第2話・遭遇-Time for wait-
もう、何度、噴水が上がったんだろう。この中央公園の噴水は、20分に一度だから…1時間は経っているんじゃないかな。
時は既に5時。
桃の花なんかから春の気配は感じるけど、まだ夕方は冷え込むんだよね…。
「寒い…。」
何度も見返してくしゃくしゃになったメモには、「約束は4:00→中央公園噴水で!」と書いてある。
そろそろ、小学部の生徒には危ない時間だっていうのに。あたしが待つ新入生はいつまでたっても来ないのだ。
ぼーっと待ってる次第である。
すると、
「おい、篠崎」
聞き慣れた男子生徒の声が聞こえた。
「あ、なんだ先輩じゃないですか。」
「お前…なんだ、はないだろ…」
「そうですね…」
もう寒くて何も考えられないからだっていうのに。本当に先輩は分かってないなぁ。
「本当に真っ赤だな」
「先輩の顔がですか?」
「お前の鼻がだ!まるで赤鼻のトナカイだろ」
高校生にもなって後輩をトナカイ呼ばわり…先輩も恥ずかしかったのか顔が真っ赤になってる。
「…じゃなくて。いつまでたっても俺のとこに報告が来なかったんだけど?」
先輩の言葉に、あたしはきょとんと首を傾げてしまった。なんの報告?私はちゃんと任務をこなしているつもりなのに。
すると先輩は、呆れてしまったみたいだった。
「新入生をちゃんと寮に送り届けたかって報告だ馬鹿!」
いつまでも報告がこなかったので、先輩なりに心配してたみたい。でも馬鹿はないよね。まぁ、リーダー先輩、怖いからなぁ…。
また噴水が上がった。
「そんなこといっても先輩、まだ新入生の"恵美ちゃん"はきてないんですよ。」
先輩が心配してようが、これは事実だ。それは間違いない。恵美ちゃんの先輩にあたるあたしが一時間もまっていると言うのに…。
「?篠崎、お前どれくらいここで待ってる?」
「1時間ほど。待ち合わせの時間からは」
…1時間?トワコ先輩は
「正門から新入生を向かわせる」って言っていたような。
あたしの足であるいて10分。
不慣れな恵美ちゃんできっとかかって20分。
…あまりに遅いんじゃない?
あたしがそのことに気がついたと同時に、先輩は、急に真面目な顔になって…急に怒りだした様だった。
「篠崎。俺は新入生を探す。篠崎は近くのガーディアンに通達。
………おおかみがいる可能性がある。」
おおかみ。
噴水は止まり、気がつくと広場にはあたしと先輩しかいなくなっていた。
「お前より年下のメンバーは連れてくるな。リーダーにも伝えろ」
「は、はいっ」
おおかみ。
ここ星宮学園において、もっとも恐れられている存在。消えていく生徒たちは、みんなおおかみに攫われたって言われている。
あたしは、自分の手が震えているのが分かった。本能が叫んでいるのだ。おおかみに近づくのは危ないって。
でも、いまさら先輩には言えない。だってもし新入生がおおかみに会ってしまっていたら?
恵美ちゃんを助けなくちゃいけない。それがあたしたちの役目だ。
あたしたち…ガーディアンの。
******
「あなたの宿舎、これから住むところは第3宿舎になります。荷物はどうする?わかったわ。手荷物だけは持っていくのね。道…そうね。」
荷物に埋もれている少女…恵美の前で、先輩らしき女性は、テキパキと事を進めていく。
様々な部屋を通ってきたけど、この部屋はまるで事務所の様だ。
パソコンがのった机が二三台ほど整列してならんでいる。
それにしても目の前の先輩の黒髪のストレートヘアにメガネの見た目は、すごく「委員長」という感じがする。仕事もできそうだ。
少女が彼女をじーっと見つめていると、その彼女が振り返った。
「あ、そうだ。自己紹介が遅れちゃったね。私は茜 都和子。トワコ先輩、でいいわ。」
そして、彼女が両目を静かに閉じた。二秒、三秒を数えると…。
瞬間、恵美の頭に流れてきたのは、紛れもない彼女の声。
"ハロー、笹倉 恵美さん!私はテレパシーの能力者。そして、学校の平和を守るガーディアンのリーダーをやっています!…こんなもんでいいかな?"
頭の中で再生が終わると、トワコ先輩は目を開いた。意識に、直接入り込まれてしまったようなこの感じ。少し不思議な感覚だった。
これが、星宮学園の生徒が持つ能力。本物なんだ…。
「おもしろいですね!って言ったら…失礼ですか?」
「そんなことはないわ。私の役目は新入生"ガーディアン"にオリエンテーリングを行うことだもの。」
がーでぃあん?聞きなれない言葉が聞こえてきたから、恵美は小首を傾げた。
(なんのことだろう…)
トワコ先輩は時計をふと見て…途端に慌てた声で叫んだ。
「いけない!約束の時間がもうすぐだわ!」
(トワコ先輩、意外とおてんばなんだ…)
「約束ってなんですか?」
「あなたのことよ恵美さん。メンバーの子にあなたの道案内を頼んでるの。約束は4時よ。」
壁の時計は、3時40分を指していた。
「そ、それじゃあ…行きます」
恵美は手元の荷物をまとめ、手荷物を持った。忘れ物がないかも確認する。これでよし。
「待ち合わせ場所は中央公園の噴水前。ほんとにこの学園の中央にあるから分かりやすいわよ」
はい、と地図を渡されたので、中央公園を確認する。トワコ先輩は、分かりやすく今の場所を指で示してくれた。
「今いるのが、正面門近くのガーディアン本部。そこから一番大通りをまっすぐで……そうそう。
そこまで歩いていくといいわ。
道を覚える必要だってあるのだし。」
一通り道案内はしてもらった。
「どう、行けそう?」
「はい。大丈夫です。行ってみたいと思います。」
恵美は、できるだけしっかりとした声で、返事をした。
(先輩を困らせてはいけないからね)
はじめてのお使いばりに緊張する、なんて少女は思った。
トワコ先輩は恵美の返事を確認すると、ふとつぶやいた。
「おおかみには気をつけて」
おおかみ。
なんだか今日は、聞きなれない言葉だらけだなぁ。
そう思いながら少女は部屋をあとにした。