表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

壊れそうな現実の中で

作者: 林檎

 君はいつも自分の中にきっちりとした自分像を持っていて、それが少しでも崩れるととても嫌な顔をするよね?

君の中には自分の行動にも越えてはいけない一線があって、それに少しでも踏み込んでしまったら、壊れるくらい後悔するよね?

 今の君は自己嫌悪の固まりみたい。見ているこっちまで息苦しくなるよ。

 何か言葉にしてみたって、その全てが何の影響力もなく部屋の隅へ吸い込まれていく。

分かっているのに、君は次から次へクルクルと声音を変えては何秒か押し黙る。

別に喋らなくていいのに、と僕は思うのだけど、多分君はそうする事で何かを保っているのだと思う。

 一体今日水を何杯飲んだ?

何度も何度もトイレへ行って、まるで身体の中を浄化しようとしているみたいだ。

サプリメントなんか飲むよりも、ちゃんとしたご飯を食べてよ。

煙草を何本吸った?

君はすごく滑稽だよ。



 君を助けてくれるヒーローなんて、絶対に現れないよ?

君は大人だから、そんなこと重々分かってる。

何かに縋ろうとしながらも、自分で抱え込むしかない事を誰より君が知ってる。

君は頭の良い子だから。




 彼が君に何かしてくれた訳じゃない。

これからも何も与えてはくれない。

彼は君をとても便利な女だと思ってる。

君は人より綺麗だから、そういう意味でもとても都合がいいのだと思う。

 君は利口だから、そんなことに気付かないほどぼんやりしてる訳じゃ無い。

自分を玩具にしたい訳じゃない。

君ほどプライドの高い女を僕は知らないから。

だけど僕が何を言ったって、彼よりも自分を責め続ける君が、このままだと自分を壊してしまいそうで僕はとても不安なんだ。

チラチラと携帯を見てるのも知ってる。

君の胸につかえた真っ暗な血液を、少しでも減らしてあげられたらどれだけいいだろう。




 君がこんなに純粋で、真っ白な人間だということをどうやって彼に知らせればいいのだろう。

悔しいけど僕はその術を知らない。

君の歌声がとても美しい事を。

飾らない笑顔が無邪気な子どものように見える事を。

滅多に涙を見せようとしない意地っ張りな所を。

どうやったって彼には伝えられない。




 君が一度でも拒めば、彼は消えてしまう。

君はそれを恐れているの?

そのためにどこまで落ちていくの?

 だけど君は全てを知っていて、寂しさに勝てない。

独りぼっちの君の部屋には孤独が渦を巻いて君を待ってる。

彼がそこにいれば少しでもそれが紛れるのかい?

だけど彼が消えた部屋には倍になった寂しさが待ってるんだよ。

全部、全部分かっていて、それでも君は孤独に勝てない。

そんなの悲し過ぎるよ。




 泣いたらいいのに、僕の前でさえ君は泣かない。

「私って貴方の何?」彼にそう聞けばいいのに、君は聞かない。

これ以上みじめな女にはなりたくない、君は言って笑う。

そんな笑顔ちっとも綺麗じゃないよ。




 僕にバレないように睡眠薬を飲んだ君は、鼻からすーっと息を吸い込んでゆっくりと口からはきだした。

それを何度か繰り返した後、諦めたように横になった。

『僕がここに居るから』

言うと、君は頷いて目をつむる。

僕では君の孤独を癒せない。




 君が寝息をたて始めた時に携帯が鳴った。

薬の力で眠っている君は目を覚まさない。

僕は携帯を開いた。

ラインストーンに囲まれた君の携帯画面には彼からのメール。

五分間悩んだ後、僕は君の肩を揺すった。




 化粧をして髪を整えた君は、鏡の中の自分を少し不思議そうに眺めた。

黒いワンピースに身を包んだ君は、息を呑むほど綺麗だよ。

――いつ何を間違えたの?――

そんな事、疲れた君は脳の裏側に隠して逃げてる。

漂う甘い香水の香りが君を飾って、細い足首が動いた。




 「分かってるんだよ」

何も聞かない僕に、玄関先で君は言った。

金色のヒールがカツッとひとつ音を鳴らす。

振り向き様、今にも泣きそうな顔で僕に微笑んだ君は、背中を向けて足早に部屋を出て行った。




 君が居なくなった部屋には、本当は孤独なんて無くて、あるのは香水の香りだけだった。

それが悲しかった。

窓から見える真っ暗な空には星がひとつもなくて、なのに雨すら降らない。

こんな空の下で、一人きりで彼を待つ君が哀れで胸が痛んだ。

もしも満天の星空が広がれば、君がご飯を食べられるようになるかもしれない。ちゃんとした赤色の血が流れるようになるかもしれない。

そんな風に考えたら僕の目から涙が流れた。

窓を開けると初秋の風がふわりと流れ、枯れてしまったベランダの花を揺らした。

涙が茶色い花びらの上に落ちて、カサリと音を鳴らした。

君の吸いかけの煙草を口にして、ライターを擦った。

煙は君の匂いがして、少しだけ君の気持ちになれた。

網戸に吸い込まれていく真っ白なか細い煙は、星のない空へと立ち上ぼる。

秋が来て冬が来て、また夏が来て。いつまでも世界はそうやって回っていく事を、彼女に知らせるにはどうすればいいのか、煙と香水の香りの中で僕はぼんやり考えていた。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。貴方がこれからも穏やかでありますように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] とてもわかりやすい文章だったと思います。 なにげなくモノクロの世界がみえるようで、とても、いろんな表現を学べた気がしました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ