夏の夜の悪夢
「はぁ、はぁっ……」
俺は今、走っている。
誰もいない、閑散とした町中を、一心不乱に走っている。
いや、走っているというより、逃げている。
誰から……と訊かれても、解らないとしか言えないのが現状なんだけど……。
細い路地に入り、放置されているゴミを蹴散らしながら、走り続ける。
道中、後ろを振り返るが、そいつは徐々に距離を詰めながら追いかけてきた。
―――真っ黒な、意味不明の存在。
形は様々、姿も様々、ただ言えるのは、真っ黒で顔も見当たらないという事。
と、必死で走っているうちに、いつの間にか道の行き止まりに来てしまった。
「っ!!」
咄嗟に後ろを振り返り、俺を追いかけてきた何かを見る。
やっぱりそいつはそこにいた。俺の目の前にいた。
こいつは、度々俺の夢の中に出てくるものだ。
俺は今、夢を見ているんだ。これは現実じゃない―――解ってはいるのに、恐怖で身体が竦む。
俺を追いかけてきた何かは、俺に追いついてもすぐに襲うわけじゃない。まるで怯えているのを見て楽しんでいる様だった。
「……やるなら、殺れよ」
そう言った瞬間、そいつは猛スピードで俺に襲いかかって来た―――。
「っ!!」
―――その瞬間、目が覚めた。
「はぁ、はぁ……」
息が上がっている。
夢の内容を思い出さない様にぎゅっと布団の端を強く握った。
時間は、深夜4時。夢を見るのが怖くて、ついでに寝汗が酷くて、もう一度寝る気にはなれない。
少し早いけど起きよう。そう思った時、ふととある記憶が頭をよぎった。
「『三島家に生を受けたものは、夢見の体質になる』―――か」
そういえば、そんな話、どこかで聞いた気がする。親戚か誰かが言ってたんだっけな……覚えていない。夢なら、覚えられるのに。
ちなみに、父も母もこの体質ではない。理由は、この体質は男性しか受け継げず、しかも父は婿養子だから、という単純な事だ。
「……理不尽だ」
そう呟きながら、部屋を出た。