそれに敵対する魔族達の住む魔族領域と接しているそうだ。
少なくとも吾輩と御主人様が暮らしていたのは人類領域だからその中から探せばいい。
そう単純に考えていだのだがウェルダン王国だけでもこの村の何百倍もの大きさがあり人類領域全体ではウェルダン王国の何十倍の大きさがあるとのことで眩暈がしてきた。
父親と母親は普通の村人でこの村がウェルダン王国に含まれその外にも国があり魔族という恐ろしい化け物がいる程度のことしか知っていなかった。
世界の大体の広さを教えてくれたのは吾輩を取り上げてくれた産婆さんでもある森の魔女の婆ちゃんだった。
森の魔女の婆ちゃんは治癒師であり薬師であり産婆であり村の知恵袋でもあった。
教会の坊さん達には魔女と睨まれていた
しかし片や冠婚葬祭の儀式を取り仕切り高い御布施を要求し無私の奉仕を説く坊さん。
片や実際に生活になくてはならない森の魔女の婆ちゃんでは婆ちゃんを悪と断じて扇動する坊さんを本気で相手にする村人はいなかった。
只国内だけではなく人類領域に広く根を張り王でもその権威に逆らえないので表向きは従ってみせていた。
だから村の人に気を使って村から少し離れた場所に住居を構える婆ちゃんは森の魔女と呼ばれていた。
ちゃんと婆ちゃんと知り合ったのはこの生で確か五つの時だった。
猫だった時に較べて遥かに多くの情報を得たのにその中にコズミに繋がる情報が全くなかった。
だから村の中では一番の物知りといわれる婆ちゃんに尋ねてみたのだった。
婆ちゃんもコズミのことは知らなかったがこの世界がいかに大きいか、その中で一人の人間を見つけるのがいかに難しいか教えてくれた。
吾輩は絶望した。
しかし見つけることがいかに難しくても可能性が全くない訳でもない。
そして見つける方法を考えるには婆ちゃんの豊富な知識がいると考えた。
その時から吾輩は森の魔女の弟子になった。
婆ちゃんは後継者が出来ていたく喜んだ。
村人は婆ちゃんの必要性は認めても自分達が教会に睨まれるのは御免で誰も後継者になろうとは思わなかったからだ。
最後には自分達が困ったことになるのにおかしな連中である。
婆ちゃんは仕方ないことと笑っていた。
大したこともせず御布施で暮らしている癖にでかい顔をしている坊さんより無私の奉仕を実践している婆ちゃんが小さくなって暮らすとか妙な話しである。
吾輩はなんかムカムカした。
婆ちゃんは自分のために怒ってくれてありがとうよと言っていたが諦めているだけに思える。
猫の時は人間全部がもっと自由に豊かに暮らしているとばかり思っていたが間違っていたようだ。
納得はいかなかったが吾輩にはコズミを探して復讐する目的があり不満は呑み込んで婆ちゃんの教えを受けた。
婆ちゃんは知っていることを何でも教えてくれた。
どの薬草がなんの病気に効く、どうやって使う、怪我の直し方、森にはどんな動植物があって何が食べられどんな危険があるのか、この国の地理や歴史など様々な知識を惜しみなく教えてくれた。
只その中で一つ不思議だったのは治癒魔法というものだった。
精霊に働き掛けて病気や怪我を治療する方法で稀有な才能がいるとのことだった。
婆ちゃんはそんなに才能がある方じゃなく精霊を感じることが出来るぐらいだそうだ。
だから薬草を使った普通の手当もしなければいけないそうだ。
でも吾輩には才能があるとのことであった。
確かに前世の猫であった時から人間には見えない妙なものが見えており今世でも見えていた。
それが精霊であり働き掛ければそんな便利なことが出来るとは知らなかった。
働き掛け方を教わり治療以外にも面白がって狩に使っていたら婆ちゃんに怒られた。
そういった使い方は人を怖れさせ魔女や魔法使いが排斥される理由となっているとのことだった。
強い獣を弱い獣が怖れるようなものかと聞いたら妙な顔をされた。
珍しく頭ごなしにとにかく人前では使うなと言明された。
これも呑み込まなければならないことだと考え黙って従うことにした。
婆ちゃんに提供していた森の動物の肉は別に魔法を使わなくても前世から持ち越した猫の敏捷性を使って実力で狩れるのだ。
その事を婆ちゃんに言ったら今度はあきれたような顔をされてそれも怖れられるから人前でやるなと言われた。
理不尽である。
因みに婆ちゃんに前世のことを話したらそれも人に言うなと厳禁された。
頭がおかしいと思われるとのことだ。
失礼な話しである。
婆ちゃんに師事する生活は時に社会の不条理を見せつけたが概ね楽しいものだった。
両親も娘が森の魔女のところに出入りしているのを見ていい顔はしなかったが高齢な婆ちゃんの代わりなる者が村のために必要なことも分かっていたので黙認していた。
そして吾輩が十歳の誕生日に婆ちゃんは死んだ。
朝布団の中で冷たくなっていた。
寿命であった。
教会の坊さんはともかく生前あれだけ婆ちゃんの世話になっていた村人も吾輩の両親ですら最後の別れに来なかった。
吾輩は泣きながら一人で婆ちゃんを婆ちゃんの家の側に埋めた。
吾輩が世の不条理に本当に憎しみを抱いたのはこの時であったろう。
一章一時間と考えていたのですが内容を詰め込んでいたら思ったより時間が掛かってしまいました。
次回は出来るだけまいていきます。